8話 もう来ないで
白目をむいた如月がいる。
机に顔を押し潰して口が半開きの状態で、微かな吐息が漏れている。放心状態で、本当は死んでいるのかもしれない。
「如月ぃ……?昼だけど、妹ちゃんのとこ行かないの?」
水無月がそう問いかけてきた。
彼女とは小学校時代からの友達である。2年の友達の中では特に仲の良い人の1人。
「……弥生が」
「やよい?って、妹ちゃんの名前か。弥生ちゃんがどうかした?」
「……もう来ないで……って今朝……なんかキツめに言われた」
思い出し泣き寸前の如月の背中を水無月がさする。幼い子どもを眠りに就かせるように優しく温かい。水無月は何かとそういうとこがうまい。
「わたし弥生に嫌われたんだぁぁっ!」
「もう生きてけない」と付け加えると、水無月が困惑した。
本気にしたのか、水無月が後ろに回って肩を揉み出した。肩の力を抜いて、と言いたいんだと思う。
「妹に捨てられる姉は辛いよ……」
「別に……捨てられたワケじゃないでしょっ?」
「飼っていた猫をいざ捨てるとなって、どこか遠い山に猫を放して帰ろうとした時、猫がついてきたら、なんて言う?」
「えっ……それは……「もう来ないで」って……あっ!」
「そうなんだよぉ!わたしは捨てられたんだよぉっ!」
水無月が「違うから」と主張する。言葉の綾だと言い張り、如月の肩を叩きだした。
「わたし猫は捨てない!しかも犬派だし!だから違うの!」
「犬でも同じだよ!しつこくついてこられたら「もう来ないで」って言う!」
「捨てないからぁ!」
背中に尋常じゃないほどの重力が働いたのかと思った。「うげぇ」と声を漏らしながら振り向くと水無月が倒れ込んでいた。意地悪にショックを受けたらしい。何度も「捨てないもん」と呟いている。
「何、騒いでんの?」
水無月の背中からひょいと現れたのが卯月。
彼女も水無月とは違い、高校に入ってからの友達。わたしの友達の中で1番小さい。休み時間はよく小動物みたいに愛でられている。
わたしも愛でたことあるけど、髪はふわふわでいい匂いがする。頬はもちもちしてて頬骨があるのかどうか、疑わしいくらい。とにかく可愛い。それに相反して時々怖い。
「おー……卯月。犬を捨てても尚その犬がついてきたらなんて言う?」
「……え?何その変な質問……犬かぁ……やっぱ「もう来ないで」とかだなぁ……言わない?」
「卯月もわたしをからかってるのっ!?」
「……なんのこと?」
いくつかの罵倒を放っては如月の机に身を隠す。そんな水無月を見てるとなんだか申し訳ない気持ちと、もっとやってやりたい気持ちの2つの気持ちが対立した。
水無月なら大丈夫だよね。と、大丈夫なのかは分からないけれど自己暗示のように脳内で連呼する。
「やっぱり猫でも犬でも、例えカエルでもしつこかったら「もう来ないで」って言うよね。逆に別の断り方あるの?」
そうやって説いているけど、元々の話は犬じゃない。
妹が、姉を、捨てる?ときの言葉。
弥生が産まれてからの15年間、弥生になん度お世話になって迷惑をかけて、そしてなん度弥生を喜ばせたか。記憶にないくらい多い。
でも充分な愛情を注いできたのは確かだ。
“姉妹”とは家族をより細かく別けた存在。
柊姉妹は今は個別に部屋があるけれど、2人とも中学生の頃までは同じ部屋だった。朝一番に起こされる仲、夜電気を消してからも話し合える仲、相手が男の子といるとちょっぴり胸が苦しくなる仲だから。だからこそ……。
「弥生だって人生があるよね」
少し寂しい答えになる。
「やよい?って妹の子か。その子の話だったの?これ?」
「それが捨てられるとか、なんとかから猫になって、犬になって、さっきカエルも出てきたね」
弥生の姉だから弥生の人生を操作していい、なんて有り得ない。弥生の人生は弥生のもの。
わたしが考えているのは“弥生と一緒に……”ということで、相手の了承を得ているワケではない。
弥生はわたしといるのが嫌なんだと思う。だから来ないでって言われたんだ。
「……つら」
頭を抱えて溜め息を吐く。
考えれば考えるほど、思えば思うほど、望めば望むほど、弥生は遠くなる。
今までの努力はなんだったの?
