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僕の理想の木

作者: +傘

 僕は木だった。

 さして大きくもない、だけど小さくもない。平凡な木だった。

 ちょっとした森の真ん中にぽつんと立っている、見た目はただの緑色。美味しい果実をつけるわけじゃないし、綺麗な花を咲かせるわけでもない。ただ、そこで気持ちのいい日差しと気持ちのいい風を浴びながら佇んでいるだけだった。

 そんなある日、この森に一人の少女が迷い込んだ。

 その少女は涙目で、今にも大声をあげて喚いてもおかしくないくらい不安そうな顔をしていた。

 少女は歩き疲れたのか僕のそばで座り込んでしまった。

 僕は心配になって、その子に「大丈夫?」と声をかけた。

 すると少女はとても驚いて急に立ち上がった。

 僕は急に立ち上がった少女に驚いて「どうしたんだい?」と聞いて見たが、その少女には聞こえていないようだった。

 少女は首を傾げて、また僕のそばに座り込む。

 僕はその子にもう一度「大丈夫かい?」と声をかけた。

 少女はさっきほどじゃないがビクッとして僕から少し離れた。そして、もう一度、恐る恐る僕に触れる。

 僕はその子に「どうしたんだい?」と聞くと、少女は僕を見上げた。

「あなたが話しているの?」

 僕は不思議に思った。そんなの当たり前だと思ったからだ。

 だけど、少女を怖がらせてはならないと思って優しく「そうだよ」と答えた。

 少女は驚いて、その後に僕の周りをぐるぐる回ってキョロキョロし始めた。まるで何かいないか探すように。

「本当にあなたが話しているみたいね」

「だから、そうだと言ってるじゃないか」

 僕は不思議でならなかった。少女は何をそこまで疑っているのだろうか。

「普通、木は喋らないでしょ」

 今度は僕がその言葉を聞いて驚く番だった。

「そうなのかい!?」

 確かに周りの木から話しかけられたことはない。しかしそれはみんな無口なだけだと思ったからだ。

「ふふっ、変な木ね」

 今まで泣きそうだった彼女の顔を見て僕は少し葉を揺らした。

「君の名前はなんて言うんだい?」

「マリーよ」

「マリーはどこから来たんだい?」

 僕はマリーに話しかける。こうして会話をしたのも木は初めてだった。今まで一方通行の鳥や木に話しかけてたことはあるけれど、こうして返答がくるのは初めてでとても楽しいことだった。

「私は街から来たのよ」

「マチ? マチって?」

 マリーから聞く話は知らないことばかりだった。街のこと、たくさんの生き物のこと、マリーの好きな食べ物のこと。多くのことを聞いた。僕はそれがとても楽しかった。

「あなた、本当に何も知らないのね」

「僕はずっとここで立ってるだけだからね」

「寂しく、ないの?」

 マリーからそんなことを聞かれた。

「寂しくはないよ、たくさんの鳥たちや仲間たちがいるからね。残念ながら返答はないけれど。でも今日は本当に楽しかったよ。たくさん話を聞かせてくれてありがとう」

 マリーは少し悲しそうな顔をして、少し考えてるような顔をする。そして顔を上げる。

「私、絶対またここに来るから!」

 マリーは真剣な顔でそう言った。

「本当かい!? ありがとう。でも、その前に家に頑張って帰らないとね」

「そ、そうね」

 マリーは僕と話しているうちに自分が迷子だということを忘れていて、少し恥ずかしそうに目を逸らした。

「マリーはどうしてこの森で迷ったんだい?」

「お父さんとお母さんとキノコ狩りに来てたのよ、それで私があちこち行ってたら迷っちゃっただけ」

「なら、そんなに遠くにはいないんじゃないのかい?」

「そうでも……、ああ、そっか、あなたはこの辺のことしか知らないのね」

 マリーは少しふてくされたように笑う。

「どういうことだい?」

 僕は気になってマリーに聞いた。

「この森はあなたが思っている以上に広いのよ」

「そうなのかい!?」

「あなたの返答はそればっかりね」

 今までマリーの新しい話を聞くたび驚き、その度にこの返答をしていたものだからこんなことを言われてしまった。

 マリーは僕の返答を聞いて少し微笑む。

 マリーがここに来てからだいぶ時間が経ったが、なかなか迎えがこないのはそのためだったのか。

「でも、あなたがいてくれてよかった。私は一人で少し不安だったもの」

「泣きそうだったもんね」

「そ、そんなことないわよ……」

 彼女は照れ臭そうに目を逸らす。

「ん?」

 僕は何処からか声が聞こえて来た。

「なんか、声が聞こえるよ」

「嘘? 私には全然聞こえないわ」

「僕は葉っぱの先まで僕だからね。僕の葉は遠くの音をよく聞いてくれるんだ」

 僕の葉っぱは地面が揺れる前とかもよくわかる。自慢の葉っぱだ。

「ほら、向こうの二つ並んでいる木の先だよ。行ってきな」

「う、うん」

 マリーは半信半疑ながら僕を信じてくれているようだ。立ち上がってそして僕に片手だけつけて。

「また来るね」

「今度は迷子にならないようにね」

「ならないわよ!」

 そう言ってマリーは僕から手を離して向こうに走って行った。



 それからマリーはたまに僕の元へ来た。

 僕のために多くの話を聞かせてくれた。

 どうやらマリーの両親はいろいろなところに行くことが好きらしく、マリーからはいろいろな旅先での話を聞けた。

「この間は海に行ったのよ! 海って言うのはね、とっても大きな水たまりでとってもしょっぱかったわ」

「水たまりってどれくらいの大きさだい? 僕より大きいのかい?」

「そんなものじゃないわ! この森の大きさよりももっと大きくて、先が見えないのよ!」

 マリーは興奮して大きな声で話す。それほどまでに彼女にとっても凄いものだったのだろう。

「それなら、僕も一度見てみたいな」

 僕はそんな願望を口に漏らす。

「うーん、この森からそう離れてないところにあるのだけれどね」

「そうなのかい? なら、僕が大きくなれば見えるのかもしれないなぁ」

「ふふっ、そうね」

 僕はマリーとたくさんのことを話した。たまにマリーは僕の側でぐっすりと寝てしまう。僕の葉がマリーを太陽から守って僕の少し弾力がある根がマリーの枕になる。僕はそれが心地よかった。

