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桜色交響曲  作者: 野原四葉
5/11

5話 おなきゃついたぁ

 例えば、地球はまっ平らで、それを世界が認めたとする。だったらどうなるか。地球儀がなくなる。地球儀がなくなれば……宇宙の海賊がいなくなる。あのレボリューションとか言ってる海賊だ。宇宙の海賊がいなくなれば……あれ、思い付かない。というか地球儀がなくなったところで宇宙の海賊は地図を使ってバハマやマダガスカルを指すかもしれない。 

 地球儀より地図の方が指を指すのは簡単だろうし。正直テレビ越しに見る宇宙の海賊が地球儀を回すところを見ているといつも無駄だと思う。絶対に1回や2回は失敗してるでしょ。


 まぁ、どうするかなんて当の本人の自由だけどね。


「グッドモーニングでーす!あと4分で昼だからギリギリモーニングなんでーす!」


 突然耳に飛び込んできた声にゆかりの肩は盛大に跳ねた。机から顔を上げると、睦月がゆかりの頬をつついている。隣に弥生がいてなぜだか分からないけど踊っている。いま人気のドラマのエンディングで流れているダンス、ゆかりにとってはどうでもいいダンスだけど。


「……起きたぁ?」と言い睦月がゆかりに顔を寄せる。

「いや、寝てない……考えてただけ」とゆかりが頭を掻きながら言う。意識がハッキリとしない。寝てたのかな、と自分の頭を疑う。


 ゆかりが7×8を計算し終えるのに連なって弥生が「何を?」と訊いた。


「……君のハートにレボリューション……かな」


 ゆかりは自分でも何を言っているのか分かっていない。睦月が「え?」と声を漏らしたせいで尚更なおさらワケが分からなくなった。

 睦月の隣にいる弥生が「それ知ってる!」と食いついてきた。あれでしょ、とかえっと、とうめき声をあげながら彼女は頭を抱えた。そして合点がいったのか「あぁ!」と耳障りな声をあげた。


「デリ☆シャスだ!」

「違うね」


 そう掛け合いをしている内にチャイムが鳴った。キーンコーンカーンコーン、というチャイムは小中高共に同じで妙な馴染みがある。

 数人の生徒が教室を出ていく。そして数人の生徒が机をくっつけている。ゆかりが何これ?と尋ねようとする前に弥生が「昼は何食べるの?」と訊いてきた。そうしてやっと気付く、いまは昼食の時間か。


「購買だよぉ」


 そう言うと、弥生は「いいなー」とだけ言ってかばんから弁当箱を取り出した。弁当箱を入れている袋には口がバッテンのうさぎのマスコットキャラが描かれている。


「睦月ちゃんは?」


 ゆかりが訊こうとしたとき、睦月が弁当箱を取り出さないことに気付いた。つまりは購買か、と悟ったゆかりは「一緒に行かない?」と誘いの言葉を投げた。


「んー……食欲ないなぁ」と睦月が言うと、タイミングよく腹の虫が鳴いた。

「鳴ったあぁ!だから睦月ちゃん、行こー」

「……分かった」


 観念した睦月が意に沿わないと顔で訴えている。ゆかりが先に廊下を出て歩いていくと、睦月はため息をついて椅子に座った。


「行かなくていいの?」

「めんどい」

「行ってきなよ、みんなで食べたいからさ」


 弥生が幼い子を口説(くど)くような口調で睦月に言った。それがバカにされているように感じて、睦月は自分が敗北しているような感覚になった。すると後に引けなくなり「やだ」と拗ねる。


「なんでさぁ……」


 いくら訊いても拗ねきった睦月はもう口を利かない。ほっといて、と言わんばかりに顔を机に擦りつけている。


「……“言えない理由”とか、食べない理由とかあるの?」


 睦月が子どもが食いつくように反応して顔を上げると、弥生は難しい顔をしていた。考え込むような顔で睦月を見つめている。


「“言えない理由”なんてないよ」と睦月が嘲笑気味に言うと、弥生の顔を更に強張(こわば)った。

「友達に嘘はつかないでね」


 「やめてよ」と付け加えられて、睦月は言い訳の言葉を忘れた。


「……弥生ちゃんだって嘘ついてたじゃん、ホッキョクグマ云々のやつ」

「朝はまだ友達じゃなかったもん!」


 ぺちっ、と高い音が鳴った。「痛ぁ」と弥生が(ひたい)を抑えながら慨嘆する。


「……分かった。行く……嘘はついてないから」


 気だるげに廊下へ歩いていく睦月の背中を見つめながら、弥生は何度も「だって」の意味を考える。睦月の口から不意に溢れたのか、「弥生ちゃんだって」と言っていた。深く考えてみても、答えは睦月本人にしか分からない。


「睦月ちゃん」


 気が付くと、弥生は睦月を呼んでいた。引き留められた睦月が「どうしたの?」と動揺を隠しながら訊いてくる。


「……悩みごとがあるなら相談してくれてもいいからね?」と弥生は不安気な顔で訴えた。


 睦月にとっては、やはり小バカにされている気がしてならない。自分だってバリバリの高1なんだぞっ、と言ってやりたい気分。


「……うん。悩んでたらすぐに相談する」


 まるで戦時の「帰ったら結婚する」のような捨て台詞を言い残して睦月は廊下に出た。ゆかりがどこまで行ったのかを考えながら、それ以前に購買ってどこだ?と疑問が生じている。多分1階、人で賑わっているところがそれ、大丈夫。分かる。気がする。



「……暇だ。圧倒的暇」


 弥生は1人になってから周りを見渡す。みんな、グループを作ってワイワイと食事している。男子と女子の割合が1:4くらい男子が少ないっ!