自分に問いかけても、答えを出せるほど平常心じゃない。
弥生には自分から離れてほしくなくて、甘やかしたりいたずらにしたり、時には奪うこともあった。でもそれは全て無駄だったといま理解した。逆にそれらはマイナスだった。
「如月ぃ?どうしたの?」
水無月がいつもの優しさで如月の背中に手を添える。
その温もりがうざったらしい。
弥生も同じような気持ちだったのかな。
「……り……て」
「はい?」
「……ひと……に……て」
「いや、聞こえないって」
「1人にしてって言ってるのっ!わたしはっ!」
勢いに任せて手の甲で水無月の手を払った。
打ち所が悪くて後悔した。友達に暴力を振るって自分を痛めつけて、負の連鎖で苦しむ。
手を引っ込めようとすると、止められた。卯月に手首を掴まれた。振りほどこうにも片手では抵抗できない。
「何も……水無月に当たることないだろ!?」
怒鳴られた。
耳が痛い。手首も、あと心も。
卯月の眼差しに恐怖心を覚えた。体が硬直して何も言えない。
「謝れよ。水無月に……はやく」
卯月の吐息が荒んだ。怒られていると気付いて体に開放感が戻る。
手首を横に曲げられたから手に力が入らない。
脚の震えは罪悪感からだと思う。
「…………ごめん。冷静さが足りてなかった。元々わたしの……わたしと弥生の問題なのに……水無月に相談なんかして水無月に迷惑かけてた。ごめん……もう大丈夫だから。お願い、悲しむときは……1人で泣かせて」
そう言って如月は額を自分の腕に当てて机に身を置いた。歔欷の声で場は重くなる。
水無月と卯月が互いに顔を見合わせて静かに頷いた。
「……如月。怒鳴ってごめん。わたしも……うん、そうだ。嫌なときはなんだって自分の不得意なことから逃げるもんな。わたし、口で言うの苦手だからさ、切羽詰まったらすぐ手が出ちゃう……弱いやつの特徴だよ、口で言えないのは」
「1人で悩まなくても……わたしは相談にのるからねっ?欲求に応えることだってできるよ……全部は無理だけど。わたし、友達が困ったならいつだって、どこにだって駆けつけるから……昔、2人にしてもらったみたいに」
誰かが如月の頭を撫でた。数秒、もしかしたら1秒もないかもしれないけれど……“2人の誰か”が確実に、撫でてきた。
誰か?なんて考えていると足音が聞こえた。足音はだんだんと離れていく。“2つ”……所々で止まりながらだんだんと。
「……どうやら、わたしたちはどこかに行けても、どこにも行かない……逆に“こっちに来た”人はいるみたいだ」
「うん……来たね……」
背中に垂直にかかる力が増加した……胸元が机の角に当たって息苦しい。
少し前の水無月が乗ったときに感じた力より小さい。卯月にしては胸がある。
如月の肩から流れる“誰か”の腕は細くて短い。肩に小さな顔を置かれ、耳がくすぐったくなる。
ここまで言ったのは……現実逃避のため。この人物が誰か?――既に分かっている。
「……弥生」
「ん……正解」
なん年も経っても変わらない感触で分かった。なん回もこうやってきた仲だから、弥生の感触は自然と身に染みている。
「……お姉ちゃん……朝のこと、ずっと引きずってるの?」
単刀直入に訊かれて怯んだ。困惑して、もっとも適当でも不適切でもない「うん」と答えた。
「だって、弥生に来ないでって言われたんだもん……行きたいのに……弥生のとこに……でも」
「寂しかった」
ネコ科の動物みたいに顔を擦りつけてくる。触られてるのか、はたまた匂いを嗅がれているのか……鼓動が激しくなっていく。それもお互いに。
「朝は本当に来てほしくなかったから……つい正直に言った。でもいざお姉ちゃんが来ないとそれは、それで、寂しい……」
「行きたいけど……行くと弥生にもっと嫌われちゃうと思ったから……わたし……弥生に嫌われたくない……」
如月の背中が軽くなった。弥生が周りを見渡している。
何をしているんだろう?
