閑話 哀れな道化はほくそ笑む
「くくく・・・これでキャロルは僕だけを見てくれるはず・・・」
とある貴族の屋敷、自身の部屋でアッシェ・ベルタは笑みを浮かべていた。その瞳は暗く濁っていたがーーー本人はそのことには気づかずに呟いた。
「時雨遥と悪役令嬢さえ消えれば、キャロルも今度こそ僕だけを見てくれるはずだ・・・くくく・・・」
彼が、前世の記憶を得たのは10才の頃ーーー最初は、アッシェ・ベルタという人間と、彼の記憶が混じりあって、気持ち悪くなっていたが・・・結果として、彼は異世界転生を果たしたのだった。
当初はそのことに喜びが大きかった。貴族という前世にはなかったシステムにも心がひかれたし、もしかしたら物語の主人公のようにチートを得て無双したり、ハーレムを作ったり出来るかもしれないとウキウキしたがーーーそれはすぐに淡い幻想だったと知ることになった。
毎日のように行われる貴族としての勉強に、最悪の家族中ーーーそして、婚約者もあまり容姿がよくなく、彼にとってすぐにそこは地獄になった。
これで、何かしらチートなどがあればまだ救いもあったのだろうが・・・残念なことに、彼が異世界転生したことで得たものは何もなかった。
前世の記憶があろうとも、そもそも、ラノベや漫画のように異世界の知識で無双することなど不可能だったからだ。余程、何かに精通してない限り、その手の知識など得ようとしても得られないものだがーーー彼の前世の知識など、対して役に立たなかったからだ。
最初に抱いた淡い期待は打ちのめされて、彼はひたすらに地獄のような時間をなんとか耐えてーーーようやく、家族から離れて暮らせる学園生活になった時に転機は訪れた。
それは、とある日の出来事ーーー爵位でしか人を見れない下らない友人をまいてから、一人で読書をしていた彼は、隣に誰かが座る気配がして、ふと隣をみてーーー唖然とした。
隣にいたのはピンクの髪と整った容姿の天使と称されそうなほどに可愛い女の子だったのだ。物語のヒロインのような彼女に呆然としていると、少女は人懐っこい笑みで言った。
『ねぇ・・・それ面白い?』
それになんと答えたのか・・・まあまあとか、あんまりとかだろうか、彼にはその時の記憶は曖昧だった。とにかく目の前の彼女の姿に彼は心を奪われていたのだ。
キャロルという名前の彼女にはその後も何度か会った。彼女に出会うたびに彼は彼女にひかれていたがーーー彼女の回りには王子など他の男も多数いたので、それがなんとなく釈だった。
ある時ーーー思いきって、彼はキャロルに想いを伝えてみた。婚約者のことなどはどうでも良かったので気にせずに、素直に気持ちを告げるとーーー彼女はどこか影のある笑みで言った。
『そう・・・あなたも記憶持ちなんだね』
記憶持ちーーー前世の記憶を彼女も持っているらしかった。他にも仲間がいて嬉しくなったが・・・彼女はその後にこの世界が前世の乙女ゲームと似た世界であることと、自分が悪役令嬢にいじめられていることを告げた。
当然、彼はその言葉を素直に信じて彼女を守るために協力することにした。
そして、悪役令嬢であるルナ・エルシア公爵令嬢を婚約者の王子が夜会で婚約破棄して断罪してから、彼はキャロルがこれで幸せになれると安堵したがーーーそれはすぐに間違いだったことに気づく。
キャロルはそのまま王子の婚約者になって、すぐに王妃になったのだ。想い人が、あっさりと他の男に取られたことに彼は苛立ち、キャロル本人に事情を聞きにいったが・・・そこで彼女は怪しい瞳で言ったのだ。
『ねぇ・・・私のこと好き?』
その瞳をみてからーーー彼は何もかもがどうでもよくなった。別に彼女に他の男がいようが、彼女が少しでも自分を見てくれるならいいと思ったのだった。
そして、キャロルとの歪な関係が始まったのだが・・・ある日のこと、彼女が悲しそうな表情をしていので聞いてみるとーーーどうにも、彼女が王妃になることを良く思わない人間が多いらしいことを聞いた。
そしてーーー魔の森に住む異郷の民である時雨遥が、悪役令嬢を守っているらしいことも聞いた。
時雨遥ーーーその男は自分達と同じ異世界人だが、自分達とは違い数々のチートを持っていることがわかった。
そのあまりにも理不尽なことに彼は苛立ち、同時に思ったーーー時雨遥と悪役令嬢を消さない限り、自分達に幸福はないだろうと。
だからこそ、キャロルを守る者達で協力して、時雨遥の抹殺計画を立てた。準備は万端で抜かりはない。ドラゴンを取り込むことも出来たので失敗はないだろうと思っていた。
「あぁ・・・愛しのキャロル・・・絶対に奴等を殺すからね」
濁った瞳で彼は想い人に想いをはせる。
正気か狂気かーーー本人ですらもわからないそれは、もはや彼自身の人格を歪めていることに気づかずに彼は舞台の上で人形のように愉快に踊るのだった。
道化になっていることも、自分のことも何もわからないーーーただ、キャロルのためだけに行動する彼は濁った瞳で笑みを浮かべていたのだった。