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桜色交響曲  作者: 野原四葉
11/11

10話 『…(^_^)☆』

 アリとキリギリスは――古くからの知り合いだった。

 アリの家の隣にキリギリス家があって、同じ年に生まれて、保育園の頃も、小学校の頃も、よく遊んだ。

 アリとキリギリスははただ家が隣だからとか、親が仲良しだからとか、義理な理由ではなく、お互いに馬が合うから友達だった。そして、親友だった。

 アリの考えていることはキリギリスの考えていることと同じで、キリギリスが悩む時はアリも悩む時。

 でもその仲に永遠というものはなかった。

 “咲いたら散る”。

 これが世界の理で、アリとキリギリスは理解していた。

 しかしそれには続きがあって、桜は春に咲いてすぐに散るけれど、その1年後には“また花を咲かせる”。

 咲いたら散る。そして“散ったら咲く”。

 だからアリとキリギリスは、想いを伝えられるだけ伝えて、そして、そして。


「――はっ……夢……?」


 ゆかりが自分は寝ていたんだと気付くのに、そう時間はかからなかった。

 アリとか、キリギリスとか、ゆかりの嫌いな虫が出てきたから。

 それにしては意外だ。

 わたしと、そして誰かをアリとキリギリスに例える夢を見たなんて。


「と、いうことだ。では一条、14ページの最初から読みなさい」


 夢から覚めた矢先、テンプレートとも言える出来事が。

 間違えると笑われて、廊下に立たされたりするやつだ。

 ゆかりはついさっきまで枕の役割をしていた教科書を手に持って、自分のペースで読み上げた。


「……一条」

「えっ……間違えた?……ですか?」

「……そこは間違えるとこだろ、寝てたんだから」


 教室に笑いが起こった。結局は笑われるのか。

 目立って笑い声を上げていたのが弥生だった。お腹を抱えて、スペースを存分に使った動きを見せる。

 そんな弥生に反比例して、睦月は笑っていなかった。それどころか、みんながゆかりを見ているのに反して、睦月は黒板だけを見ている。

 やはり昨日のアレが悪かったか。


「で、授業中に堂々と寝ていたようだが……夢は見たか?夢」

「……見たかもしれません」

「見たかもしれないのなら見たことにしよう」

「はぁ……はい」

「ではいま見た夢を「をかし」という単語を用いて説明しろ」

 

 それは無茶ぶりというやつじゃないか。

 なぜ「をかし」なのかも分からないし。

 

「言っておくが、しっかりと説明できなかった場合成績を下げるからな」

「うげぇ」

「寝ていた時点で成績は下がったからもっと下がるだけだがな」


 みんなの視線がゆかりを襲う。

 四面楚歌、という言葉が浮かんだけれど、ゆかりは窓際の席なので四面ではなかった。

 ここで三面楚歌なんて言っても、無駄だろうし、成績が下がるだけか。


「……を……おかしな夢でした」

「はい、成績ダウン確定」

「冗談です!」


 ずっと、頭の中でアリとキリギリスが浮遊している。

 そこに趣があるだとか、成績だとかが相まって物事を取り込めない。


「あの……なんか……昔の友達が出てました……をかし」

「……すまんな、無茶ぶりが過ぎた。お前は根っからのバカだ」


 そう言い切るなり、先生は授業を再開した。

 何も言えずに静かに座るゆかりを、弥生は嘲笑っている。

 恥ずかしくて顔を見せないようにと廊下を見る。

 一瞬だけ、ガラスの反射で見えた睦月の視線は幻覚だと信じたい。


 

