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高群の異端者  作者: ゆき
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第四話 高群桜羅の恋人

 テーブルに並ぶのは薫り立つ鶏肉の香草焼きと、目にも鮮やかなアボカドがメインのサラダ。それにとろりとしたクリーミーなコーンポタージュ。これで美味しくなければ詐欺である。

 盛り付けもそれなりに気を使ってあり、高校生が学校から帰宅してから作ったとは思えない出来栄えだ。

 今日が特別というわけではない。これが家族二人揃う場合の、都竹家の日常の食卓である。

 忙しければ弁当を買えばいいと恭輔は言うのだが、この家の家事は義純の担当だ。できるだけ手抜きはしたくない。

それに。

「やはり出来立てに限るよ。

 もちろんお前の料理は冷めてたっていつ食べても美味いけどな」

 その言葉がなければ、コンビニか弁当屋の弁当が定番になっていたに違いないのだろう。

 兄が弟に甘いように、弟も兄に甘いのだった。

 そしてそう告げた恭輔は既にテーブルにはいない。またもや夜だというのに会社から呼び出しを受け、五分で夕食を平らげるとしきりに詫びながら家を出て行ったのだった。

 残された義純は一人だらだらと夕食を口に運ぶ。

 今までもたまにあったことだが、どうやら大きい仕事の最中らしい。

 おかげで間違いなく心配されるであろう高群ファミリーの一件も、恭輔にはまだ話していなかった。

「話したところでどうなるとも思えないしなぁ…」

 ぼやきながら、BGMにしていたテレビになんとなく視線を投げる。

 ちょうど連続不審火のニュースが流れていた。今日で四件目の小火騒ぎとかなんとか。市内で発生している事件なのだが心底どうでもいい。

 そのとき、リビングのソファーからスマホの着信音が鳴る。メールだ。おそらく京極だろう。高群ファミリーのクラス報告だ。

 市内の大事件より校内の我が身の事件である。

 連続不審火は警察が解決してくれても高群ファミリーの件は自力で解決するしかない。

 義純は気を引き締めて残りの夕食をかきこんだ。


   ◆◆◆◆◆


 新学年五日目。金曜日の今日を乗り越えれば土日で休みである。

 義純はいつも通りの時間に登校して、いつも通りに三年六組の教室に入る。

 昨日までは足が重く憂鬱だった。だが今日は、今日からは違う。

 受け身ではなく迎撃態勢に入ったのだから。

 それにたとえ解決策ではないとしてもその為の方策が示されているだけで、随分と精神的に余裕が出てくるものだった。

 義純が自分の席に向かうと、その前の席に、いつものように高群桜羅はすでに席についていた。

「おはよう、高群さん」

 今までは故意に視線を外して素通りしていたのだ、桜羅は驚いたようでわずかに顔を上げた。

「おはよう」

 それで会話は終わり。

 もう少し会話をして何か手がかりを掴めるといいのだが。明日までに話のネタを探しておくことにする。

 周囲のクラスメイトにも挨拶をすると、皆快く返してくれた。

 ――――なんだ。

 大したことないじゃないか。

 そう、ただ性別が逆に認識されるだけで実害などない。認識と周囲の食い違いを認識できているのだから。

 義純は自分の席に着く。目の前には桜羅の背中。

 ―――会話をしたのも進級初日以来か。

 その時ことを思い出す。

 ―――都竹だって私の事知ってるでしょ。

 昨日も頭を過った短いあのやりとり。

 裏を返せば桜羅は義純の事を知っているということだ。

 そしてふと連鎖的に気づく。

 弟の結弦も義純を既に知っていたのではないのか? あの屋上で出会う前から!

 昨日一昨日と結弦には名乗り忘れてしまった。それなのに、姉によろしくという義純の言葉に躊躇なく頷いた。一体誰からのよろしくだと結弦は伝えるつもりだったのだ!

 同じ学年の桜羅なら、以前に言葉を交わす機会があってもおかしくない。自分が忘れていただけというそれだけのことだ。

 けれど学年が違う結弦と、部活も委員会も入っていない自分にどんな接点がある?!

 姉弟共に知られる関係ならそれなりに親しい間柄のはずだ。けれどただの顔見知り以上の関係なら義純本人に心当たりがないというのはおかしい。

 ならば何故―――?

