ただいま
「やれやれ・・・とりあえず間に合ったか」
ドラゴンを真っ二つに割ってから遥はため息をついた。
久しぶりに急いで移動したのと、空中での跳躍ーーーどれも、普段やらないことに多少の疲労を感じつつも家の結界に問題ないことを確認して安堵の息を吐いた。
『きゅー』
「こはく・・・怪我はないよな?」
あれだけの派手なアクションをこなしつつも、肩に乗っていたこはくは元気に遥の問いに頷いたのを見て一安心する。
と、そんなやり取りをしていると、ドラゴンの死体がやがて光を発して消えはじめた。これは、ドラゴンが自然に溶け込んでいく様子なのだが・・・そんな光景を見てから遥は顔に手を当ててこはくに聞いてみた。
「こはく・・・今の俺の顔どう?」
『きゅい?きゅー・・・』
首をふるこはくに遥はため息をついてから呟いた。
「だよな・・・やっぱり俺、今ルナには見せられないような表情してるよな・・・」
先ほどまでドラゴンに向けていた冷たい表情のままだとわかり、なんとか顔をほぐして少しでもいつもの優しい遥の表情に戻ろうとするが、一度スイッチが入ってしまったものを簡単に戻すのは難しく、何度か顔を叩いてから目を瞑った。
(思い出せ・・・ルナのこれまでの可愛い姿を・・・)
こんな時こそ、遥の心のアルバムを開く時ーーー遥はこれまで見てきた様々な可愛いルナコレクションを思い出して気持ちのスイッチを無理矢理切ろうとする。
まずここ最近になり一番可愛かったルナの姿ーーー花嫁衣装のルナが頭を過った。次に思い出すのは、遥からのスキンシップにデレた時の表情ーーーそして、何より一番遥の心を温かくするのは、ルナが心から幸せそうに笑った時だ。
他人の不幸は蜜の味ーーーなんて人間が多い世の中において、遥に関してはルナの幸福こそが何より上質な蜜の味なのだ。ルナの笑顔を見ればなんでも出来る気がするーーーそれくらい遥にとって、ルナは心の支えになっていた。依存と言われてもおかしくないレベルだが、それほどに他人を好きになれたことに遥自身が驚いていたくらいだ。
(まあ・・・ルナは可愛いから仕方ない)
そう、要するにルナが可愛いからこそ、この感情は何ひとつ間違ってないと断言できた。可愛いは正義という名言があるがーーーそれは紛れもない事実だろう。
善悪の区別が難しい現代において、絶対的な正義はルナでありーーー可愛い=ルナの方程式があるのは必然なのだ。
そんなことを考えていると、遥の表情は徐々に柔らかくなっていった。先ほどまでの、見た者がすくむぐらいの暗い表情からーーーいつもの優しく微笑む遥に戻ることができた。
「こはく・・・どうだ?」
『きゅい!』
大丈夫!と頷くこはくの確認をとってから遥はほっと一息ついた。
以前の遥なら気にしなかったであろう小さなことだがーーー少しでもルナには優しい遥でいたいので、遥は自然な表情をとった。
無理をしているわけではなくーーールナの前だと、自然と優しい表情になれるので、どこまでもやはりルナのことが好きだと自覚できた遥だった。
「さて・・・じゃあ、とりあえず家に入ろうか」
『きゅい』
表情も柔らかくなったので二人はドラゴンが完全に自然と一体になったのを確認してから家に入ったのだった。
一応、他にも近くに何かいないか確認はしたがーーー遥が感知できる範囲には特に異常はないし、いたとしても遥の結界を突破することは叶わないので大丈夫だろう。
「ただいま」
玄関をくぐって扉を閉めてそう言うと奥からドタドタと急いで走ってくる気配がして、見るとーーーそこにはルナが心配そうな表情をしてこちらに駆け寄ってきていたのだった。
ルナは呼吸を整えると遥を見て心配そうに聞いてきた。
「・・・遥。大丈夫?」
「うん。ルナも特に何もなかった?」
「私は大丈夫だけど・・・」
そう言ってルナは遥に怪我がないか身体を触って確認する。さっきの外でのドラゴンとの戦闘は見てないはずーーーというか、見えないはずなので、何も知らないはずのルナなのだが・・・きっと何かを察しているからこそ、心底心配そうにそう確認してくるルナに、そんなどこまでも優しいルナに遥は心底愛しく思いつつそっと手を握って言った。
「ルナ。まだ帰ってきてからの挨拶を聞いてないんだけど?」
そう言うとルナはどこも異常がないことを確認できたからか・・・ほっとしてから遥を見て笑顔で言った。
「おかえり・・・遥」
「うん。ただいまルナ」
守れたことを心底安心しながら遥はようやく一息つけたのだった。