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高群の異端者  作者: ゆき
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第五話 仕事柄

「でさ、一つ聞きたいんだけど。

 ―――俺とお前って、前に会ったことあるんだよな?」

 義純は桜羅と二人で弁当を食べながらさっそく切り出した。偽の恋人になることに協力すると了承したすぐ後のことである。

 義純は覚えていないのに桜羅とおそらく結弦は覚えている、その奇妙な状況の答え。

性別誤認識に大きく関わっているであろう重大な問いで、内心ではかなり緊張しているのだが、進級初日に桜羅にどうして女装しているのか聞いたときに比べれば百倍聞きやすい。

 聞かれた桜羅は、箸を持つ手を止めて義純をまじまじと見つめ、形の良い眉を顰めた。

 それを見て義純はしまったと気づく。これでは説明不十分だ。同じ学校で生活して六年目。普通に考えて校内でばったり会ったとしてもおかしくない。

 だが義純が言いたいのはそういう〝会う〟ではない。

「悪い、言い方がまずかった。お前は俺の名前を知ってた。成績上位者でも何かの大会で活躍したわけでもない、まったく無名な俺の名前をどうして知ってたんだ?」

「………………」

 桜羅はすぐには答えず、綺麗な顔をさらにしかめて義純を凝視する。

「え…と……心当たりがなくてすいません」

 堪らず義純は顔ごと視線を逸らして謝る。

「それ本気で言ってる?」

 低い声音が恐ろしく怖い。

「心底謝ってます。覚えのない自分が不甲斐ないです。すいませんでした」

「そうじゃない。本気でなんで私が君を知っているか、分からないの?」

「本っ当に分かりません」

「そう――――――」

 桜羅はようやく義純から視線を逸らし、顎に手をあてて何やら考え込む。

 そしてちらりと視線を義純に投げると、口にするのを戸惑ったように短く聞いた。

「恭輔さんから聞いてないの?」

「――――は?」

 予想外もいいところだった。

 まさかここで兄が関係してくるとは!

 ―――つまりは兄伝いに知ったということか。

 身近に手がかりがあったことを示され、義純は溜め息と共に一気に脱力した。灯台下暗しとはこのことだ。さっさと兄を捕まえてこの件を相談していれば、とっくに解決していたかもしれないのである。

 早速今晩聞いてやると思ったが、今晩は仕事だから夕食いらないと言われていたことを思い出す。間の悪い。

 いやわざわざ兄に聞かなくても目の前の桜羅本人に聞けばいいことか。

「生憎、兄さんからは何も聞かされてないんだ。

お前と兄さんはどういう知り合いなんだ?」

 ―――まさか恋人なんてことはないよなぁ。

 そうだったらこの偽恋人関係をつくろうとは思わないだろうが、ついそんな予想をしてしまう。

 中断されていた弁当を再び食べつつ、義純は心も軽く桜羅の返答を待つ。半ばこの一件は解決したとさえ思っていた。

 だがしかし。

「君が知らないとは思っても見なかったから、私としても驚きなんだけど―――でも同じ下のきょうだいを持つ身として、恭輔さんの意志は尊重してあげようじゃない。

 だから私からは教えない」

 そう言われてしまえば兄に養ってもらっている身としては強く出られないのだった。

 しかし―――兄さんは一体何を隠してる!

 話せないとなると守秘義務がある仕事がらみだろうか。

 気になりはしたが、そのあたりは仕方ないと割り切っているし、守秘義務なら守秘義務とわかるだけでも違う。

 それに兄に対する信頼もあった。兄が関係していることなら安心していい―――と。

 どうせ今日は無理でも明日には何かがわかる。

 今までの不安が裏返る。

 来週からは新学年の仕切り直しだ。一週間遅れではあるが、それが偽とはいえ彼女を得るために払った代償だと思えば安いものかもしれない。何しろ彼女というのが学園のアイドルである。男としか思えなくとも。

 そのプラス思考は解決を目前にして半ば舞い上がったテンション故。

「それで、偽の彼氏って具体的にどうすればいいんだ?」

 デートまでならできるんだろうか!?