答えを出そうとすると弥生に右手を掴まれた。
「場所変えよ……人目のないとこで……」
手を掴んだまま弥生が走り出した。なんの合図もなく走り出されて如月は机にお腹を強打した。
されるがままに廊下へ飛び出す。教室を出てすぐ左が渡り廊下で……弥生は右に曲がった。
「ちょっ、やよっ!弥生!そっちは上に上がる階段しかないよ!?3年生のフロアに行ったら怒られるから!」
「それなら尚良し!踊り場なら誰も通らない!」
「なんでよぉ!その逆っ!こっちにはそこしか通るとこがないんだってば!大勢がそこを利用するんだよ!?」
如月の話も聞かずに、ただ自分の考えたことを貫き通す。これが弥生。
でもそれは毎度のこと悪い方へと転がる。
今だって歩けばいいのに走っている。曲がり角で誰かとぶつかったらどうするの?曲がるタイミングが遅くてわたしが壁に衝突するかもよ?そんな危険を予測しては、弥生を引き留めたくなる。
弥生に連れられて階段の踊り場に着いた。お互いに息を切らしていてなかなか話が始まらない。
「ふぅ……はっ、はぁ……朝は……ごめん……お姉ちゃんがこっちに来るとさ、わたし、睦月たちとも会話できないし、スキンシップが過ぎるから色々と言われるし……だから来てほしくなかった」
それはつまり、如月が弥生の自由を奪っているということ?
弥生だってああしたい、こうしたいがある。それなのに如月が会いに行くと何もできなくなる。
「やっぱり……わたしって弥生を束縛してるのかな?」
「……してるんじゃない?なんというか……なんだってお姉ちゃん基準で事を進めなきゃいけない感じ。わたしが何かしようとするとお姉ちゃんもやる。お姉ちゃんが何かしようとするとわたしを連れてく。……たまに、わたしはお姉ちゃんの飼い犬とか……なのかなって」
なんだかわたしがストーカーまがいなことをしてるって話になってないか?
今まで自覚がなかった。
わたしは、何事にも弥生が必要なんだって、こと。
「……お姉ちゃん失格だ。わたしはただ弥生が好きなだけなのに……弥生とずっ……と一緒にいた……く……て……いたくてぇ……弥生のこと、お構いなしに……っ……自由を奪って……いたんだ」
辛いことを味わった時の涙がこぼれる。
例えるなら九回の裏1対0でこの回で1点以上取らないと負けが確定するという瀬戸際、ノーアウト満塁の機会で自分の番が回ってきた時、スクイズのサインと三遊間に流すサインを見間違えてしまい、身構えているショートに堂々とライナーを飛ばしてしまった……その後の涙って感じ。
分かりにくいか。
「……誰も……不自由だなんて言ってないけども」
「……えっ?」
「だーかーらー!誰が不自由してるって言ったのかってこと!」
「……えっ?」
「え?」
「不自由だ……ってそれ……や……あれ?えっと……水無月?……じゃない……あっ!」
誰が弥生は不自由だと言ったのか?
「わたしだ……」
言ったのは如月だった。弥生は姉に対する嫌みを言っただけで「不自由」というワードを使っていない。
ただの如月の思い込みから出た言葉。
「わたしは不自由じゃないよ?……お姉ちゃんがいてくれて嬉しいから……朝、お姉ちゃんに起こされて、お姉ちゃんとご飯食べて、お姉ちゃんと家を出て……帰ってきてからもお姉ちゃんと話せて……全部……お姉ちゃんといるから不自由じゃない」
安心できたといえるのか、如月の肩が軽くなった。辛いこと逃げたいことがなくなっていく、この感じ。
そんなこと言われてなにも言わずに立ちすくしていられる方がおかしい。
弥生の手首を掴み返して胸元まで引く。流されるように弥生の体は如月の胸元へと倒れ込む。支えきれずにその場で倒れてしまった。
廊下に寝転びながら妹を抱きしめる。誰かの目なんて気にせず、ただやりたいことを全力でやった。
「おっ、おぅおおぉ、おぉお姉ちゃんっ!何やって……」
「……好き」
「ぱぁ……っ?」
「弥生のそういうとこ……わたし大好き。ずっと、弥生といたい」
「ずっ……とって……ど、どれくらい……?」
弥生が如月の肩に顔を置いて照れ隠ししている。質問に答えてほしいのか、やはりやめてほしいのか、悩んでしまう。
どうなのか?の疑問で曖昧な力しかでない。もっと強く、抱きたい。今までにないくらい密着して相手を感じたい。
焦らすような微妙な時間が続く。
「……お姉ちゃん?どれくらい……」
「……分からんです」
「分からん……ってそんな!」
「わっ、分からないものは分からないの!弥生が地歴を理解できてないのと同じ!」
「バカにしてんの!?」
「してるよぉ!してるとも!弥生とずっといたいのは確かなのっ!でも、弥生がどうなのか分かんないんだもん!わたしだけで決めていいことじゃないからぁ!」
大声を出してしまった……人が来たらどうしよう?