 そこに誤認識の原因が隠されている気がした。

 新たに増える手掛かり。

 その一方で。

 ―――相手だけが一方的に自分をよく知っている。

 そのことが恐ろしく気持ち悪かった。



 午前の授業が終わり、教室が一斉に騒ぎ出す。

 義純も一息ついて教科書やノートを机に片づけてから、弁当を鞄から取り出した。

 久々に―――というか進級してはじめてクラスメイトと食べようと、以前声をかけてくれたことのある男子生徒の姿を捜す。

 すでに数人で集まっていた彼らに、片手に持った弁当を掲げて見せた。

 ―――なぁ俺もいいか?

 そう声をかけようとしたそのとき。

「あの、ヨシ先輩いますか?」

 クラスがざわつく。

 振り向いてみればその底抜けに陽気な声はやはり高群結弦だった。

 流石有名人。登場とたった一言だけでクラスの注目をさらって見せたのだ。

 わざわざ他学年の生徒が来るとは珍しい。それも身内の桜羅に会いに来たのかと思ったら違うようだ。

 ヨシ先輩とやらが目的らしいが―――ヨシ?

 義純は嫌な予感がした。

「ヨシ先輩!

 一緒にお昼どうですか?」

 高群結弦は義純の方をニコニコと見ながらそう口にしたのだった。

 クラスの驚きや好奇の視線が一斉に義純に集まる。

 ―――いや別に結弦が嫌いだとかそういう訳では全然ないのだが一昨日のクラスメイトと上手くやるという前向きな決意は三日も経たずどこ行った!

 大体ヨシ先輩ってなんだ!

 そんな可愛く呼ばれれば条件反射で頷きそうになってしまうではないか!

「うう、ダメですか?」

 わずかに目を潤ませ悲しげに結ばれる口元。

 ―――お前は男だろー!

 犯罪級の可愛さに内心でそう叫ぶ義純。

 そんな手管を使う相手を迷惑なほどに間違えている。

「クラスのやつとは食べないのか?」

「昨日皆と一緒に食べました」

「そうか。よかったな」

「はい! だから今日はヨシ先輩と二人で食べたいです!

 またヨシ先輩のお弁当ください!」

 クラスの視線が敵意を持って一斉に義純に突き刺さる。学園のアイドルに何をしてくれてるんだと言いたいことは十分伝わっているからやめてほしい。

 ―――大体なんなんだハンバーグ一切れでこの好かれようは!?

 いや悪い気はしませんけどね!? 男でも後輩に好かれれば先輩としては嬉しいわけで!

 ―――って、こいつを女だと認識してるからこうも昼を誘われたくらいで過剰反応してるわけか?!!

 内心で葛藤する義純。とにかく早く返答しなければこの場に居たたまれない。

 だが誘いを受けても断ってもクラスというか学校中を敵に回す気がする。受ければよくも手を出してくれたな、断ればよくも恥をかかせたとか気持ちを踏みにじったとか。

 返答を義純が躊躇っていると。

「結弦」

 そこに冷静な第三者の声が挟まれた。

 ありがたいことに結弦の姉である桜羅だった。

 これで結弦の相手を任せられると、義純はほっと溜め息をつく。―――この後桜羅がさらなる爆弾を落とすなど想像もしないで。

「貴方は自分の教室に戻りなさい」

「あう」

 きっぱりとした命令口調。

 それ以前にそこは姉弟、桜羅には頭が上がらないのか、文字通り結弦は肩を竦めて頭を引っ込めた。

 だがまだ諦めきれないようで、視線を義純と桜羅の間を行ったり来たりさせる。

 それを見かねて桜羅が大きく溜め息を吐いた。

 そして。

「いくら姉の彼氏が気になるからって目の前で堂々逢引はやめなさい。

 男同士で二人っきりなんて変な噂が立ったらどうするの」

 沈黙。

 義純だけではなくクラス中が沈黙する。

 ―――今こいつは何と言った―――?

 おいおいおいおいおいおいおいおい。

 言葉の意味だけが上滑りして理解が追い付かない。

 誰が誰の彼氏だって!?

