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「金子君はどう思う?」
「そやなあ、お見合い写真って初めて見たけど、スリーサイズが載ってないってのが想像を膨らませるよな」
「そうじゃなくてさ、お見合いするってことについてどう思うかってこと」
期待外れの返事にご主人は少し語気を強めたが、そんな軽妙洒脱な返答がまた金子さんらしくもあった。
「お見合いねえ、俺には縁がないことやからなあ。まあ相手が会いたいって言うなら俺は会うけど。確かに気を使って断りにくい雰囲気はあるけどね、しかも職場の社長の提案やろ? よっぽどお前が信頼されてるってことなんちゃう?」
「福徳さんは父親の友達やし、身内みたいなもんなんやけど。そうやんな、社長が薦めてくれたんやもんな。悪いことしたかな」
食中毒のように時間差で青ざめていくご主人に金子さんはさらに追い打ちをかけた。
「今更申し訳なくなってやっぱり会ってみますなんて言うたらそれこそ失礼極まりないと思ったり思わなかったり」
ごく稀に彼はご主人をこうやって揶揄うのだが、それはいつだって悪気があるものではなった。ただ、的確にご主人の弱点を攻めてくるやり方が長年の付き合いからくるものなのか、それとも生来のものなのか、恐ろしく巧妙だった。
「あかん、お腹痛くなってきたかも」
「それ、俺の持病なんやけど」
「持病に自分のも他人のもないって」
「でさあ、相手の写真があるってことはお前のもあるってことやろ? どんなんか見せてほしいなあ」
「もう相手方に渡したから無いって」
「そうなんや、残念やなあ。ほんならさ、この写真はどうすんの?」
不意に至極当然なことを尋ねられたのでご主人は開いた口が塞がらなかった。
「相手は断られたから破ろうが燃やそうが勝手なんやろうけどさ、こっちはほら、受け取ったのに今更返すのもおかしいし、捨てるのも悪い気せえへん? だからってこのまま部屋に置いとくのもどうかと思うし、まあその前に断るんやったらなんで写真受け取って自分の写真も渡したんやってところからおかしいんやど。そういうマニュアルってどっかに小さく書いてないんかな?」
金子さんが色んな方向から台紙を見ていたが、それはご主人にとって鞭を打たれる行為となんら変わらなかった。ただ、ご主人がこの写真を持って帰ってきてしまったのは冷静な判断が出来ないくらい動揺していたんだろうし、仕方のないことかもしれないとも思えた。この家に移り住んで一年半が経つ。家に帰れば黒猫が一匹、どうしても持て余してしまう時間と空間が広がっている。自由とはだるまさんが転んだをしているようなものだ。自由な時間が背を向ければ追い求め、自由がこちらを見れば動けなくなる。なにをしてもいい時間がここには在り過ぎて、それは僕の世話と自炊だけではもう誤魔化すことが出来なくなるほどに大きくなっていた。蛇に睨まれた蛙のように、自由な時間がご主人を苦しめていたのは確かだった。
お見合いという予想がつかない変化にご主人が飛びついたことに不思議はなかった、そしてまだ見ぬ自分へ向けられたその優しい微笑みに縋ることもできた。しかし、それはご主人にとって人を愛することではなかったのだろう。ご主人は人に条件を求めるような人間ではなく、自分の心と向き合っている、このお見合いはご主人にとって迫り来る自由のプレッシャーに対する免罪符だと感じたのかもしれない。もしこの女性と会って幸せを感じたとしても、その気持ちには自分が欲していた物足りないものを埋めてくれたという誰にでも出来そうな応急処置が入っている。それがいけないことなのか僕にはわからないが、ご主人はそうしなかった。この時、金子さんが言うように、相手の女性が会いたいと言えばご主人はそうしただろう。会うことを拒否することは、その人の想いを否定するのと同じことで、悲しみしか生まない誰にでも一番簡単に出来る清算方法だから。




