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リハビリ作品です。よくない点がありましたら書き込みの方をしていただけるとありがたいです
『あなたの余命は後三か月です』
突然、告げられたあまりにも現実味がない言葉。それなのに僕の体は自然にその言葉を飲み込んだ。
そして僕はこう思った ― やっと死ねると……
「明久、ここに花の花瓶置いておくわね」
家のお母さんが慣れた手つきで花瓶に花を活けている。
「うん」
僕は興味なさげに窓の外を見ながら返事をする。僕の余命が宣告されてから、病院と親との相談の結果、延命治療に入ることになった。親はどうにか治せる方法を模索したけれども、医者は決して首を縦には振らなかった。僕としては延命なんて死ぬのには変わらないのだからどうでもいいと、半ば話を他人の戯言のように聞いていた。
「ねぇ、お母さんはどうして僕に長く生きてほしいの?」
僕の質問を聞いたお母さんは目を見開いて僕の前まで詰め寄ってきた。突然の反応に僕は驚いて、僕の脈と連動している機械の波がピコンと大きな波を打った。
「子供に長く生きてほしくない親なんているわけないでしょ!」
お母さんは目を真っ赤にしながら僕の両手を握ってきた。
「分かった、分かった…… から離してよ!」
乱暴に腕を振り払う。お母さんは興奮のあまり肩で息をしている。
「それじゃ、母さんはもういくからね。明久の病気は必ず治るんだから、じっと大人しくしてお医者さんの言うこと聞くのよ」
お母さんは家族への夕食の準備へと慌てて帰っていった。正直、家事が忙しいなら来なくていい。別にお母さんが毎日来たからといって病気が良くなるわけでもないのだから。
「明久君、夕食の時間です。入りますね」
「あぁ、どうぞ」
僕の前に、離乳食のような食事が目の前に並ぶ。
「今日はこれだけ?」
「これでも生きていける十分の栄養です」
僕の担当医である、木下 美紀乃は切れかけた点滴の袋を変えながら今日の献立を食べる意義を説明した。
「僕はもっと脂肪分が多くて油っぽいとんかつとかがいいんだけど」
「あなたがそんなの食べられるわけがないでしょ。病気が治るまではその食事よ」
「じゃ、天国までこの食事かよ……」
僕はスプーンでお皿をグチャグチャとかき回す。この音がまた食欲を無くす。
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと食べないさいよ。また取りに来るからね」
「ちょっ、ちょっと待って。あのベッドには誰かいるの?」
僕の部屋には僕が入る前にベッドが二つ置いてあった。その内一つはもうすでに使用されている形跡があった。
「あぁ、一人、女の子が入院されているわ。その子も確かあなたと同じ境遇のはずよ」
「それは分かるよ」
もう一つのベッドの周りには僕の周りと同じぐらい病気具が置かれている。医療技術の発展の象徴とも言わんばかりに。僕らの命が自分の体ではなく機械につなぎとめられているとは胸糞悪い話だ。
「また何かあったら、ナースコールを押しなさい」
「押さないよ」
「勝手にしなさい」
僕はこの後、深い眠りについた。余命の三か月の一日を僕はいつも通り過ごした。しかし、朝の目覚めはいつもと少し違う目覚めとなった。
ウーーーーー、ウーーーーーーー、ウーーーーー
朝早くから、けたましく鳴り響くナースコールの音。その音に呼びされた看護師、医者たちが急いで駆けこんでくる。
『はやく、運べ!』
『血圧、下がってます!』
『集中治療室だ!』
手際良い作業によって一人の少女がタンカに仰向けに乗せられ運ばれていった。
「なんだよ、朝早くから」
僕が目をこすりながら起き上がろうとすると、頭を誰かに押され強制的にベッドに横にされた。
「あなたは見なくていい」
僕の頭を抑えたのは担当の木下だった。木下は僕の頭を抑えるとすぐに治療に向かっていった。お昼頃、治療が終わったのベッドに、一人の少女がスース―と寝息を立て寝ていた。
「あの子はもう大丈夫なのか?」
「今は大丈夫。けれど、またいつ発作が起きるか……」
「ふーん、けっこう重い病気なんだね」
「それ、あなたが言う?」
「げ、今日はその量かよ」
木下は僕の苦い顔もおかまいなく注射器に薬を詰めていく。この薬は病気の発作が起きるのを遅らせる薬らしく、医者側の考えでは発作の波を遅らせて、その間に延命の治療をしようということらしい。確かに、前よりも心臓を抑える機会が減り日常生活においては普通に暮らせるようになってきた。
