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湯気の中  作者: 三波直樹
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 業種は違っても二人は食材を扱う仕事をしていたので、以前から食べものの話をすることは多かったのだが、ご主人は自炊をきっかけにして、自分とは違う視点を持った金子さんの食材に対する考え方も学ぼうとしていた。そんなご主人が金子さんの方針に疑問を抱いたのは、当然のことだったと僕も思う。


「なんで金子君はメインの料理じゃなくて、余りものの野菜とかを使った料理しか詳しく教えてくれへんの?」


「野菜をちゃんと使わんと料理が台無しになってまうからやよ。それに、自分で料理するって言う女の子に得意料理なんなん? って訊いて、名前があるようなもん言うより、ただ炒め物とか煮物って言う子のほうがちゃんと習慣でやってて、食材を大切にしてるもんなんよ。フルーツの皮なんかジャムにしたらええし、野菜で使われへんもんなんかジャガイモと玉ねぎの皮ぐらいのもんやねん。料理してたらさ、スーパーでお前が担当してる商品が台所で一番生ゴミとして捨てられてんねんで? どう思うよ?」


「それは、やっぱり嫌やと思う」


「そうやろ? でもな、生産者も売れる野菜とか、便利な野菜をつくることに固執してる人が多い。逆にそういうことに危機感を感じて質の高い野菜をつくる人も増えてきたけどな」


「なんとなくわかる気がする。この数年で値段の高いこだわりの野菜とか、今まで見たこともない新しい品種とか、海外でしかつくられてへんかった野菜が増えたもん」


「選択の幅が広がることは良いと思うけどね。最近は外でサラダ食べてもドレッシングの味しかせえへんことが多いからさ。きゅうりなんて昔やったら口に入れた瞬間に緑の味しとったのに、今は皮もやらかいし、味は水っぽいし」


「カブトムシとか、コオロギにきゅうり切ったやつあげたら部屋中きゅうりの匂いしとったよね」


「そうやろ? 子どもの好き嫌いを無くすためなんか、そうつくったほうが売れんのか知らんけど、あれじゃきゅうり好きやった人が嫌いになることもあると思うわ」


「ちょっと訊きたかったんやけど、金子君は粉末出汁とかはどう思うん?」


「あれは便利やよ、純みたいに一人暮らししてる人とか、料理もつくる量が少ない人にとってはええもんやと思う。でも違いはあるよ、どんなもんにでも。みんながプロになるわけじゃないし、手間を掛ければええってもんとちゃうもん。今のお前は楽しく自炊を続けることが大切なんちゃうかな」


 昔と比べれば、いつでも欲しいものが手に入る便利な時代になったという。夏にしか取れなかったものが、冬でも口にすることが出来る。金子さんはそれをすごいことだと言うが、風情がない、とも言った。待ちわびることが出来なくなったり、食べることの尊さを感じることが出来なくなっている人が増えているらしい。便利になって、旬というものが関係なくなっていく。そして、こうも言っていた。あたりまえ、普通、常識、そんな言葉が力を持って、世界を平らにしていく。それは食べものに限らず、人間関係にも影響しているんじゃないかとご主人が言った所で、金子さんの腹痛が始まった。収拾がつかなくなりそうな暗い話を、金子さんはいつも嫌っているようだった。


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