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「う…… なんだ?」
体が冷えているのか肌には小さな粒がたくさんできている。頭がボーとして意識がはっきりしない。周りをキョロキョロと見渡せば、幾分か自分の今いる場所と状況が把握できた。
「僕は寝ていたのか? それにこれ……」
誰かが気を使ってくれたのか起きると、僕の上にタオルが掛けられていた。
「そういえば、春子がいないな?」
先程まで一緒に春子と柔軟などをここでしていたのだが、辺りを見渡しても春子がいなかった。ふらふらと春子を探すためにリハビリ室を歩いてみる。
『あの子、すぐ無茶するから……』
木下の言葉が脳裏をよぎる。
―― まさかな……
僕は少し心配になり、足早にリハビリ室を歩き始めた。幾分かすると、誰も使っていないのにゴーゴーという機械音とともに動いているランニングマシーンに気が付いた。僕がスイッチを切るとランニングマシーンはしばらくして停止した。ランニングマシーンのメーターを見ると走行距離三キロメートルと出ていた。
「誰だよ、こんなの使う元気なやつ…… ん?」
僕はランニングマシーンの裏に人影を発見した。僕と同じように寝ているのだろうか。僕は恐る恐る覗いてみた。一瞬の緊張の後、すぐに安堵の声がもれた。
「なんだ、春子か」
春子は腰を小さく曲げうずくまるようにしていた。
「おい、春子。風邪ひくぞ?」
「……」
春子からの返事はない。
「春子?」
今度は体をユサユサと揺さぶってみる。しかし、またも春子からの返事はない。
「おい、春子!」
僕は春子の体を力強く揺さぶった。春子の体が力なく揺れる。その反動で春子の顔が僕の方を向いた。
「―― っ!」
春子の顔は明らかに血の気がいつもよりなかった。それに冷たい肌をしているのにも関わらず、尋常にない汗が肌から噴き出ていた。
「はっ、春子…… だ、誰か…… 木下さん!」
リハビリ室をバッと見渡す。しかし、木下はリハビリ室にまだ帰ってきてないのか姿を見つけられない。
「くそ!」
僕は何も分からないまま、リハビリ室を飛び出した。いつもはダラダラと歩くだけだった廊下を全力で走った。パキパキと体の異常を示す音がしたが、気にも止めなかった。何枚もの窓ガラスが僕の横を通り過ぎてゆく。
「くっ…… ハァ、ハァ」
―― 胸がくるしい
思わず、僕は壁によろよろともたれかかった。意識がもうろうとする。気のせいか瞼が重い。体も熱い。それでも、壁にもたれながら、足はよろよろと先に進んだ。
―― なんで、こんなに僕は頑張ってるのだろう
『たまたま病室が一緒なだけで、何も知らない赤の他人なのだからほっといたらいいじゃないか!』
何回もそう思い突き放そうとした。しかし、そう思えば思うほど僕のもう一つの不治の病はひどくなった。胸がズキンと痛み、どうしようもない喪失感に駆られる。今もそうだ。足を止めようとしたら体よりも更に、その奥の方が苦しい。
―― だ、だれか……
朦朧とする意識のなか、僕は何かを倒れながら掴んだ。そして、僕はこの後完全に―― 意識を失った。
目を覚ますと僕はベッドの上にいた。口元には酸素マスクがつけられていた。体は無理したせいか痺れて起き上がることができない。
「あきちゃん?」
「お母さん……」
「待って! 今、お医者さんを!」
僕はナースコールを押そうとしたお母さんの裾をぎゅっと掴んで止めた。お母さんがなおも押そうとしたのを、首をふって止めた。
「だ、だいじょうぶ…… だから」
酸素マスクで消えそうな声だったけれど、僕の声が聞こえたのか、お母さんは心配そうな表情を浮かべながらもスッと席に再び腰かけた。
「どうして、あんな無茶したの? お母さん、あきちゃん倒れたって聞いて本当に心配したんだからね」
「ごめんなさい」
「ううん、いいの。もう無理はしないでね」
お母さんはやさしく僕の頭を撫でた。お母さんの手は不思議だ。指も細く、弱々しい手なのに一番僕の心を沈めてくれる。今日、僕は相当弱っているのか、いつもの嫌悪感が湧いてこない。むしろ、今日はずっと傍にいてほしいと思えてしまう。
「お母さん、僕また寝るね」
「はい、おやすみ。あきちゃん」
僕はお母さんの手のなか眠りについた。それはとても気持ちよく、ゆり籠のなかで寝るような心地よさだった。
次の日の朝、僕の前には当然のように春子がいた。僕達は昨日倒れたことを覚えてないかのように、いつものように朝食を食べ、適当な会話をして何気ない時間を過ごした。そして、昼食でお腹をみたし、サンサンと照らす太陽も心地よい気温なってきた頃、ガラっと病室のドアが開いた。
「明久君、少しいいかしら?」
木下が僕を手でこまねいてきた。
―― 何の健診だ?
僕はそんなことを思い、目の前で寝ている春子の寝顔をばっちりと目に焼き付けてから木下とともに病室を出て行った。




