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高群の異端者  作者: ゆき
22/22

最終話 闇夜の告白

 事後処理で高群の本家は夜になっても慌ただしかった。篁が消えた金曜ではなく土曜の夜である。

 当事者どころかこの一件の核となる人物であった義純は、事情聴取やら今後の扱いどうするやらで、結局まだ高群本家に滞在中である。それは高群ファミリーの面々も同じだった。

 けれどそれも今日まで。来週からはいつもの学校生活だ。

 そして帰る前に足が向いたのは狭い離れ、昔の自分の部屋だった。

「もう何にもないんだけどな―――」

 片づけられた狭い部屋にはぽつんと古い和箪笥が置いてあるだけ。それは分かっていたはずなのに来ていた。

 遠い九年間の記憶。そこで止まっていた記憶が、昨日からまた積まれ出した。

 義純は今日の一族の話し合いのことを思い出す。

 母屋の広間で襖に沿うように居並ぶ大人達、その数ニ十人ほど。床の前の上座に当主が座し、その対面に義純と結弦は座らされていた。

 高群の異端の二名がこの騒動を引き起こした―――そうとられても否定はできない。

 義純と結弦の扱いをどうするか。

 当然挙げられるべき議題だった。

 篁と吉乃が二人の中から消えたという保証も確証もない。少なくとも示せない。

 今回は大した被害も出さずに済んだが、次はどうなるかわからない。ここは今のうちに断腸の思いで手を下すのが―――

 義純は八年前のあの光景がどうしても脳裏をちらつき、身体が震えるのは正座で足が痺れたからだけではなかったはずだ。それを振り払うために大丈夫だ大丈夫だと―――何がどう大丈夫なのか―――何度も自分に言い聞かせ続ける。横の結弦も無言で口を引き結び、畳んだ腿を上から手で抑え付けるようにしていた。まるでそうしなければその場を逃げ出してしまうかのように。

「篁を抑え込めたのは吉乃の支配を破った義純の功によるもの」

 そこに当主の重く落ち着き払った声が届く。

「結弦とて、黒狐に憑りつかれた為に篁が表に出てきやすい状況になった可能性がある。そしてその黒狐を散々取り逃がしたのは、其奴の力量を見誤った我々の判断の甘さ故だ」

 だがしかしと反論があがる。

「過去にあの双子が人を殺しかけたことをお忘れですか!?」

「そうです! 仮にこの件の引鉄を引いたのが我々だとしても、弾丸は彼らの存在そのものです!」

 彼ら。それは義純の結弦の二人ではない。

 尾憑きの九人―――いや結弦を含め十人、さらに義純も加えた十一人を指すのだろう。

 血の繋がった高群家内においてでさえ、そこにははっきりとした隔たりが存在するのだ。

 しかし当主は続く反論を視線で遮った。

「確かに今ここでこの二人を無き者にしてしまえば、今現在の脅威は遠のくだろう。

 その理由で私は八年前息子を手に掛けようとし、代わりに妻を亡くした。そして確かにあの時義純が殺せていれば今回の事は起きなかった。

けれどだからこそ言えるのだよ、ここで二人を殺すべきではないと。

あの時義純を殺さなくても、今回誰一人死ぬことなく、重体に陥ることなく切り抜けることができたではないか。

ならば次に同様の事が起きても対処できるはずだ。いや、してみせようではないか」

 義純が八年間忘れていたことを当主は八年間ずっと忘れることがなかったのだと、そんな単純なことに気づく。

 ―――どちらが辛いのだろう。

 きっと―――どちらも辛い。

「これは楽観論ではない。人としてあるべき道理だ。

 後顧の憂いを断つことが今を生きる命より重いであろうか。

 人ではないモノの血が混じる我らだからこそ、人としての心まで無くすわけにはいくまい」

 胸を打つ静寂。

 反論はあがらない。

「双子らも自らの意志で最後の一線を踏みとどまった。ならば我らがそれをできずにどうする」

 こうして義純と結弦、二人の助命は決定した。

 その後いくつかの取り決めを終えて二人が部屋を出ると、そこには桜羅に佑磨、青路に燕路と恭輔が揃って廊下で待っていた。おそらく中の話を盗み聞きしていたのだろう、皆一様に安堵の顔を見せていた。

