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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

人類は日々進化している

作者: 藤野

「……ってことがあったんだよ」

「ふーん?じゃあ殴ればいいんじゃない?」

過去の体験を知人に話したらまさかの返答でした。

 「ーーーーふむ」


 ひとり納得したように頷いて、桃李(とうり)は愛用のそれを手に取った。

 長年使い込み、すっかり手に馴染んだそれは最早相棒と言っても過言ではない。その感触も、重みも、温度も。何もかもが、まるで桃李に同調し、一体化する。


 「と、桃李………?」


 不安げに様子を伺ってくる幼馴染に、桃李はふんわりと、綿菓子のように柔らかく甘い笑みを向けた。



 ーーーーーーそして。



 「いぃぃいいいやっはああああああああああああ!!」


 桃李は地を蹴り、躊躇わず手にした相棒を振るった。

 桃李が相棒を振るう度、鮮やかな血桜が宙を舞う。雄叫びの中に鈍い音が混じる。悲鳴とも言えない何かが響く。


 「ほらほらほらぁあああ!!!もっと逃げろよ!!もっと叫べよ!!もっと興奮させてみろよぉおおおおお!!!!」


 狂ったように叫び笑う桃李に、守られているはずの咲耶(さくや)も堪らず頬を引き攣らせた。

 ーーおかしい。

 その言葉だけがひたすらに頭の中を駆け巡っている。

 咲耶はもう一度、事の起こりを省みた。






∞ ∞ ∞ ∞ ∞






 咲耶は、近頃悩みがあった。

 友人関係は好調子、学業も順調。では恋愛の悩みかといえば、そんな華やかなものではない。

 では、何が悩みなのか。


 「最近さぁ……よくみるんだよ」

 「他人のキスシーンを?」

 「違う!!それもあるけど、そうじゃない!!」


 あ、あるんだ。冗談のつもりで言ったのに。

 しかし、他人の恋愛事に興味などない桃李は「ふーん」と適当な相槌を打つだけで掘り下げることはなかった。


 「じゃあ何見るの?まさかセッーー」

 「言わせないからね!?ここ公共の場!!TPO大事!!」


 べちんっ!と痛々しい音を立てて桃李の口は塞がれた。

 何をするんだとその目が雄弁に物語っているが、そんなもの知ったことか。きつく睨み返せば、桃李は不満そうにしながらも引き下がった。

 咲耶はたっぷり一呼吸の間を置いて、その手を離した。

 そして、何事もなかったかのように、もう一度やり直した。


 「最近さぁ……よくみるんだよ」

 「だから何を」



 「ーーーー幽霊」




 人間は死んだ後どこへ行くのか。

 天国、あるいは地獄。宗教によって差異はあれど、(おおむ)ねそんな答えが返ってくるだろう。

 けれど、本当にそうなのか。

 そんなことはない。世の中には、どちらにも行かず、あるいは行けず、現世に留まるモノ達もいる。


 姫鏡(きかがみ)咲耶は、何の因果かそういう存在をよく見る人間だった。

 特別な修行を積んだわけでも、特殊な血筋のわけでもない。

 なのに物心ついた頃にはそれらは当たり前のように目に映り、時に当てられてきた。

 成長するにつれ、その視力は弱まり、体力もついたから気にもならなくなってきていたが、咲耶は間違いなく、そういう特異点を持つ人間だった。


 神妙にして告白する咲耶に、「ふぅん」とまた適当な相槌。

 信じていないわけではない。咲耶がそんな嘘をついたりしないと、桃李はよくよく知っていた。

 が、しかし。


 「んなの今さらじゃん」


 十数年来を共にしてきた幼馴染としては、それは本当に「今さら」なことだった。


 「っ桃李の薄情者!!もうちょい心配してくれてもいいんじゃないの!?」


 愛が足りない!!

 テーブルをバンバン叩いて猛烈に抗議する幼馴染に、桃李は変わらず涼しい顔だ。

 振動に負けて倒れそうになるマグカップを取り上げて、人為的震災が去るのを待つ。桃李の予測通り長続きしなかったそれは、咲耶がぱったりとテーブルに伏せることでついに終結した。


 「お前が見るのは昔っからじゃん。今さらなんでそんな深刻ぶってんの?」

 「ぶってんじゃなくて本当に深刻なの!」


 噛み付く咲耶に、桃李はやれやれと溜息を吐いた。

 たっぷりとココアの入ったマグカップを返し、手元に残ったブラックコーヒーを啜る。その合間にちろりと様子を伺い見れば、咲耶はうーうーと唸り、浮上の兆しは見受けられない。


 「家に帰りたくないよぅ……」


 泣きそうな声で呟かれて、桃李はもう一度、深く深く溜息を吐いた。






 初めは、小さな違和感だった。

 物の配置が変わったとか、そんな目立った変化はなかった。ただ、何かが違うと感じるだけだった。

 何が違うのか、明確な答えが見つからないまま日が経った。

 すると、今度は臭いがした。どこかで嗅いだことがあるような、しかし記憶にあるどれとも違う、異臭。

 時折鼻先を掠める程度でしかなかったそれは日に日に強くなって、今では家のどこにいてもーー庭にいる時でさえ感じるようになった。

 次に気づいたのは、音。

 その次は、気配。

 昨日なのか今日なのか、夜更けには金縛りにも遭った。


 「今日、ずっと嫌な予感してるんだ。ねえ、お願い!今日泊めてくれない!?」

 「嫌だよベッド狭くなる!」

 「なにそれ酷い!?あんたそれでも、人間!?」


 ぎゃいのぎゃいのと文句を言い連ねる幼馴染の頭を掴み、詰めてくるなと押し退けた。

 まったく、この幼馴染はどうしてもう少し考えないのか。


 「うちに逃げまで来たって根本解決しなきゃいつまでも続くだけじゃんか」






 そういって、来たはいいが早速行動を起こした怪奇現象。そんな行動力はほしくなかったが、人の心霊知らず。来客もあってか今までとは比べ物にならないくらいの勢いで襲いかかってきている。そんなやる気もいらないのに。

 しかしいかんせん、相手が悪かった。運も悪かった。

 家に入って早々の心霊現象は一瞬桃李を硬直させたが、本当に一瞬だけだった。

 その一瞬の間に、桃李はすべき行動を選択した。



 そして、冒頭に至るのである。



 本人曰くの相棒を手にした桃李は、鬼神の如き威圧感と迫力をもってして怪異を圧倒した。逃げることなど許さないと、言葉もなくただ行動によって示した。

 逃げようと抵抗しようと結果は同じ。

 哀れなものだと、当事者であったはずの咲耶は他人事のように血生臭い光景を傍観していた。


 「でも、年頃の女の子の愛用品が釘バットってどうなの?」


 いっそ日本刀とかなら格好もつくのに、そんなことをこぼしながら。

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