 ようやく数拍遅れで義純が抗議の声をあげようとしたのも束の間。

「行こう、義純」

 桜羅は片手に弁当、片手に義純の腕を掴むと、義純の意志などお構いなく歩き出した。

「おい待てどういうことだよ!」

「ばらしたのは後で謝るから。それより早くお昼食べに行こうよ」

 質問の意味が分かっていてあえてずらされた。

 桜羅は義純をぐいぐいと引っ張って教室を出る。

 そこでようやくクラスに驚きの声と悲鳴が溢れかえった。

 ―――学園のアイドルのスキャンダル。

 これはすぐに教室に引き返すのではなく、ほとぼりが冷めるのを待った方が賢明のようだった。

 それに桜羅に何を考えてのあの彼氏宣言か聞かなければならない。

 ひょっとしたら、性別誤認識の解決につながるのかもしれないのだから。

「分かった。大人しくついてくから手を放してくれ」

「そう」

 桜羅はあっさりと手を放した。

 名残惜しそうになどするわけはない。

 本物の彼氏ではないのだから。

 桜羅が彼氏だと宣言しても、無論義純には心当たりが全くない。

 学園の高嶺の花に彼氏宣言されたところで、浮かれるよりも困惑するばかりだ。

 そして着いたのはついたのは例の如く屋上だった。

「このあたりでいいだろ」

 この時間の屋上のベストポジションは既に把握している。壁が風除けになり眩しくない程度に太陽も当たるこの場所。

 定位置となった階段室の壁にもたれて義純は腰を下ろした。

 桜羅も異論はなくそれに倣う。

「それじゃ、何のつもりであんなこと言ったのか教えてもらおうか」

 まずこれだけははっきりさせてかなければ弁当も食べるに食べられない。義純が当然の疑問を述べると何故だか不興を買ったようで桜羅に睨まれた。

「もしかして彼女いたの? それとも好きな子が?」

「いや、そういうのはいないが」

「ならよかった。

 学園の高嶺の花とつきあえるなんて箔がつくでしょ」

「そういう問題か!」

 大体自分で高嶺の花とか言っている。

「察しが悪いね。

 義純は何とも思わないの?」

「何が!?」

 事態が呑み込めない義純以上に桜羅は憤慨して答えた。

「だから男の後輩が男の先輩に「二人で一緒にお昼食べましょう」なんて客観的にどう見たっておかしいでしょう!?」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「俺にその気はまったくねぇからな!?」

「そうでなきゃ私が赦さないから」

 憤慨しているのは察しの悪い義純にか、それともどうやら妙な路線に走ろうとしている弟にか。

 ともかくその一言で事情は掴めた。

 要はそういう道に走ろうとしている弟を止めるため。

 どういうわけか弟に気に入られてしまった義純と先に恋人関係になることで、弟に諦めさせようと言う訳だ。

 それにクラスでのあの発言は、あの場で弟の性癖を誤魔化すためでもあったのだろう。

 まさか学園のアイドルにこんな秘密があったとは…

 そういう性癖の弟も弟だが、こういう策を思いつきさらに実行する姉も姉である。

「わかった。事情は呑み込めたよ」

「なら協力してもらえるよね?

 名義さえ貸してくれればいいから」

「それ悪い響きにしか聞こえねーぞ」

 実際騙りである。

「大体お前こそいいのか?

 高嶺の花でも何でもない一生徒の俺なんかを彼氏にしちゃお前の箔が落ちるだろ」

「安っぽい鍍金加工と一緒にしないで。純金には落ちる箔もないわ」

「高値すぎる!」

「うん、安っぽい女よりはありか」

「キャラ作り!?」

「模索中なんだよね」

「すいません冗談だと言ってください」

「冗談だよ。

 で、OKしてくれるよね?」

 話が強引に本題に戻されるが、そこはそのまま戻しておいた方がいい気がした。その方が見てはいけないものを見ずに済む気がする。

 儚げな深窓の令嬢かと思いきや、な性格だったわけだが。

 内心こいつ男だと思わなくもないが、本当は女のはずだ。そうでなければ同性愛者なのが弟ではなく桜羅本人になる。

 それに―――桜羅と親しくなれば、桜羅が義純の何を知っているのか知ることができるはずだ。

 一方的に知られるだけなんて気分が悪い。

 ならばこちらからも知ってやる。それがこの誤認識の件の解決につながることも十分あり得る。

 断る理由はなかった。

「オーケーだ」

「じゃあ決まり。

 よろしくね、義純」

 ―――偽りの恋人関係。

 そうと分かってていても―――そんな笑顔で名前を呼ばれてしまえば、どきりとせずにはいられないのだった。


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