0C ロリコン教師と母親と。
本編第12話、リリアちゃん編その2です。
昔々、ある所に恐ろしい魔王がいました。
魔王は魔法を用い、手下を連れて人々を襲っていました。
手下の中でも、最も恐ろしいと言われているのは、「紅眼の魔女」と呼ばれる魔法使いでした。
透き通るように白い肌。
美しい白い髪の毛。
何物をも見通す真っ赤な瞳。
この世のものとは思えない美貌を持った魔女でした。
魔女は日光を嫌い、夜にしか活動しませんでした。
ある時、魔王を倒すべく勇者が立ち上がりました。
勇者は死闘の末、魔王を打ち滅ぼしました。
そこに立ちはだかったのが紅眼の魔女でした。
魔女は魔法によって、自分もろとも世界を焼き尽くしました。
見えない刃が幾度も人々を傷つけ、世界は破滅を迎えました。
昔話を語り終えると、リリアは俯いた。
「…知ってるでしょ?この昔話」
これはこの世界では非常によく知られた昔話だ。
確かに、言われてみれば条件に合致する。
カラコンで瞳を隠してたのはこういうわけか。
「リリアは紅眼の魔女なの?」
「そうよ。だから私のそばにいたら危ない」
リリアは俯いたまま、答える。
「…リリアは優しいね。僕を心配してくれるなんて」
リリアは僕をきっ、と睨んで、声を荒げた。
「そんなんじゃない!私はただ!…ただ」
彼女の目は、涙で潤んでいた。
「リリア!どうした!」
バン、と扉が開け放たれ、イツキさんが飛び込んでくる。
イツキさんは涙を流すリリアを見ると、肩を抱いて優しい言葉をかけた。
「アリオくん。今日はもう帰ってくれ」
イツキさんは、リリアを抱いたまま、静かに、けれども怒気を含んだ声で、俺にそう言った。
部屋に張り詰める異様な緊張感。
「…承知しました」
俺は必死でその言葉をひねり出し、失礼します、と部屋を出た。
俺は帰るしかなかった。
イツキさんのあの怒りよう。
俺は殺されるかもしれないな。
家を出ようとしたら、対物ライフルで頭を吹っ飛ばされるかもしれない。
でも、イツキさんが帰れと言っているのだから、俺には拒否することはできない。
これも、身から出た錆、というわけなのか。
☆☆☆
俺は、対物ライフルで頭を吹っ飛ばされることなく、無事に帰宅した。
父さんはすでに帰宅しており、俺が帰ると、お帰り、と声をかけてくれた。
ダイニングで遅めの昼食をとる。
窓から見える空は、真っ黒な雨雲に覆われていた。
朝はあんなに晴れていたのに。
「父さん」
「ん」
「僕…リリアを泣かせた」
「リリア…ってイツキさんとこの娘さんか?」
「一族郎等皆殺しにされるかもしれない」
父さんはいつもの通りガハハと大笑いして言った。
「あの温厚なイツキさんがそんなことするわけないだろう」
父さんはそう言うと、俺に書類を手渡す。
「そんな現実味のないことより、お前は目先の寺子屋入学のことを考えろ」
父さんが失敗を責めないでくれたのはありがたかった。
傷口に塩を塗りこまれるのは本当に辛い。
「…ん?名前が変わるのか。義務教育学校、ねえ。また大層な名前になったもんだ」
イツキさん、仕事早えな。
書類渡したのさっきなんだけどな。
前世の役所もこれくらい仕事が早かったら良かったのに。
イツキさんのワンマンプレーだからこそなせるわざなのだろうが。
…せめて教育改革を成功させてから死にたかったなあ。
「一度泣かせたくらいでクヨクヨするな。泣かせたらそれ以上に笑わせてやればいいんだ」
流石女誑しのロビン父さんっス。尊敬しまっス。
「子供を大人の汚い権力争いに巻き込んじゃいけないんだ。もしその気があるなら、イツキさんの方は俺がなんとかする。お前はリリアちゃんのことだけ考えてろ」
父さんはやっぱりガハハと笑って、ユリ根のぬか漬けを口に入れる。
その気…ってあれか。結婚したいとかそういうことか。
違うよ。断じて違うよ。
でも、なんだか心が楽になった気がした。
☆☆☆
ユリが咲き誇るリリー村に、雨が降りしきる。
辺りはもう真っ暗で、街灯と家々の明かりだけが頼りだ。
時計はすでに、22時を回っている。
そんな時間に、家の扉がノックされる。
「ったく。こんな時間に一体何の用にゃ…はいはーい、今開けるにゃ」
母さんは扉を開ける。
そこには、雨でずぶ濡れの白髪の少女…リリアが立っていた。
「…!ちょっと待ってるにゃ。今タオルと着替え用意するから」
母さんはクローゼットに急ぐ。
「リリア!」
俺はリリアに駆け寄る。
体は冷え切っていて、小刻みに震えている。
リリアは、俺の顔を見ると、床に崩れ落ちた。
カラコンはしていなかった。
「これを使うにゃ」
母さんはタオルをリリアに巻いて彼女を抱き上げ、風呂へと向かう。
「リリアがどうしてここに」
「お前のこと追いかけてきたんじゃないか?」
父さんはふざけているのか、ニヤニヤして俺を見る。
「俺が帰ってきたのは昼過ぎだよ」
どういうことだ。
なぜリリアはうちにやってきたのだろう。
イツキさんはこの事を知っているのか?
