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湯気の中  作者: 三波直樹
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 具材を鍋に入れて煮込み、乾燥ひじきの水戻しを待っていると、ご主人がまた質問をはじめた。


「あのさ、なんでお米が無洗米ってわかったん? 米びつに入れてたからどこにもそんなん書いてなかったのに」


「ん? ああ、お米小さいやん」


「それだけで?」


「そんだけ」


 相変わらずな素っ気ない答えにご主人が釈然としない表情をしていると、金子さんは僕の首をクシャクシャと揉み、鍋を見つめながら続きを話した。


「お米の色って薄いアメ色しててさ、国産のは粒も丸みがあって大きいんよ。この時期の米研ぎは水も冷たいから辛いもんがあるけど、その点は無洗米やと楽やよな」


「やっぱり金子君は普通のお米しか使わへんの?」


「普通のっていうか、まあうまいもんが食べたいし、つくりたいだけ。無洗米だってあかぎれとかで悩んでる人にとっては有り難いもんやしな。それより糖質ダイエットとかでお米を食べへんのはどうかと思うわ、安易に食べ物のせいにする人は嫌やね」


 小百合ちゃんがやっていたことだった。このお米もこの家に引っ越して来る前からずっと残っていたものだった。その頃から小百合ちゃんはご主人と家でご飯を食べなくなり、一緒にいる時間も減っていった。「料理するの面倒やもん、外に食べに行こ」が小百合ちゃんの口癖だった。たまに小百合ちゃんがキッチンに立つと、レトルトのパスタソースに丁寧に切った野菜を加えて写真を撮り、冷めて食べきれなくなった料理はフォークがお皿に入ったままラップを掛けてテーブルに置かれ、帰って来たご主人が一人でそれを食べていた。小百合ちゃんは料理じゃなくて自分のブログに写真をアップすることが目的だったのだが、それも長くは続かなかった。


「少し早いけどお米炊くか、それと剥いたニンジンの皮と鶏皮も細かく刻んでひじきと一緒に煮るで」


 このキッチンで三口のコンロが同時に使われているのを僕は初めて見た。換気扇をつけても部屋の温度はいつもより暑く、今日が元日の夜だということを忘れてしまう。僕のおやつだった鰹節は昆布の出汁に浸かり、ほんのりと甘い香りが漂う。その横では土鍋の蓋がコトコトと踊り、淵から泡がぷくぷくと湧き上がる。メモ帳に教えられたポイントを書きながらステンレス台を片付けるご主人は、とても充実しているように見えた。


 いっぽう金子さんは相変わらず鍋から目を離すことはなく、僕の肉球をぐりぐりといじくっている。筋張った腕からは想像できないくらいやわらかいその指は、ご主人のそれとはまったく違うものだった。とても小さくて、女性のもののようにしっとりとしている。握手をしたら、彼が元高校球児だとは誰も思わないだろう。僕の脇腹に当たる金子さんの腹筋はゴツゴツしていて、見上げると艶のある肌に無精髭。部位ごとにイメージが違うのに、それらが一つの身体に収まっている不思議な魅力を持っていた。


 カレーの具材が入った鍋にルーが投入され、ひじきの煮物が出汁を吸い上げたころ、蓋を取られた土鍋からふわっと白い湯気が立ち上る。つぷつぷと気化していく水分の音がわずかに聞こえた。

「底から全体を軽く混ぜて蓋をする、ほんなら満遍まんべんなくええ感じになる。いろんな炊き方あるけど、俺は十分蒸らして混ぜてまた十分蒸らすかな」


「こうやって見ると二合って結構量あるもんやね」


「せやな、でも半分はひじきと混ぜておにぎり。明日の朝にでも即席の味噌汁で食べたら?」


「うん、そうするわ。ありがとう」


「コロコロ借りるで、毛だらけなってもうた」


 ついさっきまでずっと抱きかかえていたのに、うなりながら粘着クリーナーで服に付いた僕の毛を取るとは。もし本当に僕の気持ちがわかっているのなら、でも彼を憎めないのだ。



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