「では、打ちますよ」
「――っつ」
チクっとした痛みのあと、体内にドロっとしたものが入ってくるのを感じる。その瞬間は頭がグラっと揺れるほどのひどい酔いにさらされる。
「はい、終わりました」
僕の皮膚から注射の針が抜ける。その瞬間、長いため息がでる。緊張から解放された瞬間だろう。こればっかりは何回されても慣れないものだ。
「薬が体になじむまではベッドに横になってなさいよ」
「言われてなくてもそうするよ」
僕はベッドに横になった。体が重く感じる。薬が効いている証拠であろう。
「夕食は食べる? 打つ?」
「打つほうで頼むよ。今、食べたらまた吐くから」
僕は初めて、この薬を投与されたとき豪快に吐いた。その後も一切食をとることができず、その晩はむかつきが収まらず、眠れなかった経験がある。
「分かった。また、持ってくるからね」
木下は薬の投与を終えると足早に次の仕事へと戻って行った。僕は体を休めさせるため横になろうとベッドの方向に体を戻すと、背中に視線を感じた。
「なに?」
視線の先には、先程まで寝ていた少女が僕を見つめ起きていた。麻酔が効いているのか目がトロっとしている。
「あなた、誰?」
突然、僕の顔がふらふらとか細い腕で指された。初めて、顔を指されたがあまりいい気分はしない。
「お前こそ、誰なんだよ。というか、体はもう大丈夫なのか?」
「―― あぁ。朝のこと。もう大丈夫、というよりもう慣れた」
彼女は自分が生きていることを確かめるかのように弱々しい拳を作った。
「あなたこそ、大丈夫なの? 顔が真っ青よ」
その言葉を聞いて、慌てて手鏡を見て確かめる。確かに、頬の所が少し青くなっていて、顔もいつもより生気がないように感じる。
「あなたも、相当悪い病気らしいわね」
「それはお互い様だろ」
僕は彼女の後ろに掛けてある大きな器具を指さした。その器具はスーハ―、スーハ―と人間と同じく生きているように呼吸のような音を立て動いていた。
「私はこれによって生かされているの」
少女はその器具を自分の一部かのようにやさしく撫でた。
「お前はその器具に感謝しているのか?」
彼女は僕の質問の意味が分からなかったのかキョトンとしている。そして、数秒の空白の後少女は口を開いた。
「感謝しているわ。だって、私は生きられているのだから」
彼女の顔には今できる、精一杯の笑顔が浮かんでいた。目はまだ、トロンとしながらも口は笑顔だった。僕は少女の笑顔を見たとき、喪失感と同時に不憫にも感じた。
「あなたは感謝してないの?」
彼女は僕に聞き返してきた。
「してないよ」
僕は短く、簡潔に答えた。僕はこの答えに何の疑問も感じたことがない。器具にまで頼って生きることに執着する自分が醜く感じ、それはその器具を強要してくるものも同じく醜く見えた。
「恩知らずの人ね」
「恩? 僕は自分からこれを望んだわけじゃない」
「だから、恩を感じてないと。あなた幸せな人ね」
「よく言われる」
僕がそう返すと彼女はクスッと笑った。
「おかしな人ね」
「それも、よく言われる。お前は不幸せそうだ」
「よく言われる。まぁ、本当だから仕方ないけどね。小さい頃から、体が弱くて、今も入退院の繰り返し。そして、さっき余命宣告を受けた…… 残り、三ヶ月だって」
彼女はまるで、他人事のようにそして世間話をするかのように自分の不幸せ話をした。
「君はさ。まだ、生きられるの?」
「―― さぁ。僕も余命宣告を受けたから」
「君はいつ死ぬの?」
「三ヶ月後」
彼女は僕の余命を聞くと、急に自分の顔をベッドの布団に押し付けた。彼女の肩が小刻みに震えている。あまりにも突然の彼女の行動に僕はベッドから体を浮かせた。
「お、おい! 大丈夫か!」
「・・・フッ、フフフ」
「フフフ?」
「フッ、フッ、フ…… もうダメ」
「もうダメ? 誰か呼んで……」
「ハハハハハハ、ヒィ、ヒィ、ヒィ、ヒィ」
「ヒィ、ヒィ?」
彼女が布団から顔を上げると、お腹を抱え目に涙をためていた。
「ごめんごめん。可笑しくなっちゃって。暗い話だから、笑ったらダメと思ったんだけどね。我慢できなくて…… ああ、面白かった」
「僕、そんなに面白いこと言った?」
「言ったよ。余命三ヶ月が同じ病室にいるのよ。それって、つまりさ、二人とも同じ日に死ぬってことでしょ? 想像するだけで、可笑しいわ」
確かに、可笑しい。だけど……
「お前は僕より何倍も可笑しい」
僕の言葉に彼女はキョトンとすると、
「それは、初めて言われた」
と、驚きの表情を浮かべた。