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桜色交響曲  作者: 野原四葉
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6.3話 ありがとね


 そして時間は(さかのぼ)る 

         人物は交代する 柊姉妹は…!



 電車の揺れがほどよく眠気を誘ってくる。少し目を閉じたら30分は寝たきりになるくらい心地よい。

 弥生が寝ても如月が起こしてくれるだろうから、弥生は安心して寝ることができる。


「……弥生」


 不意に自分の名前が呼ばれて弥生の肩は跳ねる。如月が弥生の後ろ首に腕を回していた。


「何?まだ着かない気がするけど」

「んー……話、したいな」

「……わたししたくなーい」


 如月から顔を逸らして目を瞑る。如月の腕の温もりと安心感でさらに眠気を誘われた。

 腕枕とは何年ぶりだろうか、弥生の8歳の誕生日以来だったか、記憶にないくらいやってもらっていない。

 うつけていると、肩に違和感を感じた。幽霊が乗っているような、重く苦しい金縛りが弥生を襲う。


「うぐっ……重っ」


 如月が肩にもたれていて、そのまま寝ようとしていた。弥生の肩に腕を置いたままだから酔っ払いか瀕死状態に見えるのだけど。


「してくれなきゃ迷惑かけちゃうぞ」

「……もうかけられてますが……」


 つくづく面倒な姉を持ったと思う。自分勝手で、何事にもわたしを巻き込もうとする。たまにわたしの意見が通るくらいで、自由という自由がない。でもそれで、わたしは不自由か?となれば……否定する。別にやることが犯罪を犯す行為じゃないし、間違ってはいないから。


「少しだけね」


 そうと言っても目は開けない。目を瞑ったまま如月の話を訊く。返答はうんとか軽い相づちだけ。


「……“ありがとね”」


 たった今、軽い反応だけで対応しようと決めたのに、弥生は目を開けた。


「ありがとうって、いきなり何?」

「ありがとうはありがとうだよー」

「だから何についてありがとうって言ってるのか訊いてるの!」


 「それは」とか「やっぱ」と何度も言い直して、如月は話がなかなか進まない。

 それから数秒後、如月は話がまとまったのか手を叩いた。


「わたしと同じ高校を選んでくれてありがとうってこと。もっと、弥生に適した高校が2校ぐらいあったのに……わたしのわがままに合わせてくれて、ありがとう」


 如月に強く締めつけられて弥生は息苦しくなる。離して、の一言が気だるさに負けて出てこない。


「何を……」


 まともに呼吸ができなくて軽く窒息する。呼吸を整えようとゆっくり深呼吸しながら如月の腕を掴む。


「わたしはただ……自分が行ける可能性のある高校を選んだだけだし……どっちかって言うと……」


 そこまで言ってやっと弥生は息苦しさの正体に気付いた。

 ……如月が強く抱きしめてくるから窒息してるんじゃなくて、本当は……“自分が照れてるから”息苦しいんだ。

 お姉ちゃんに抱き付かれて、わたしは照れてるんだ。


「お姉ちゃんが……わたしの行ける高校を選んだんじゃん……」

「……ご名答」


 如月の鼓動が弥生の肩に伝わってくる。少しずつ、はやく、はやく、はやくなって、弥生の鼓動とハーモニーを奏でる。

 次第にお互いがお互いを意識する。相手の鼓動を感じる度に恥ずかしい吐息が漏れてしまう。

 多分、いまお姉ちゃんと目を合わされると心を制御できなくなるんだと思う。もう、限界が近いら。


「わたしの方こそ……お姉ちゃん、あ……り」


 ありがとうの一言さえ恥ずかしくて言えなかった。

 咄嗟に顔を隠して、その場しのぎをする。


「……わたし、弥生と同じ高校に行くことしか頭になかった。もし別々の高校で、弥生の身に何かあったら?弥生が困ったら?それしか考えられなかった。でも弥生はわたしより頭が残念だから……わたしが合わせたんだ」


 “どちらが合わせたか?”となれば、両方になる。弥生には福根西高校より適した学校はあった。“ではなぜ福根西高校を選択したのか?”……答えはただ如月が通っているからだった。


「おかしいのかな……姉妹で高校が同じなんて……学力もお姉ちゃんの方が断然上だし……“合わせる”って、変なのかな」

「もしおかしかったら……変なのなら、それはもう、愛だよ」


 「愛」という単語はどうしてかしっくりとこない。愛があるって、相手が好きってことでしょ?じゃあその好きって、何としてなんだろ?家族や姉妹として、小さい頃からすぐ近くにいたから好きなのか、もっと……なんと言えばいいのか分からないけど……恋してるってことなのか。

 自分は実の姉にどんな感情を寄せているのか分からない。恋じゃないのは確かで、でも好きなんだ。大好きで、今もこうして隣にいてくれているのが幸せなんだ。


「わたし……本当はお姉ちゃんのこと好きなのかな……」

「ん?なんか言った?」

「……いや、何も言ってないです」

「……」

「な、何……あんま見ないで」

「見るくらいわたしの勝手だろー」


 たしかに見るくらいなら勝手なのは分かる。でも、距離ってもんがある。いつまで経っても如月は弥生の肩から腕をどかさない。すぐ横に姉の顔があって何も思わない方が不自然だ。


「弥生……最近、背伸びた?」

「唐突だなぁ」

「もうそろそろでわたしと同じくらいになるんじゃない?」


 如月が自分の頭に手を添えて、そのまま斜め下に斜面を描きながら弥生の頭まで持っていく。身長というより、座った状態だから座高なのだけど、如月が嬉しそうにしているから何も言わない。


「弥生と並ぶの、夢なんだ」

「……変な夢。妹と同じで特する?」

「んふー、場合によっちゃね。すごく、都合がいい」


 どういう意味なのか?何度考えても答えはでなかった。

 顔の高さが一緒で、キスする時に楽だ――なんてへんてこな予想が横切って考える気をなくした。

 如月に訊くこともできないまま、電車は降りる駅に着いた。「行くよ」と言われて、もう歩くことしか頭にないまま、如月の隣でただ家まで歩く。

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