「いやー良かったよぉ、をかし、をかし」

「やめてよぉ」


 分かりきっていたことだけど、弥生はそれをネタにからかってくる。


「何があったの?授業中」

「えとねぇ、ゆかりちゃんがねぇー」

「言わないでよー!」


 如月が興味津々に、弥生の話を聴いている。

 止めようとしても無駄だと分かったから、抵抗はやめた。

 如月なら笑わないだろうと思ったから。

 柊姉妹がお弁当を用意しているのを見て、自分ははやく購買で麵麭を買わなければ、と急かされた気になる。

 席を立って「購買行ってくる」とだけ言うと、如月が不思議そうに訊いてきた。


「1人で?」


 「睦月ちゃんは?」「珍しいね」軽い言葉責めだ。

 睦月の名前を挙げられる度に、昨日のことを思い出す。

 わたしは触れてはいけないものに触れてしまった。睦月の部屋は見てはいけない、勘ぐってもいけないものなのだ。

 それをわたしは騙す形で睦月の部屋に入った。

 当然、怒られるた。どうしてあれほど必死だったのか、よく分かった。


「……ちょっとね……喧嘩しちゃった」


 今朝、ドアの前に睦月はいなかった。涼んでいたり、考え事をしていたりはしていなかった。ただ単に、いなかった。

 学校に着いた時に睦月の姿がなかったのは、わたしが部屋を出るまでずっと待機されていたのかもしれない。


「……嘘ぉ……マジで?」

「……うん」

「なんかあったの?……あっ、何かあったから喧嘩してるのか」

「……あー……えっと……言っちゃっていいのかな?」

「言えないことなの!?」


 弥生が椅子から立ち上がった。

 突然なことで驚いたけど、如月が弥生の手を引くと、おとなしく座った。


「それは犯罪?」

「いや、悪い事じゃない……うん」

「……睦月の恥ずかしいこととか?」

「う……ん?そうなのかなぁ」

「……さっぱりだわ」

「お姉ちゃんお手上げかぁ」


 恥ずかしいことなのかもしれない。

 どうして睦月が嘘をついたのか、よく分からない。お金がないことが恥ずかしい?……家に何もないことが恥ずかしい?

 だったら相談してくれればよかったのに。


「隠し事されてたとか?……嘘つかれたとか」

「あっ……それ。それかも」

「かもだもんなぁ……まぁそう仮定しようか」


 で。

 という、その一言で話は進んだ。


「なんの嘘をつかれた?」

「……だからぁ、それを言っちゃってもいいのかなぁ……ってぇ」

「いいよ!睦月いないし!」

「いや……でもぉ……」

「……何がそんなに気がかりなの?悩んじゃうくらい」

「えっとねぇ……もうこれ以上、睦月ちゃんに嫌われたくない」


 照れくさい仕草でそう言うと、柊姉妹はお互いを見つめ合った。

 少しの間を置いて、「そっか」と如月が言った。


「友達傷付けたくないもんね」

「……うん」

「その気持ち分かるよ」

「お姉ちゃんにそんな感情が?」

「うっさいな」


 少し気が楽になって、肩の力が抜けていた。

 このまま睦月との仲も良くなっていたら、というのが、今の気持ち。

 そればかりはわたしが努力するしかないか。


「わたし、睦月ちゃんとしっかり(はなし)するよ」

「いいね、それ」


 如月が指を鳴らすと同時に、弥生がスマホを机に置いた。

 “通話中”と画面にある。

 その下には“むつき”とある。

 正直目を疑った。そして段々と込み上げてきた感情で顔を染める。


「なんで!?」

「実はずっと通話中でしたー」

「弥生……それは意地悪いぞ」


 一部始終聞かれていたのか。

 スマホからボソボソと聞こえる声は睦月の声だと分かったけど、何を言っているのかまでは聴き取れない。


「睦月ちゃんごめん!ホントごめん!わたし何も言ってないから!ね?」

『そんなの知ってる!聴いてたから分かる!』

「……ほ」

『ゆかりちゃん……人通りのないとこに行って。通話中のまま!』

「えっ……急にっ」

『はやく!』

「はひぃ!」


 わけも話されず急かされて、ただ足音だけが鳴り響いた。

 人通りのないところとはどこか、考えたのだけれど、この考える時間が睦月に怒られるかもしれないと思って、勢いで教室を飛びだした。

 取り敢えず自分の知ってる場所を回ってみたけど、どこも誰かしらいるものだった。

 電話越しにごめんね、とか、もう少し待って、とか、何回も謝る。

 必死に走っていて何分待たせているかは分からない。

 らちが明かなくて、向こうから指示があるのを待ってみた。

 すると数秒して、睦月の声が聞こえた。


『お……』

「え?」

『……もういい』


 その言葉を最後に、通話が切れた。

 あっ、と小さな声が出た。

 通話の画面から元の画面に戻って、弥生と睦月のメッセージが目に入った。


            既読『どしたの?』

            既読『今日おかしいじゃ

               ん』

『何があったと思う。』

            既読『ゆかりちゃんと喧

               嘩』

『正解。』

            既読『まじか』

            既読『内容は?』

『…(^_^)☆』

            既読『逃げた!』

『……………。』

            既読『あ、』

            既読『ちゃんと聴いてて

               ね』  

『えっ?』


 ……睦月が教室を出てから、弥生はずっとメッセージを送っていたのか。

 睦月は内容を話したがらないとみた。

 だからあの時、柊姉妹に言わなくて正解だったのだ。

 そして今、わたしがもう少しでも急いでいれば、そのことについて話せたかもしれないのに。

 廊下の端に座り込む。

 やってしまった。かけ直す勇気もないのに、わたしは。

 このままどんな顔をして教室に帰ればいいのか分からない。


「死んだ」


 5限目はサボろう。

 今日は厄日だ。このままだと明日も、明後日(あさって)も、明明後日(しあさって)も……その次はなんだ。明明明後日(ししあさって)かも。

 ふっ。

 でもこんな日が続いて、取り返しがつかなくなったら……。

 やだな。

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