私は引きこもり。
のそのそとベッドから這い出る。
遮光カーテンを開けたら太陽が高く高く登っていた。
開け放ったカーテンをぴちりと閉じ直し陽射しが入り込まないようにしてパソコンの電源を入れるとぼんやりと灯るパソコンの灯りが気持ちを落ち着かせてくれた。
デジタル表示された時計は11時20分を表示していた。
昼か。通りでお腹も空くはずだ。空腹を訴えるお腹を擦りながら部屋を抜けリビングに続く階段を降りる。
しんと静まり返ったリビングのテーブルにはいつものように1冊のノートが広げて置いてあり、おざなりに目を通す。
『明莉へ。
おはよう。今日はフレンチトーストを作ってみました。好きだったよね?冷蔵庫に入れてあるので温めて食べてね。頼まれていたスティック珈琲も棚に入れておいたから一緒に食べたら美味しいかもしれないね。ちゃんと食べてくれるとお母さんは嬉しいです。最近寒くなってきたので明莉が風邪を引いたりしていないか心配です。たまには顔を見せてね。』
『変わりなく元気です。』
横に置いてあるペンを掴みノートに走り書く、冷蔵庫に歩み寄り中を確認してフレンチトーストを取り出す。こんがりときつね色に焼けて美味しそうだ。レンジに突っ込み温めている間にスティック珈琲を取り出しカップにお湯を注いだ。
チンっと温めの終了を告げるレンジから熱々のフレンチトーストを取り出しテーブルで食べる。閉じたノートをパラパラと捲り中を確認する。母の字はどれもこれも壊れ物を包み込むように優しい言葉で毎日律儀に書き連ねてある。
さてさて、母から壊れ物扱いを受けている私はもう長いこと時間に縛られない生活をしている。自由に寝て、自由に起きる。社会生活という人間として大切であろう物を放り出して自宅にこもって気ままに暮らしている。
私が社会という名の荒波を避けて暮らす決断を下したのは2年前。高2の二学期からだった。何のことはない。虐められて耐えられなくなってパンクしちゃったのだ。初めの頃はそれはもう大騒ぎで部屋から出され、学校に強制送還された。私は気分が悪くなり教室で嘔吐。それを見たクラスメートは心配するでもなく大爆笑。見かねた担任が保健室に連れ出して早退を許可してくれた。迎えに来た母の車に無言で乗り込み、帰宅後部屋に閉じ籠もった。言いようのない嫌な気持ちが広がって涙が溢れた。
消えたい。消えたい。消えたい。
頭に過ぎる言葉。
私は机からカッターを取り出し、腕を切りつけた。流れ出る鮮血が、体の痛みが心の痛みを忘れさせてくれる。切りつけた腕をベッドから投げ出し、血液をゴミ箱が受ける。完璧な流れだ。なみなみと血液が溜まる頃には私は精神の苦痛から逃れられるだろう。
「さようなら……。」
呟いて目を閉じた。
もう開けることは無い。そう思っていた瞳を開けたのは割と直ぐだった。見覚えのない白壁に響く機械音。
私は自宅のベッドから病院のベッドへ移動していただけだった。
頭を動かすと顔面蒼白の母がみるみると大きな瞳から涙を流した。
「明莉、ごめんね。ごめんなさい。」
その日から私はこの家で自適に暮らすことを許されている。