…いや。状況を見るに、おそらくイツキさんはこのことを知らない。
大人の男が5歳児の足の速さに追いつけないはずがないからだ。
とすれば、イツキさんはリリアが自宅にいないことに気づいていない、もしくはいないことに気づいて大騒ぎしているかのどちらか、ということになる。
ではなぜ、うちにやってきた?
◇◇◇
リリアと母さんが風呂から出てきた。
リリアは、母さんが小さい頃に使っていたであろうパジャマを着ている。
母さんは、リリアをダイニングの椅子に座らせると、リリアと向かい合うようにしてしゃがみこんだ。
「リリアちゃん、突然現れたからびっくりしたにゃ。どうしてうちに来たにゃ?」
「イツキさんと何かあったにゃ?」
リリアは、黙ったまま何も答えない。
「弱ったにゃ。イツキさんには連絡入れとくにゃ」
イツキさんに電話をかけようと母さんが立ち上がったとき、突然、リリアが口を開いた。
「どうして私を怖がらないんですか」
「…紅眼の魔女の昔話にゃ?」
母さんは、リリアの前にしゃがみ直して、尋ねる。
「私は紅眼の魔女かもしれないのに」
リリアは、俯きながら小さな声でつぶやく。
「じゃあさ、リリアちゃん」
母さんは、自分の猫耳をさわりながら、言う。
「私は耳が4つあるの。人とおんなじ形の耳と、猫の形の耳」
「リリアちゃんは、私が怖い?」
リリアは、ふるふると首を振る。
「私ね、小さい頃は自分の猫耳を嫌だと思ってたの。周りのみんなには猫耳がないのに、なんで私だけ、って。だけどね、今は気に入ってるんだ。だって、私の個性だもん。リリアちゃんの目も、髪も、私の猫耳と同じ、リリアちゃんの個性なんだよ」
「それに、あなたはアリオちゃんの友達でしょ?なら、私たちはあなたを守るよ」
母さんが喋り終わって、部屋の中は沈黙に包まれる。
雨が天井に打ち付ける音だけが響く。
しばらくして、リリアがぽつりぽつりと話し始めた。
「…アリオが初めてだったんです。私の目を見ても、驚かなかった人」
「父の権力を得ようと、いろんな人がたくさん、私のところに来ました」
「でも、誰も私を見ていなかった。私の目を見ると、みんなわたしから離れていった」
「父は、私にこれ…カラコンという、目に入れて眼の色を変える魔道具をくれました。でもそれは、私の眼が怖かったからだと思います」
「私には、味方なんていなかったんです。でも別段寂しいとは思わなかった。今日の昼までは」
「アリオは、私の目を見ても怖がらなかった。それでも仲良くしたいって言ってくれた」
「アリオが帰って、私は急に寂しくなった。わたしから離れて欲しくなかった」
いつのまにか、リリアの目からは、涙が溢れてきていた。
「あらら。あんまり泣いたら、せっかくの可愛い顔が台無しだにゃ」
母さんはそう言うと、リリアの顔に優しく触れて、指で彼女の涙を拭った。
「イツキさんには後で連絡しておくから、もう少しだけうちにいるといいにゃ」
リリアは、母さんに抱きついて、声が枯れるくらい泣いた。
母さんは、まるで自分の娘をあやすように、リリアを優しく抱きしめる。
「…好きなだけ泣くにゃ。わたしもアリオちゃんも、ロビンくんも、リリアちゃんの味方だよ」
母さんは、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、そう囁いた。
俺も父さんも、その様子をただ見ているしかなかった。
雨がざあざあと地面に打ち付ける音と、少女の泣き声だけが辺りに響いていた。
母は強し、ですね。
リリアちゃん編、もう少し続きます。