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「私こそ魔王だ、よく来たな勇者よ。ここが貴様の墓場だ。」
「こんな立派な場所を墓標にできるなんて嬉しいナア。
ありがとう、ここで死のう。」
「喜んでもらえて何よりだ……いや、今なんと言った?」
奇歪な魔物と不気味な石像のひしめく魔物の王の城の最奥、磨きたてられた黒い石の敷き詰められた漆黒の間の宝石の椅子の上に悠揚迫らぬ様子で掛けていた男は、侵入者の場にそぐわない発言に余裕を崩した様子で問いを投げていた。
ここは魔王城と呼ばれる魔物の王の砦。
長い戦いの果てに種族の存亡を賭け人と魔族の勇が最後の決着をつける戦場だ。
魔王にとって、勇者との闘いは歓喜に満ちた娯楽の一つだった。
人族といえど精霊の加護を受け人ならぬ力を振るう勇者との決戦は、戦いを快楽とする魔族の長として何度繰り返しても血湧き肉踊るものだ。
種族の明日のために湧き上がる不安を押し殺し、隠し通してなけなしの勇気を奮う人族の長の蛮勇の仮面を剥ぎ取り、恐怖と絶望の底に叩き落とし、最後に自ら死を願う様を見てから手を下す。それは血流が愉悦で満たされるほどの快楽だった。
その決戦場に、あまりに相応しくない勇者の言葉。
意を解せぬ魔王は眉をゆがめて返答を待っている。
「俺達の墓地なんだろ? 大丈夫、始めの俺から26番目の俺の骨はちゃあんと道具袋にしまってあるぞ !」
腰につけた革の道具袋をぽんぽんと叩き、得意げな顔をする。
「始めの俺? 何を言っている…。」
「勇者だろ? 他の国のがどれだけいるのか知らないけど、そのうちの26人は俺だった奴だナ!
俺が持ってるのは使えなくなった部品だけだケド」
ホラ、と言って出すのは、砕けたり折れたりした骨と、それにくくりつけられた装備の一部だ。
壊れてはいるものの、教会で清められた装備は微かに神聖な気配を残している。
「何故貴様がその骨を?別室に収めておいたはずだが?」
それは、魔王に取って見覚えのあるものだった。
魔王はこれまで自分に勝負を挑んできた人族の勇者の骨を集め、専用の部屋に納めていた。
時たま立ち入り自らの戦績として眺めいることもあるのだったが、勇者が見せたそれは、あまりに部屋にあるものと酷似していた。
「あれ? 安置してくれてたんだ。やっさしーい。」
「ありがとう。
てか、それでちょっと背が縮んだのナー。
全部拾えなかったおかげで俺はツギハギにされちゃった。」
そう言って、ホラと勇者は首元のチョーカーをずらしてみせる。
そこには首をぐるりと一周する縫い跡があった。
魔王は縫い跡を認めると怪訝そうに眼をすがめ、しばし後に驚きに目を見開く。
「 そうか、噂には聞いていたが、貴様が古代術師どもの"人形"か・・・その耐え難い厭な古代魔術の臭い、間違いない・・・!こんなものを作り出せる術師がいまだに生きていたとはな!」
「知ってるノか! やっぱ魔王凄いナー!
あいつ、『この世界に我の存在を知るものはおらぬ』とかふざけたコト言ってたのに。
そうそう。俺がその『作品』の27番目だよ。
ちょっと縮んじゃったけど、成人してるから情けはいらないよ。遠慮なくばっさりいっちゃってナ!」
からりと笑い、両手を開く。
「なるほど、本気になる理由ができたようだ。貴様には我が反抗者たちの墓標に入る資格はない。」
魔王はまるで汚らわしいものを打ち払うかのようにマントを跳ね上げ勇者を睨みつける。
「奴隷の安寧に浸りきることなくそこから頭を出し、ただ一つの命を賭して私を殺そうと死ににきた馬鹿者こそがこの墓にはふさわしい。思い上がりと傲慢は魔界でもっとも価値のあること。それでこそ弄んで殺しその後弔ってやろうとも思えるものだ。
何度死んでもよみがえるオモチャの命を繰り出して、この魔王城に乗り込もうとする輩など、弄ぶ価値もない。
私が昔木霊の一族から貴様らの伝承を聞いたときは、いつか必ず貴様らの本体を皆殺しにしようと決めたものだ。
貴様らには狂いがない。命を賭けるという人間の馬鹿馬鹿しさがない。ただただ確実性があるだけだ。理性、合理性、こんなに卑しいものはない。この地上に存在した痕跡も残さずに消してやる。」
「……えっ、じゃあ、俺。殺されないのカ? でも、消す? なら俺は死ぬのかな?」
死ぬ。その言葉を言った時の勇者は、笑っていた。