 桜羅は口元で微笑んで答えた。

「ならまずはその鶏肉のハーブ焼きをくれる?」

 義純からハンバーグを貰ったことを結弦から聞いたのは間違いなさそうだった。


   ◆◆◆◆◆


サクラ:義純は高群のこと何も知らないらしい

セイジ:何それ本当!?

エンジ:むむo( ̄ ^  ̄ o)

ユヅル:∑( ̄ロ ̄|||)

サクラ:今日義純と話したけど、本当に何も知らない反応だった。

サクラ:恭輔さんにメールしてみたけど返信まだ。多分仕事。

セイジ:そういえば関わるなって家から言われてたっけ。

エンジ:知らないならそれに越したことはないね (-_-)

セイジ:同意。

サクラ:同じく。

ユヅル:……寂しいなぁ (ノ_・。)

(書き込み時間が空く)

セイジ:桜羅は同じ学年で今まで気づかなかったの??

サクラ:同じクラスになったことなかったし、まともに話したことなかったから。

セイジ:それなのにあの宣言ねぇ。

エンジ:(ノ*゜▽゜)ノ 恋人宣言!

サクラ:もう他の学年まで知ってるの? あれ今日の午後だよ?

セイジ:だって高群ファミリーだし。

エンジ:だし。

サクラ:あれは嘘だから。

セイジ:だろうね。

ユヅル:あんなの聞いてなかったよ!

サクラ:ゴメンって。けどあれは結弦も悪い

ユヅル:…反省してます(≧≦)

セイジ:えらいえらい。

エンジ:まぁ私達が本気になれるはずないけどね。


エンジ:常識が違うから。



 高群佑磨はネットのメッセージの書き込みに目を通すと、何も書き込まずそのままポケットにスマホを突っ込んだ。ちょうど車が目的地に到着する。

「着いたぞ」

 運転手に促され、佑磨は助手席から車を降りた。

 金曜日の夜。明日は土曜日で休み、夜更かししたところで翌日に朝から予定がなければ問題ない日だ。おまけに明後日も休みで、狂いかけた生活リズムを調整する日まで用意されている。

 そういうわけで、金曜日の夜に仕事が入ればそれに同行するのが高群佑磨の高等部に上がってからの生活になっていた。人手が足りなければ他の曜日に駆り出されることもあり、逆に金曜に仕事が入らない日がしばらく続いても仕事の経験を積めないため、他の曜日に手伝わされる。

 そして今日は昨日に続き二日連続で手伝わされていた。

 都心部から車で十分ほど離れた小高い山。山向こうの住宅街と都心部を結ぶ道路は、帰宅ラッシュをとっくに過ぎてほとんど車通りがない。

森に少し入ったところで路肩に車を止め、目標が出てくるまでひたすら待機。出たらすぐに対応できるよう車外でだ。ボンネットの上に座りたいところだが、それだと出だしが遅くなるのでもたれるだけにとどめる。じっと待つには四月の夜はまだ寒い。佑磨はスポーツウェアの上にウィンドブレーカーを着込んでいた。いい男は何を着ても様になる。

