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湯気の中  作者: 三波直樹
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 金子さんは持って来た深めの耐熱皿にフライパンの中身を丁寧に移すと、刻んだイタリアンパセリを振り掛けて予熱しておいたオーブンレンジに入れた。


「どう生きたい?」


「僕は、やっぱり金子君みたいに自分の人生を楽しみたい。でも、言われた通り金子君にはなられへん。少しでも近づこうとして、なんかが見えるようになるんかなって思って料理も始めたけど、わからんくなるばっかりやねん」


「答えはあると思う?」


「あってほしい」


 形がないものを探すこと、見つけることは難しい。そして、あると信じ続けることは痛みに耐えることに似ているのかもしれない。誰もがご主人と同じように、幸せを探している。その場所を、答えを、金子さんは知っているのだろうか。


「純、俺はお前みたに強くない。社会では生きていかれへん。かたくなに、自分のしたいことしか出来へん人間やねん。どこにも俺の場所はなかった、俺が居ていい場所なんてなかった。だから、自分でつくるしかなかった」


 人の傷ついた気持ちや、心の中にある暗闇の程度を計ることは出来ない。それでも僕には見えた。彼の中には、かさぶたにならない傷が数え切れないほどあった。深い穴の底で、太陽が昇っていることにも気がつくことが出来ないくらいの闇の中で、金子さんは息をしていた。


「そんなことないよ、金子君やったらどこ行っても通用するって」


「ありがとう。でもな、どうしても自分が我慢出来へんねん。自分だけが納得出来へんねんよ。だから、俺は戦うことにしたんよ、自分と。とことん自分の理想を求めて、人の評価なんて気にせんと誰にも邪魔されへん戦いをしてる」


 どうしてそこまでして金子さんは一人で戦うのか、僕にはわからなかった。ご主人なら、きっと金子さんに相談したり助けを求めただろう。石井さんなら藤田先生、先生なら奥さんに、彩弥ちゃんなら友達もいるだろうし、この二人だって力になってくれるだろう。でも、金子さんは笑っていた。自分の生き方を、心と身体、全てを使って楽しんでいた。


「それが、金子君の、答え?」


「今んとこはな」


 そう言って金子さんはまた笑顔を見せた。どうしても一定の距離から近寄ることが出来なくなる金子さんの雰囲気の原因、独りの戦い。誰よりも長く、孤独で、悩みを抱え、痛みに耐えて、その苦しみを常に味わっている。それは自分から進んで毒を飲んでいるのと同じだ、それが、金子さんの戦いだった。でも、毒を以て毒を制すように、金子さんはご主人を癒していく。


「僕には、幸せになるためにそこまで出来る自信なんてない」


「これは俺の戦いで、やり方やからな。でも、お前はもう戦ってると思うんやけどな」


「わからんよ。どうしたらいいんかも、どうやったら勝つことが出来るんかも、幸せになれるんかも、もうわからんくなってん」


 どこへ行けばいいのか、求める気持ちが溢れて、強く握られたご主人の拳は震えを止めることが出来ない。


「今、自分にはなにも出来へんって思うか?」


「思うよ、実際ここでじっとしてるんやから。僕は金子君みたいには戦われへん」


「じゃあ、いつ戦うんや? いつ出来るようになるんや? どんだけの条件が満たされれば、お前は大丈夫やと思えるようになる? 今まで自分が選んでやってきたことに保証書なんか付いてたか? 誰かに絶対に大丈夫って言われな行動せえへんかったんか?」


 違う、そうじゃない。でも、ご主人は答えられない。確実に幸せを手に入れる方法があるのならそうしたい、だけど、戦うのが怖い。甲子園のサヨナラエラーの話が、僕の頭の中をよぎった。金子さんが言うように、もうご主人の戦いが、試合が始まっているのなら、今はどんな場面なんだろう。


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