貴女の味方。
シャッっと開けられたカーテン横のスイッチを押すと白を基調としたドレッサーが現れた。その横にはシャンプー台。まるでこじんまりとしたヘアサロンみたいだ。
「ここはね、チカのメイクルームなのよ。下はバリアフリーカフェで2階はチカの個人事務所。」
さっきチカさんが言っていたバリアフリーカフェがここなんだ。どうりで駐車場の区画が広くとってあった訳だ。そう言えば駐車場から建物の中まで段差の無い作りになっていた。
「さっ、座って。」
おかまちゃんにドレッサー前の椅子へ座るよう促され、フワリとした椅子に体を沈めた。
「鏡、よく見ておきなさいね。これが今までの貴女。」
おかまちゃんは開け放したままだったカーテンを閉めチカさん達に声を掛けた。
「ヘアメイクが済むまでここは閉めておくわね。ドレッサーの鏡も閉じさせてもらうわ。」
三面鏡タイプになっている鏡をパタリと閉じ、首にケープを巻かれた。
「先ずはメイクねぇ。その前にこの無駄毛!!シェーバーで剃らなくちゃ。」
ジージーとシェーバーの刃先を鼻の下に当てられる。ふいに動きが止まったと思ったら鼻の穴まで確認された。おかまちゃんはワナワナと震えている。
「ちょっとお灸が必要ね。用意するから待っていて。」
何かを手にしてカーテンの向こうに消えていくと数分で戻ってきた。手にしていたのは短いスティック状の物。
「顔、上げてみて。」
言われるままに顔を上げるとズボッとスティックを鼻に差し込まれる。
「あががっ。」
「大袈裟。鼻毛の脱毛よ。苦しかったら口で呼吸して。大丈夫、すぐに乾くから。待つ間に眉を切らせて頂戴ね。」
サクサクと眉を整えられていく。そう言えば人生で眉をいじったのは初めてかもしれない。私はこれからどう変わるんだろう。
「鼻、そろそろ良いかしらね?抜くわよ。」
「ひぃぃぃっ。いだぁぁぁぁい!!」
ブツブツと毛の抜ける音が頭の中に響いて激痛が走り涙目になる。
「なぁに泣いてるのよ。貴女、自業自得なんだからね。良い思いだけして綺麗になれると思わないで頂戴。嫌だぁ。ゴッソリ抜けすぎよ。」
おかまちゃんはスティックを本当に嫌そうにゴミ箱に捨てた。チラッと見えたけど、本当に沢山抜けているようだった。急に恥ずかしくなって縮こまる。
「まぁ、今までが今までだから仕方がないでしょう。誰に見られるでもなかった訳だし。これからはそうは行かないわ。気合い入れていくわよ。」
おかまちゃんが化粧水でヒタヒタにしたコットンで顔のパッティングをしてくれる。続いて、美容液を使ったマッサージ。大きく柔らかい手はとても温かく丁寧で気持ちがいい。
「本当に肌が綺麗ね。きめ細かだわ。髪も艶々。いつもどんな物を食べているの?」
「母の作る料理を。」
「へぇっ。籠もって暮らしてる人はジャンクな物ばかり食べてる印象だけど違うのね。」
「元々食が細いのもあるかもしれませんけど、食事は母が作りおいてくれる分で足りてます。それにスティック珈琲があれば充分です。」
「そうなの。良いこと教えてあげるわ。」
「良いこと?」
「そう。」
おかまちゃんはそう言うと私の顔をスルリと包み込み両手の中指でぎゅっとこめかみを押した。
「痛いっ!!!」
「目が覚めるツボよ。良く聞きなさい。体はね、食べてる物で作られるの。貴女のお母さんは愛情を込めて料理してくれてるのね。でなきゃ、こんなに艶々にならないわ。貴女、愛されてるのね。」
リストカットをして以降からの2年間、母は一切私を責めずそっとしておいてくれた。私が意図的に時間軸をずらして母と顔を合わせないように暮らして居ることも、たまに顔を見せることを望まれたりするが決して強要することは無い。思えば母と繋がっているのは食事とノートだけだった。
「こんなに貴女を思ってくれている味方が傍に居てくれて居るのにね。」
そうだ。母はずっと静かに私を支え続けてくれていたんだ。そう思うとはらはらと涙がこぼれた。おかまちゃんはさっきのように騒ぎ立てずそっとティッシュを手渡してくれる。