「うぅん……」

「おはよう、マリー」

「んー……よく寝た! 今日はもう帰るわね」

「うん、僕は大きくなって海を見るために頑張るよ」

 そうして、マリーは帰った。そして僕は雨が降ったらたくさんの水を飲んで、大きくなるために頑張った。

 しかし、僕はなかなか大きくはなれなかった。



 マリーがまた久しぶりに来た。もう何回季節が巡った頃だろうか。ここに初めて来た時とは違って大きくなってる。そして少女ではなく立派な女性となっていた。

「久しぶり、元気にしてた?」

「うん、久しぶりだねマリー。今まで何をしていたんだい?」

「いろいろあったのよ。結婚して、子供を産んで。そして育てて……いろんなことがあったわ」

 マリーは今までとは違う顔をしている。前来た時はこんな顔していなかった。

「僕は変わらないよ。一生懸命雨水を飲んだけど、大きくはなれなかったよ」

「そういえば、そんなこと前に言ってたわね。……ごめんなさい、あなたはそれ以上大きくはなれないのよ」

 僕はその言葉を聞いて、初めて自分に何かが重くのしかかった。

「どういうことだい? 僕は大きくなれないのかい?」

「あなたはそんなに大きくなれる種類の木ではなかったのよ。だから、あなたはそれ以上大きくなれない」

 マリーは申し訳なさそうに僕に告げる。

「マリー、そんな顔しないでおくれ、僕が大きくなれないのは君のせいじゃないよ」

 僕は大きくなれないことを知るのが辛かったが、それ以上にマリーに辛い顔されるのが一番辛かった。

「マリー、またいろんな話をしておくれ。そのことが僕にとって一番楽しいことなんだ」

「でも、そんな話をしたからあなたは海を見たがったじゃない」

「それでも、僕はマリーの話が聞けたことはとても楽しかったし、今でも一番楽しいことだよ」

 マリーは泣きそうな顔で僕を見る。懐かしい、最初に迷子になっていて泣きそうになっていた時と同じ顔だ。大人っぽくなったと言ってもそういうのは変わらない。

「ありがとう」

 マリーは僕にそう言った。

「こちらこそありがとう」

 感謝するのは僕の方だ。僕はマリーがいたからこそ、外の世界を知ることができたのだ。

「マリー、今日も君の話を聞かせてくれ、今までに何があったのか」

「ええ」

 マリーは語り始める。今の旦那さんの出会いから、結婚まで、様々な波乱があったことや子供が可愛くて仕方ないこと。外の世界の話ではないが、マリー自身の話だ。つまらないわけがなかった。

「それで、子供が……ああ、もうこんなに時間が経っていたのね」

 マリーは陽の光ををみて、そう言った。

「あなたと話しているの時間が経つのを忘れてしまうわ、あなたって聞き上手なのね」

「そんなこと初めて言われたよ」

「それはそうじゃない、今まで私しかあなたに話したことないのでしょ?」

 マリーはそう言って僕のことを笑っていた。笑い顔も昔と変わらなかった。

「ねぇ」

「なんだい?」

 マリーが不意に話を変えた。

「ここに私の家族の家を建ててもいいかしら」

「え?」

 マリーは僕の前にある少しの草原を指差して楽しそうな笑顔で言っていた。

「構わないけど、こんな森の中でいいのかい?」

 かつてマリーが迷子になった森だ。こんな辺境の森で果たして良いのだろうか。

「あなたは知らないだろうけど、この森もだいぶ小さくなったのよ。だからこの森でもう迷う人なんていないわ」

「そうなのかい!?」

「ふふっ、久しぶりね、それ」

 マリーはそう言って微笑む。やはりマリーは笑っているのが一番だ。

「周りが森であなたのそばに家がある。良いことじゃない!」

 マリーはもうその気満々だった。

「僕にとっても嬉しいよ」

「そう言ってもらえると嬉しいわ。なるべく早くここに住めるようにするわ」

「うん、待ってるよ」

 マリーはそのまま帰って行った。

 その後からどんどん木でできた板や、綺麗に切り取られていた石のようなもの、レンガと呼ばれているらしい、そんなものが僕の目の前にうまく積んでいかれる。

 そうして、いつの間にか僕の目の前に小さな家が出来ていた。

 そして、そこにマリーの家族が住み始めた。

 僕の目の前で毎日いろんなことが起きる。マリーの家では毎日が飽きないくらいいろんなことが起きる。ただ立っているだけの木でこのように目の前の日常が変化していくとは思わなかった。

 僕は新しい世界を目の前に作ってもらった。

 今、マリーの子供が僕の枝を使ってぶら下げているハンモックというものに身を預けて眠っている。

 僕は子供を陽の光から守っている。子供は気持ちよさそうに眠っている。寝顔がマリーにそっくりだ。

 僕は大きくならなくて良かった。今、そう思う。

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