今、こんな場面を見られたら……変な子だって思われる!?
でも誰の声も聞こえないし、足音も、人影……も……
「なっ……何……してるの?2人で……その……」
階段の上、3年生のフロアから女の子が心配げに2人を見下ろしていた。
赤色のバッヂをしていることから3年生だと分かった。そもそも3年生のフロアには2年も1年も立ち入れないのだけど。
「べぁ!ち、違うんです!違うだす!……あれ?違うす!……ん?……なんだっけ!……いや、ホンっトーーーにっ!」
女の子は気を遣おうとしているのか、単に逃げようとしているのか、あたふたしていて分からないけどその場から離れようとしている。
「……あっ、お、ち……落ちちゃった……とか?階段から……?先生、呼ぼうか?」
「い、いえいえ!大丈夫ですから!てかそんなんじゃないですからっ!」
「じゃあ……何が、あの、えっと……ぁ……何かあったの?」
そろそろ追い込まれてきた。
はやくこの場から去ってほしいけれど、さすがに帰れなんて言えない。
相手は頑張って理解しようとしているんだろうけど、ただの迷惑というか、踊り場でこんなことしてるわたしたちが非常識というか。
今から場所を変えるのにも抵抗があるし、このまま“やめる”のも嫌だ。どうにか彼女に行ってもらわないと。
「あっ、あのっ!先……ぱ、い?」
「は、はい!何かな?……うん」
「わたしたち、ここで……あの、ぞんぞんごっこをしてるんです!学校の中だからこそできる遊びです!」
なんだ、それは。
弥生がそう言いたげな目でこちらを見てくる。
「ぞ……んぞん?ごっこ?……食べるの?」
「食べっ……るふりですよ」
「そ、うだよね、さすがに食べないよね。ごめんね?……あの……シャベルは……ないのかな?」
「危険なんで手刀打ちにしようって決めてるんです!こう……しゅっ、しゅっ……って」
なんだ、それは。
弥生がまだ言いたげな目でこちらを見てくる。
自分でもぞんぞんごっこだの食べるふりだの、何を言いたいのか分からない。
取り敢えず自分たちは大丈夫だということを証明すれば安心して行ってくれると考えたからだ。でも恥ずかしい。
「そぅ……か。でも階段は上がっちゃダメだよ?わたしは……別に、気にしないけど、そろそろ藤堂先生が生駒先生に会いに来る頃だから……見つかったら面倒だよ」
「……は……はぁ……い」
女の子はまだ心配げに見てくる。でも最初よりかは安心感が感じられる。
5秒くらい目が合ってから、女の子は「じゃあね」と躊躇いながら言ってその場から離れていった。
「……お姉ちゃん」
「はい……話を聞く前に謝らせてください。ごめんなさい」
「……何さ、わたしたち別に遊んでなかったけど」
「だって!初対面の人に……姉が妹にだっ……抱きついていたなんて……しかも学校で!……言えるわけないじゃん……そんなん」
少し前は弥生が顔を逸らしていたのに、どうして今はわたしが逸らしてるんだろ?
如月の頭が混乱する。
さっきのしきり直しなんて無理だ。でも、この気持ちを我慢するってのも、無理な話。
「……別に、気にはしないけどさ……で、どうする?……“続ける”?それとも“やめる”?……ぞんぞんごっこする?」
完全に冷めたんだな。
続けられる気がしない。
それならもう、やめてしまった方がお互いのためなのかも。
「や……める。我に返って考えてみるとアホらしいわ、こんなの。ながっちが来るからそろそろ帰ろ……」
名残惜しさを露わにしながら立ち上がる。弥生に手を伸ばして、弥生が手を取って立ち上がった。
制服に着いたホコリを払い、並んで歩く。結局、進展なんて何もなかった。
「……明日、昼は弥生んとこで食べる」
「ん……はい。待ってる」
「後、こらからはスキンシップを控える」
「……?」
「頭上にハテナが見えるから言う……もっと、弥生には友達を大切にしてほしい……から。わたしなんかよりゆかりちゃんとか睦月ちゃんと楽しんで……笑って」
自分たちが生きている限り、弥生には隣にいてほしい。
という、この感情を“独占欲”というのならば、わたしは変態だ。
それも重度の。
「別に、ハグくらいならいいよ……お姉ちゃんなら」
「……でも違う。いや、違わない……のか?なんていうかさ、あの……なんて言うんだろ……わたした」