 桜羅が勢いよく抱き着く―――結弦に。

「よかった…」

「お兄ちゃん…」

 話し合いの場では気丈に堪えていた結弦の涙がようやく零れ落ちた。桜羅の背中に手を回して服をぎゅっと握る。

「恭輔さんはやらないんですか?」

「そうそう、助かったのに感動が薄いよ」

 それを見て双子が恭輔を茶化した。

「やらない」

 恭輔は義純を見て続けて答える。

「俺は元から助かるって分かってたからな」

 それはつまり―――

「いい父親だね」

「ですね」

 染み染みと青路と燕路が言う。

 恭輔は当主である父親を信じていた。

 それを知って義純は複雑な気持ちになる。

「お前は逆にまた殺されるかもってびくびくしてたわけか」

 からかうように佑磨。

「―――――――――――――――」

 八年前だって結局義純を殺さなかった。

 そうか、と腑に落ちた。

 あの時震えながらも大丈夫だと言い聞かせた根拠はここにあったのだと―――


「都竹先輩、いますか?」

 部屋の外から声をかけられ、義純は意識が現実に引き戻される。障子を開けて縁側に出てみると、庭に結弦が立っていた。

「結弦―――いいのかお前?」

「ちゃんと話せるの、これが最後かなって思ったので来ちゃいました」

 そう言って後ろめたさを誤魔化すように笑う。

 だがすぐに結弦は笑った顔を引き締めて義純を見上げる。

「今から私、先輩に酷いこと言います」

 そんなこと言われる原因があっただろうか―――と思い返すまでもなくすぐに思い当たった。

「悪かった。いくら篁の意識の時だっていっても、自分の身体には変わりないもんな」

 抱き着いたり押し倒したりしてしまったわけだ。

 それも目の前のあの身体に―――ということは極力意識しないようにする。意識するといろいろ辛い。

「むー。もう謝らないでください。

 私は謝って欲しくないんですから!」

 義純としては謝って然るべきと思うのだが、女心は複雑らしい。

「そうか―――」

 悪いと続けようとして義純は危うく言葉を飲み込んだ。

「都竹先輩」

 仕切り直しとばかりに結弦はもう一度名前を呼んだ。さ迷わせていた視線をもう一度義純に合わせる。

 幼さの残る、けれど女の顔だった。

「私は都竹先輩の事が好きです」

 前置きのない唐突な告白。

 ああ―――これはなんて酷い。酷い言葉なんだろう。

 二人の助命が決まったその後、やはり現状のままでは不安だという声が上がった。そのため、結弦の封印を強化すること、そして義純と結弦の二人は今後物理的に近づかず連絡も取らないことなどを条件とすることで妥結されたのだ。

 だから本来なら今こうして話していることすら許されない。

 それなのにこの告白だ。

 どうしたってその気持ちに応えることなどできはしないと、結弦も分かっているはずなのに。

「私が篁で先輩が吉乃だからかもしれません。私にはどちらかわからないんです。

 けどどちらだっていいんです。

 だってこんな異形の血が流れている私が恋なんてできると思わなかったから。だからそれだけで十分なんです。

 都竹先輩、ありがとうございました。サヨナラです」

 そして言うだけ言うと結弦は、ぺこりとお辞儀をして身体を反転させて庭の植え込みの間に消えていく。

 義純の返答すら聞きはしない―――聞きたくないというように。

「あ―――――――――」

 掛ける言葉を持たない。引き止める言葉を持たない。その資格も持たない。

 それでも靴下のままで庭に出て、何もできずに立ち尽くした。

 好きです、と。好きでしたではなく好きですと。そう告げておきながら最後の言葉は別れの言葉だった。

 酷く。胸が締め付けられる。シャツの上から胸を掴んだ。

 ―――篁もこんな痛みだったのだろうか。

 それはもう確かめることができない。

「嘘でも嫌いだって言ってくれればよかったのに」

 その声に振り向けば、廊下から桜羅が姿を出した。

「えっ!? ちょ、お前! 今の見てたのか!?」

「結弦は俺がいるって気づいてただろうから、義純も気にする必要ないよ」

「そういう問題か」

 しかしとにかく気が抜けたのは確かだった。

 義純は縁側に腰掛けて汚れた靴下を脱いだ。

 桜羅も隣に腰掛ける。

「お前は本家に戻らないんだよな」

 男言葉―――といっても女の格好をしている時の言葉遣いとそこまで大差はないのだが―――で話し格好まで男物の桜羅に、本当にこの容姿で男なんだよなぁとつくづく感心しながら話しかけた。