 男子ってどこで何食べんの!?てか、食べてんの!?……屋上って開いてるのかな?開いてるなら行ってみたい。そこに男子がいるのなら別だけど。

 考え事は胃に悪い。だって、お腹が減ってきたもん。


「おなきゃついたぁ」


 でも2人と食べたいから我慢する。2人が戻ってきたときに食べていたら何か言われそう。


「……お姉ちゃんと食べたいなぁ……」


 って……「え?」

 なんでお姉ちゃんが出てくるんだろ……


「弥生ー、1人ぃ?」


 弥生にとって馴染みのある、毎日欠かさず聞く声が頭を過った。

 空耳だなんて、それほどわたしってお姉ちゃんのこと考えてるのかな?


「横、座っていい?」


 そんな、お姉ちゃんが横を座る想像なんかを……


「聞いてるの?」


 ぷにっとした弥生の頬に生暖かい指と鋭い爪が刺さった。いや、刺さったというのは頬を凹ませたということで、別に血がドバドバ出るようなやつじゃない。

 弥生が鬱陶しさを感じて右へ顔を向けると、毎日見る笑顔があった。


「お姉ちゃん!?」

「ちゃっほー」


 弥生の肩から伸びた腕は、そのまま弥生の首に巻き付いた。マフラーを着けている気分と、肩をマッサージされている感じがして良いといえる。


「会いたかったぞー、妹よぉー」

「ちょっ、暑い……別学年のフロアって来ちゃってもいいの!?」


 「離してよ」と弥生は言うけれど、腕を外そうと抵抗はしていない。別に悪いことじゃないから。


「いや、本当はダメなんだけどね?1年と2年のフロアは先生が厳しくないからさー、昼の移動は当たり前みたいになってるんだよ」


 つまりわたしだってお姉ちゃんのクラスに行けるってことか……行く気はないけど。


「で、弥生は1人で何してるの?ぼっち飯?」

「ちがうーっ!友達が購買行ってるから待ってるんだよ」


 弥生は「そろそろ離せー」と体を左右に動かす。腕をつねったり、叩いたりする。それでも反応がない。弥生が振り向くと、弥生は人生で初めて硬直する姉を見た。


「友達ができたなんて……っ!恐るべき妹っ!」

「なんでよー!」

「ああ、お姉ちゃん嬉しいよっ!入学前は友達ができるか不安そうにしていたのに……そもそも受かるかも危うかった弥生が……っ」


 「で、どんな子なの?もしかしてイケメン男子?入学から間もないのに彼氏を作るのは良くないと思うからね?クラスは(おんな)じ?」やらなんやら、弥生は質問攻めをされて戸惑う。

 「どこまでいった?」という意味不明な質問が飛んできたとき、まるで救世主かのように2人が戻ってきた。


「だからね、睦月ちゃんは買わなさすぎなんだよー。今時のJK(ジェーケー)は昼には焼きそばパン2つがお決まりなんだよっ!」

「できたてホヤホヤのJKにJKのお決まりなんて教わりたくないっ!てかそんなのおかしい!クリームパンとイチゴオレ!これこそが人類の()っ!人類の()っ!人類の頂点なのっ!」


 という議論を繰り広げている2人は、なぜか抱き合っている。

 教室に入るなり……というよりは弥生に見られるなり、絡まった2人はほどけた。


「ただいま」


 睦月が言うと、弥生は疑問文を浮かべながら「おかえり」と返した。


「……でぇ……そちらのお方は……?」


 睦月は手を丸くして弥生の後ろの人を指差す。


「あーぁ、うん。これはわたしの(あね)……」

「弥生の姉で2年の榊如月(きさらぎ)だよっ!」


 「いぇい!」と如月はピースをした。

 はぁぁ、と謎に感心したゆかりが「こんにちは」と躊躇いながら言うと、睦月は便乗するようにお辞儀する。斜め35度、ベストお辞儀。


「わたしがゆかりで、この子が睦月です」


 如月は引き気味の睦月を見て、微からしい笑みを見せた。


「あまり硬くならなくていいよ。高校に入って初めての後輩だからさ、敬語使われたら馴染みにくい……ちゃん付けくらいなら先生も見逃すし、もっとフレンドリーでいいんだよ」


 そう言いながら如月は弥生の頭を撫でた。弥生が「やめて」と言っても、如月は手を止めない。それどころかもっと密着する。


「後輩は可愛いなぁ、弥生はもっと可愛いぞぉ」

「……暑いからぁ、2人の前で変なこと言わないでよ!」


 弥生はここにきてやっと如月の手を掴んで引き離そうとする。

 2人を見ていると、仲良しというか一線を越えた姉妹に見える。如月が弥生に抱き付いても、弥生は嫌みを言うだけで抵抗はしない。そんな関係。なんというか……“睦月の憧れる関係”。


「じゃあ……如月ちゃんは今日はここで食べるの?」


 やはりちゃん付けは馴れ馴れしいだろう。でも如月本人がなんとも思っていないのなら別に問題はないか。


「うん!そうだよ。前までは自分のクラスで友達と食べてたけどね、今年からは週に2、3回はこっちに来ようと思ってる」

「恥ずかしいから来ないでーっ!」


 それからは、机をくっつけて昼食を摂った。如月にとって高校初の後輩なのと同じで、ゆかりたちにとっても高校初の先輩は、とても明るくていい人だった。でも弥生は「家では酷い。例えるなら密室内で喫煙されている気分」と、如月の嫌みを言う。

 姉妹は、もっとも近くて、もっともお互いを知っている存在。だからこそ、お互いに悩み事がある。

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