 どれくらい待ち続けただろう。先程ちらりと腕時計を確認した時点で、時刻は既に十一時を過ぎていた。

 今日はもう出ないのか―――

「そういえば恭輔さんていつもわざわざスーツで来て着替えてますよね。最初から動きやすい服装で来ればいいじゃないですか」

 気が緩んで、正直暇を持て余していた佑磨は、隣で反対側を見張っている男に雑談を振ってみた。車をここまで運転してきたのも彼だ。

 恭輔―――都竹恭輔。義純の実の兄であり、佑磨の仕事の先輩。

 恭輔の格好も佑磨と似たようなものである。

「ああそれね。だってスーツで家を出た方がまっとうに働いてるみたいじゃないか」

「どういう意味で―――ってああ、義純ですか」

 佑磨はあからさまに不快な顔をした。どうせ反対側を見張っているのだ、恭輔には見えないだろう。

「こんな時間に働いてる人間が、スーツ着た普通のサラリーなわけないと思いますけどね」

「それには気づいてたけど今更になってしまってね。けどどうせ仕事で汚れるから着替えるんだ、手間は変わらないさ」

「スーツは手入れの手間がかかるでしょう」

 つい口調に棘がついた。そもそもこの言葉自体が棘だ。

 だが恭輔はその棘を折らずにそのまま受け止めた。傷つかない筈はないだろうに。

「そうだな、義純には余計な手間を増やして悪いことをしている」

 口にしているのは謝罪でも、口調に溢れるのは弟を思いやる気持ち。

 仕事前に見た書き込みの一文が想起される。

 ―――義純は何も知らない。

 そんな言葉を聞きたかったわけではない。

 ならどんな言葉を聞きたかったかといえば分らないが、少なくともそれが義純が何も知らず幸せにのほほんと暮らしていることを想像させるものでないのは確かだ。

 恭輔自身の人柄は嫌いではないが、義純に何も知らせないのは気に入らない。

そして義純自身は昔から気に入らないし、何も知らないので気に食わないのであった。

 だが―――何も知らないでいられるのはいつまでか。

 佑磨は話題を変える。

「サクと義純がつきあってるらしいですね。知ってました?」

「――――は? 桜羅? え、ちょ、んん!? えぇーなにそれ!?」

 どうやら知らなかったらしい。それはそうだ。付き合っているのは今日の午後からである。

 見張りを放棄してこちらを振り向いたのが気配でわかった。いつも沈着冷静な彼にしては珍しいリアクションである。

「気持ちはすごく分かります」

 つっこみどころが多くて反応に困る。

 その時。

 木々の隙間からぼんやりとした明かりが見えた。

「見つけた!」

 声を上げると佑磨は森の中をそれを目がけて走り出す。月明かりは木々に遮られライトも持っていないというのに、恐ろしく迷いのない疾走だった。数歩遅れて恭輔も続く。

 そして走りながらなおも声を上げる。

「くそっ! 佑磨、後でその話詳しく聞かせてくれ!」

「本人に直接聞いたらどうです」

「話されてもないのに俺が知ってたらおかしいだろう!

 俺は絶対に認めん!」

「親父と娘か!」

「あいつに何も知られたくないからだ!」

 恭輔がここまで平静さを欠いているのを見るのはおそらく初めてだろう。

 冷静に考えればフリだということくらい気づきそうなものだが、これは本気で信じているのだろうか。

 高い能力を持ち、常に判断は冷静で的確。知識と経験もある。弟の義純に関しては気に入らないが、それ以上に尊敬できる。仕事の先輩として、兄貴分として慕っているのだが―――だからこそこんな姿を見たくはない。

 勘弁してくれ―――と諸手をあげたいところだが、それがそう簡単にできないのが仕事というものである。

「そうでしたね。でも今はあれを捕まえることが先決ですから」

「わかってる! 今夜こそ捕まえるからな! お前も義純には何も教えるなよ!?」

「だったら早く頭冷やしてください!」

 だが二人の追跡も空しく、ぎりぎりまで追い詰めながら逃げられてしまうのだった。


   ◆◆◆◆◆


 土曜日の午後。朝遅く帰ってきた兄と昼食を済ませ、家事を終わらせ、義純は自室のベッドで寝転がる。

 手にしたスマホの画面に表示されるのは高群桜羅の名前と、その下に三桁四桁四桁の数字。つまりは通話画面。あと通話ボタンに触れさえすれば、このスマホは桜羅と繋がる。

 義純は通話ボタンに思い切って触れた。

 そして告げる。

「悪い。別れよう」


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