「うん。戻るのは結弦だけ」

 高群本家は敷地自体に力を抑える効力がある。故に結弦の力を抑えるため、そして手元に置いて監視するために、結弦は本家に戻ることとなった。義純が本家に戻らないのは当然の措置として、一緒に本家を出た桜羅が戻らないのは、本体と同じ場所に尻尾を固めておくよりは少しでも分散させようという方針によるものだ。もし篁が再び現れた時にいちばん狙われやすいのが、結弦の兄である桜羅だというところまで考えているのかもしれない。桜羅はきっと結弦には本気で抵抗できないのだろうから。

「寂しくなるな」

「そうかもね。けど燕路と青路だって別々で暮らしてるんだから、きっと平気だよ。同じ本家の敷地内でも母さんと離れて暮らすよう配慮がされるみたいだし」

「そうか」

「―――ねぇ、思い出したこと後悔してない?」

 問われて義純は結弦の消えた茂みの奥に視線を投げる。

「思い出せてよかったこともあるから」

「そう」

 もちろん母親が死んだこと、父親に殺されそうになったことは辛い記憶で〝よかった〟なんて表現は使いたくないけれど。

 それでもよかったと言える記憶はこうしてある。

 夜の闇に幼い記憶が重なる。大人達の目を縫ってそこの植え込みをかき分けて女の子が遊びに来るのだ。さらに男の子が増え、顔の良く似た女の子二人がやってくる。

 二人の間に静寂が降りた。不快ではない沈黙に、静かに木々がざわめく音が混じる。

 そしてふとあることに気づく。

「ひょっとして兄さんに俺を呼んでくるように頼まれてた?」

「そうだった! それなのに話しこむとか待たせすぎだ」

「なら行くか」

 義純は脱いだ靴下を片手に立ち上がる。部屋に戻り照明を消した。

「桜羅、結弦に伝えといてくれないか。

 情けねぇことに今はまだなんて返せばいいか分からないんだ、だからさ。

 俺もいつか、お前に酷いこと言い返してやるって―――伝えてくれ」

 結弦みたいにどちらでもいいと割り切れはしない。

 けれど―――いつか。

「わかった。―――そのときは俺の検閲通ったらね」

「プライバシーはないのか!」


   ◆◆◆◆◆


 月曜日の昼休み。いつもの屋上。

 まだ外は肌寒い。

 弁当を広げて桜羅と二人で定位置に腰掛ける。

 偽の恋人関係はまだ続いている。おそらく卒業まで続くのだろうと、そんな気がしている。

 体裁だけの偽とはいえ、相手が男でも偽だしまあいいかなどと気にならないのは、やはり桜羅が篁の尻尾を持ち、自分が吉乃だからなのだろうか。

 あそこまで真実を知りたがったのも、それが高群―――篁に関わることだからだと言われればそれを否定する術はない。

 どこまで吉乃の影響を受けていたのか―――受けているのか、自分では判別がつかなかった。

 それでも。

「おーいたいた」

「こんにちは」

「お待たせしました」

 佑磨、青路、燕路が弁当片手に屋上に姿を現す。いないと分かっていてもつい結弦の姿を視線で捜してしまった。

 その遣る瀬無さを誤魔化すように義純は明るく声を上げる。

「それじゃ、食べるとするか」

 お互いの弁当をつまみながら食べつつ他愛無い話で盛り上がって、昼の時間は過ぎていく。

 例えこの気持ちが誰に起因するものであっても、それを今この瞬間に感じているのは都竹義純だ。


最後までお読みいただいた方々、お付き合いいただきありがとうございました。

この後に続く物語、篁と吉乃の物語、燕路青路の過去の物語。語られなかった高群家の秘密。

まだ考えている話はありますので、また投稿できたらと思います。

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