「まっ、いいけど?……お姉ちゃんがわたしにいかがわしいこと、やってもやらなくても、どうでもいいから。だけど……それでも、だよ……わたしはそういうこといっぱいするから。お姉ちゃんに。呆れちゃうくらい」
「ふぇ?」
弥生との距離が縮まっていく……地面が動いているのか?ってくらいゆっくりに思える。
違和感から解放されたのは弥生の重みを感じた瞬間で、弥生の顔が左肩に置かれていた。弥生の腕が背中に触れてくすぐったい。
自分から行ったのではなく、相手からこっちに来たらしい。
「うぉぉ……った、った、てぇ……」
体制を整えようとすると変な声が漏れた。
無事だった。
頭を打ったり、尻もちついたり、そういったことは一切ない。
……違う意味で頭がおかしくなりそうだけど。
「こういう風に……するから」
弥生の顔かたち肩から離れていき、事情を訊こうとするとそこでもまた弥生が仕掛けてきた。
頬に微妙に熱を持つ、湿った、柔らかいものが触れた。
「……じゃ、実は2人を待たせてたから」
何も言わせてくれないで弥生が走り去った。
まだ上半身に抱かれた感覚が残っている。重いし、暑いし、その反面ヒヤッとした。
頬に触れた感触だって、すぐには忘れられない。
「……ハグならって……言ったやんけぇ……………………」
やっぱり。
わたしは重度の変態だ。
散々愛して、散々嫌われて、散々仲直りして。それを姉妹という関係でなん年間も続けている。
それだけのことをなん年間も繰り返している内に、わたしは、姉は……妹のことを好きになっているのだから。
「おっ……如月さんがお帰りになられた」
教室に入るとすぐに声が飛んできた。
卯月と、水無月と、もう1人。
「……皐月、いたんだ?」
「あぁー、先生に頼られてる生徒は辛いわー。ほとんど昼食の時間がない。みんなと食べることもできないもんね」
それならなんでもこなすその人柄を悪くしろよ。と思う。
彼女とは水無月と同じで、小学校で出会った。水無月の友達と遊んだ時に1番印象に残ったやつだった。煩いし、邪魔だし、周りのこと気にしない、変なやつ。
「まぁ、冗談だけど」
「でしょうね」
ふひゃひゃ。
いつもの、変な笑い方。
皐月は人柄が良くて頼れる存在。それは多分、フレンドリーだからなのか?
話しやすいから頼られて、忙しいと愚痴を垂らしながらも満更でもないと笑う、その性格が人に好かれるのかも。
「で、2人から聞いたよ。何か、悩んでるの?」
そう言いながら頭に手を置かれた。
ゆっくりと動いて頭皮のマッサージみたい。
「……もう終わったよ」
「えっ?」
「えっ?」
「……えっ?」
3人揃って言わなくてもいいじゃんか。
「どうなったんだっ?」
「仲直りして終わったのっ?」
「はっ!まさか、破局か!?」
子どもか。
……とツッコみたいくらいに訊いてくる。
「仲直り……したよー……できましたよー!」
「マジかよぉ……」
「なんなんだよ!その反応!」
「如月って仲直りできるやつだったっけ?」
「卯月は知らないと思うけど、中2の時に喧嘩した相手をずっと恨んでた……あの時は本当に……ザ・地獄だった……」
「いいじゃんかさ!別に!……相手は自分の妹なんだぞ……ピリピリしてたら家にも帰れないよ……だからそんな……弥生が特別だなんてことはない……」
ちょっとどけしおらしい自分が出た気がする。
できるのならば時間を戻したい。昨日の夜くらいまで、思い切り。
3人が同じ顔でこちらを見つめてくる。
「……何」
「如月ぃって、さ……“シスコン”だよね」
その言葉で括られたのは初めてだ。
近所の人から仲良いねって言われたけど、シスコンだなんて。
「ちょっと引く」
「二週間前くらいからヤバかった」
「わたしはまともよ!」
「まとも……ねぇ。まともなやつは妹の合格祈願に3万円は使わないぞ」
「違うの!一生懸命と言って!」
そう言われると、本当に自分はシスコンなんじゃないか?と不安になる。
わたしは弥生のことが好きだ。
それは何1つ偽りない事実。でも、妹への愛は一家族としての愛であって、恋人にしたいとか、そんなことはないと思う。
「わたしってどれくらい、好きなんだろ?」
空気に問うような静けさと不安げな心情とが相まって何が何なのか分からなくなっていく。
自分は愛はどれくらい?
ほんの些細な疑問が生じた。