精神魔法
「ふぅ・・・」
電話を終えてから遥は安堵の息を吐いた。・・・電話越しに可愛いルナの様子を実況されたことで色々と我慢の限界ではあったが・・・まあ、帰ってから思う存分愛でればいいと思考を切り替えることにした。
「とりあえず・・・この男をどうするか」
マリアから聞いた感じだと現在魔の森の上空を目の前の男の仲間のドラゴンが旋回しているらしいがーーーそちらの対処の前に出来るだけ目の前の男から情報を出す必要があった。
「気は進まないけどーーー仕方ないよな」
遥は男の前に立つと気絶している男の頭に手を乗せて意識を集中させる。こうすることで遥は触れた者の記憶を見ることが出来るのだ。
しばらく目を瞑ってそうしているとーーーやがて目の前の男の記憶が徐々に遥に流れ込んできた。
男の名前は、ジル。出身はシルベスターで、前世の記憶持ち。最初は異世界の記憶に喜んだ典型的なオタク男だったがーーーヒロインとの出会いでそれはまったく違ってきた。
『ねぇ・・・私のこと好き?』
ピンクの髪の妖しい目つきの少女ーーーヒロインであるキャロルの瞳を見てから男はヒロインに魅力されて、そしてーーー
「ぐっ!」
遥は思わぬ痛みから思わず男から手を離していた。
別に誰かから攻撃されたわけではない。この力を使うと、体に激痛が走るのだ。だからあまり使いたくなかったのだがーーーしかし、これ以上の情報は得られそうになかったのでひとまずその場に座りこんだ。
「ふぅ・・・」
『きゅーい?』
ため息をつく遥を労るようにこはくが遥の頬をペロリと舐める。そんなこはくを撫でてから遥は呟いた。
「あれがヒロインか・・・」
男の記憶の中にいたヒロインの姿になんとなく遥は底知れない恐怖を感じていた。男の記憶はヒロインに出会ってからはヒロイン一色に染まっていた。
それまでの性格が嘘のように、それこそ、催眠のようにヒロインのためだけに色々するようになっていた。
「はぁ・・・面倒なことになりそうだな・・・」
そんなため息をつくと、同時に洞窟の入り口付近からドスンドスン、という物音が聞こえてきた。
その音はやがてこちらに向かってきてーーーやがて真っ黒な鱗に覆われたドラゴンが姿を表した。
そのドラゴンに遥は手をふって言った。
「お邪魔してるよ、クロ」
『遥か・・・珍しいな、ここを訪れるなど』
そのドラゴンはもちろんこの洞窟の持ち主である黒龍のクローーークロは、遥がいることに少し驚いたようにそう言ったので遥もため息混じりに言った。
「家にクロ名義の手紙がきてさーーー心配になったから様子見にきたんだよ」
『・・・ふむ、その縛られてる男はそれに関係あるのかな?』
「ああ。どうにも俺はこの男に命を狙われていたみたいだ」
『そうか・・・手紙というのは、私ではないがーーーもしや同族が加担しているのかね?』
「みたいだな」
同族ーーーすなわち、クロと同じ龍種がこの企てに加担していると告げるとクロは呆れたように言った。
『まったくーーー君の命を狙うなんて命知らずな』
「これから俺は急いで家に戻ってドラゴン退治をする予定なんだけどーーーいいよな?」
『構わないよ。本当なら私が手を下すべきなのだろうが・・・私だと君のようにうまく手加減が出来ずに、世界を壊すおそれがあるからね』
さらりと恐ろしいことを言うクロだがーーーまあ、遥としてもその言葉の意味はよくわかるので特には突っ込まずに言った。
「それとーーーこの男をしばらく預かってて欲しいんだけど、いいか?」
『ふむ・・・何やらその男からは妙な魔力の波長を感じるな。精神に作用するものか?』
「ああ・・・多分洗脳系の魔法だろうな」
魔法にも一応、精神に直接作用するものがあるがーーーそれとは比較にならないほど濃くて濃密なものが目の前男からは漂っていた。
遥の頭には先ほど見たヒロインの顔がちらつく。おそらくヒロインによる洗脳なのだろうが・・・ヒロインが洗脳系の力を持っているとなるとかなり面倒だと思えた。
「どのみちこいつは後でまた用件があるから見てて欲しいんだけど・・・頼めるか?」
『ふむ・・・私も無関係ではないし構わないよ。ただ、あまり長いこと置いておくと寝ぼけて殺しかねないから早くしてくれ』
「まあ、そんなに長くは待たせないよ」
そう言ってから遥は洞窟をあとにした。
「さて・・・ドラゴン退治といきますか」
『きゅー!』
肩にドラゴンの子供であるこはくを乗せながらそんなことを呟く遥の姿はなんというか不思議なものがあったがーーーそれに突っ込む人間は誰一人としていなかった。