和やかな朝食
『ママ!おはよう!』
遥がこはくを連れて食堂に行くと元気にこはくがそう挨拶をした。すでに朝食の準備を終えてテーブルまで皿を運んでいたルナはその声に驚いたような表情を浮かべてから言った。
「お、おはよう・・・こはくよね?」
『うん!そうだよママ』
元気に返事をするこはくにルナは驚いているが・・・それより気になったのはルナに対する呼び方だった。
「その・・・ママって私のことよね?」
『うん!そうだよ!』
元気にそう言われてしまえばルナは何も言えなかったが・・・そんなルナに遥は微笑ましげに言った。
「クロもそうだけど、ドラゴンは知性が高いからね。俺とルナの言葉を聞いて覚えたんだろうね」
「そ、そうなんだ・・・」
ルナとしてはこはくがいきなり人間の姿になったことも、言葉を話せるようになったことも驚きなのだが・・・自分のことをママと呼ばれることになんとなく不思議な気持ちになっていた。
遥と結婚したからにはいずれ母親になることもわかってはいたが・・・こんなに早くに娘が出来るとは思わずどう接したらいいのかわからなかった。
そんなルナに遥は笑顔で言った。
「いつも通りでいいんだよ。姿は変わったけど、こはくは別に性格までは変わってないからね。それに・・・こはくは俺とルナの娘なんだ。家族に変に気をつかう必要はないよ」
「・・・そ、そうね。わかった・・・」
遥にそう言われてなんとなくルナは落ち着くことができた。遥がそう言うならという気持ちでキョトンとするこはくの頭に手を置いていつものように撫でてみる。すると、こはくは気持ちよさそうに表情を緩くした。
『撫で撫で気持ちいー』
さながら猫のようにごろごろするこはくにルナはドラゴンの頃のこはくの姿を重ねて安心することができた。
いきなり人間の姿になったことで驚いたが・・・遥の言う通り、こはくの本質が変わっていないことは確認できたので、ルナは表情を緩めて言った。
「とりあえず・・・ご飯にしようか」
『うん!』
嬉しそうに返事をするこはくに二人は優しい視線を向けてから席に座った。しかし、そこで二人はとある問題に気づいた。
「そうか・・・こはくの高さにあう椅子がないな・・・」
椅子の数は足りているが・・・今までこはくは遥かルナの膝の上で食べていたのでこはくの高さにあう子供用の椅子がないのだ。
今すぐ作ってもいいが・・・ルナの朝食を遅らせるわけにもいかないので、遥はため息をついてから言った。
「仕方ない・・・とりあえずいつも通りにするか」
「いつも通りに?」
首を傾げるルナだが・・・遥はこはくを抱き上げると自分の膝の上に座らせてからこはくに言った。
「どうだ?これなら届くだろ?」
『うん!パパのお膝~』
ドラゴンの頃の感覚で膝の上にこはくを座らせた遥。上機嫌なこはくに対してルナは少しだけなんとなくあまり良くない気持ちを感じていた。ドラゴンの頃なら遥の膝の上にいてもなんとも思わなかったが・・・人間の姿のこはくが遥の膝の上にいる姿を見ると、わずかに嫉妬のような感情がわいてきていた。
(こはくは娘なんだから別におかしいことじゃない・・・)
そう心の中で折り合いをつけようとするが・・・例え娘でも自分以外の女の子が遥の膝の上にいるのを見るとなんとなく切ない気持ちになってしまった。
そんなルナの様子を遥が見逃すかと言えば・・・そんな訳もなく、こはくを膝の上に座らせた状態でルナの方に手を伸ばすと頭を優しく撫でた。
「大丈夫だよ。俺はルナだけの旦那さんなんだからね」
「べ、別に私は・・・」
「でもそうだな・・・こはくが膝の上にいるなら俺は料理が食べにくいし、誰か優しくて可愛いお嫁さんが食べさせくれるとうれしいんだけどな」
優しく微笑みながらそう言われてしまえばルナに拒否権などなかった。なんだか以前よりも心を見透かされているようだが・・・どんどん遥と心がひとつになるような感覚はくすぐったいけど決して嫌ではなかった。
「・・・じゃ、じゃあ、私が・・・その・・・食べさせあげる」
ポツリとそう言ったルナに微笑みを向けてから頷く遥。表情は紳士だが・・・内心ではこの可愛いすぎる嫁を今すぐ愛でたい気持ちを抑えるのに必死になっていた。
(落ち着け俺・・・ルナが可愛いのはいつものこと・・・)
必死に自己暗示をする。ルナが小さく嫉妬してからデレたような表情を見せる姿にときめきを感じてしまうのは当たり前のことだと必死にいい聞かせる。可愛すぎる嫁を愛でるにもタイミングがあるのだ。
そんな二人の葛藤を知るよしもないこはくはキョトンと首を傾げて二人のことを見守っていたが・・・無意識でも二人の邪魔にならないように静かにしていたこはくは将来的にはかなりの大物になるだろうと、後の遥は冷静に分析するのだった。