闇を知るものだけが放てる光。
『所属女優になって貰うつもりだから。』のチカさんの発言に面食らっていると、宮下さんが言葉を引き継いで冷静に説明してくれる。
「ここはチカの個人事務所なの。所属タレントは今のところチカだけなんだけど、どうしてもっていうチカの熱意で貴女を所属女優に迎えたいわけ。」
「でも私、演技なんて未経験です。なんで女優なんだかさっぱり分かりません。」
黙って宮下さんとのやり取りを聞いていたチカさんが口を開く。
「それがいいの。」
「えっ?」
「これ、見てくれる?各事務所に配られるオーデションチラシなんだけど。」
チカさんが手にしていたチラシを受け取り見てみると、そこには演技未経験者大歓迎。新人映画女優発掘プロジェクト!!と大きく印刷されていた。合格特典は有名演出家、松川令児がメガホンをとる映画への主演。
「なんで私が。」
あまりの展開に頭が付いていけずクラクラする。
「明莉のブログ、ずっと見てた。文章構成の上手さから推測して文系なのかなって。私の勝手な推測だけど、文系の人ってお芝居やらせても上手い気がするのよね。加えてその見た目だし。あのブログのチラ見せ加減からして本当は少し注目されたい願望があったんでしょう?」
「••••••。」
チカさんには敵わない。そうなんだ。私はあのブログを通して私という存在を認めて欲しかったし、認識して欲しかった。どこかには私を認めてくれて受け入れてくれる場所があるはずだと探し求めていたんだ。無言で居ることが了解の証だと認識したのかチカさんが話し出す。
「入り口としての見た目は充分。あとは明莉の中の感情の光と影を上手く引き出せばいい。闇を知るものだけが放てる光がきっとある筈だから。」
「それはちょっと難しいかもしれないわよ。明莉、ちょっとここに立ってみて。」
デジカメを手にしたおかまちゃんに白壁の前に呼び寄せられる。
「そっ、その辺り。いいわ。じゃ、笑って。」
突然の要求に顔が強張る。それでもお構いなしにおかまちゃんはデジカメの連射機能でカシャカシャと撮影をし、チラリと液晶画面を確認する。
「オッケー。いいわ。チカ、宮っち確認してみて。」
2人を呼び寄せるとデジカメの画面を差し出した。
「••••••。」
画面を眺めて続く無言。
チカさんが沈黙を破った。
「これはちょっと••••••。」
割り入って画面を見ると顔を引きつらせた私が写っている。おかまちゃんはスコップを使って土を掘り起こすような仕草をしながら言う。
「いい、明莉は今まで2年間もずーっと引き籠もってた訳よ。そんな子にいきなり強い光を当てても萎縮するだけだわ。これじゃ宣材写真も撮れない。それに明莉は女優になってもいいと思ってるの?大事な事よ。」
テレビや映画は別の世界だと思っていた。選ばれた人だけが足を踏み入れて輝ける場所。自分が今、その世界に誘われている。ついこの間まで引きこもり鬱々と過ごしてた自分とは真逆の世界。目の前に選択肢があって選べるのなら私は今置かれている状況から這い出したい。
「演技が出来るかなんて分かりません。でも私、変われるなら変わりたい。」
「そう。じゃぁ、リハビリが必要ね。」
「リハビリ?」
「コミュニケーション能力を磨くことと、女優になりたいなら感情の幅を広げなきゃ。怒りと悲しみだけじゃ駄目。貴女は喜びや楽しさも、もっと経験しなきゃ。」
おかまちゃんの話を聞いてチカさんが大きな目をしばたく。
「そうだったね。全然考えてなかった。コミュニケーション能力大事だわ。あと場馴れさせなきゃ。楽しいは大丈夫。私たちが楽しい事たくさん教えてあげる!!」
「私たち?」
おかまちゃんが怪訝な顔をする。
「だってそうじゃん。私、車椅子だし移動が制限されちゃうんだから。宮下さんに補助して貰っても力及ばない時があるわけだし。そんな時のおかまちゃんじゃん!!」
「チッ••••••。」
とても大きな舌打ち。
「あっ、今舌打ちした。おかまちゃん大人気ない。本当、最悪。うわぁ。うわぁ。最低。」
「うるっさいわね。ぎゃぁぎゃぁ喚かないで。それにチカ、忘れてるようだけどもうひとつ。おっきな壁があるわよ。」
「もぉ。何よ!おかまちゃん、もったい付けないではっきり言って!!」
チカさんが声を荒げる。
「明莉はまだ未成年。すなわち最終的な決定権は両親にあるって事。」
「忘れてたぁ!!宮下さん、今何時?」
「6時半回ったとこね。」
「明莉、ご両親は家に居るの?」
「母は5時にはパートから帰ってきているはずです。」
「そっか。じゃぁ家まで送るついでにご両親にお話したいわ。突然でなんだけど行きましょう。宮下さん、車出して。おかまちゃんも行くわよ!!車椅子押して。」
おかまちゃんは一瞬肩を竦める様子を見せたけれど、渋々チカさんの車椅子を押している。私はもう一度時計を確認した。6時40分。母はもうとっくに帰っていて家事を済ませているだろう。きっと私が家を空けていることにも気が付かないままで。こんな格好で、こんなに人を引き連れて帰ったらきっと驚くだろう。