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高群の異端者  作者: ゆき
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第二十一話 二人の想い

 白化の封印が行われるのは、母屋の裏手にある社のような建物だった。

 義純と当主がその建物の前に辿り着くと、中はやけに静かだ。急ぎ数段程の階段を上がって中に入る。そこはがらんとした板敷の広間だった。その中心には四畳半ほどの畳が敷かれ、その四方に札を幾枚も貼られた笹が立てられていた。

 その前に立つ篁。封印を行っていたのであろう術者達は皆壁際で倒れている。おそらく篁に肉弾戦で飛ばされたのだろう。篁が座敷牢を出てほとんど時間は経っていないというのにこの状況である。

 そして篁が見下ろすその畳の上。

「桜羅!」

 そこには白装束の桜羅が俯せになって倒れていた。義純の呼びかけに反応を見せ、僅かに顔をこちらに向ける。

 髪が白いので尻尾はまだ取られていないようだが、ぐったりとしたその様子では胸も撫で下ろせない。

「落ち着け。封印の札の枚数が大分多い。篁に取られる前に尾を封印しようと術者達が術の効果を速めたのだ。その結果桜羅の身体に負担がかかっているのであって、篁はまだ手を出しておらん。

 いや、出すのを躊躇している間に私達が来たというところだろう。

 篁の力を抑える封印は陰陽道の流れを汲む術。先程よりも強度のあるその術を、尾のないお前は触りあぐねていたのではないか?」

「ケッ、小賢しい術を覚えやがって。言ってくれるじゃねぇか」

「なら桜羅に触れてみせろ。牢とは違い壁も格子もない。あるのは笹を繋ぐ縄一本のみではないか」

「それで結界内に入ったら、さらに強度を上げて俺をこいつごと封印するつもりってわけか? 中にいるこいつも堪ったもんじゃないだろうに」

 桜羅が当主を、そして義純を見つめた。

 当主は何も言わない。

 義純も何も言わず、ただその苦しそうな視線を見つめ返す。

 篁を前にした今、自分では自覚しづらいが吉乃の影響が強くなっているはずだ。

 ―――桜羅を救う。

 その目的を胸の内でもう一度唱える。

 そしてその視線を篁に向けると言った。

「篁。わざわざそんな危険を冒す必要はない。

 俺が桜羅をその結界から引っ張ってこればいいだろう」

 そう言いながら無警戒な足取りで篁の傍に歩み寄る。

「何のつもりだ義純!」

 当主の非難の声を背中に受ける。

「篁に与しようというのならいくら血を分けた息子でも許さんぞ!」

 その言葉に足が止まりそうになるが、それよりも優先すべき意志がある。振り返りはしなかった。

「ならばっ」

 行く手を青い炎の壁が阻む。だがそれは躊躇するまでもなく次の瞬間には薙ぎ払われていた。

「吉乃に手を出すなっていったよなぁ」

 炎を打ち消した篁が物騒な声を上げる。

 隣に立つと篁は義純の項に手を回し、身体を摺り寄せてきた。

「やっと俺の手に戻ってきてくれたな、愛しい吉乃。

 俺の為に手を煩わせてすまねぇ」

 粗野な言葉遣いに愛らしい顔のぞくりとするギャップ。触れる肌の心地よさ。情けないくらいに惹かれる。

「お前の為だ、これくらいやらせてくれ」

 そう言葉を交わしながら手や身体の位置をゆっくりと変えていく。

 そして見下ろす先には苦しそうに横たわる桜羅。

 その顔は。別れ話を切り出したあの日の顔を思い出させた。

 あの顔をさせたくないと思ったから―――!

 ―――救うべきは―――

「―――なんて嘘に決まってるだろ!!」

 篁の両足を払い、義純は仰向けに畳の上に押し倒す。馬乗りになって両腕を畳に押さえつけた。封印の構成要素である縄は避けれたし、桜羅も避けれた。

そして篁も結界の中に押さえこめた。

 全て作戦通りだ。

 だが作戦はこれで終わりではない。

「桜羅! 結界から出ろ!」

 その言葉に桜羅は反応し、伏せったままずるずると外に向かう。

 結界で弱っているとはいえ結弦の怪力だ、長時間抑え付けていられそうにない。桜羅を急ぎ引っ張り出すため当主が駆け寄ってくるが、

「小癪なぁ!!」

 篁が叫び、力を片腕に集中させ振り解いた。その手が伸ばす先には桜羅の足。

 足を掴まれた桜羅は結界の内側に引っ張り戻される。

 ―――駄目だ。このままでは桜羅まで強化された結界に巻き込むことになる。

 その手段も取り得ることを当主から聞かされていた。

 けれどまだ最終手段がある。

 振り解かれた手を上着のポケットにつっこんだ。

 取り出したのは木製の楕円の筒。握りこみ一振りして鞘を外し、現れたのは鋭く光る短い刀身。

 短刀を篁に向かって振り上げる。

 篁の金の双眸が見開かれて大きく揺らぐ。尊大ですらあった眼光の鋭さが消え失せ、かえって胸を締め付ける。

「お前は吉乃ではないのか?」

 声までも微かに揺らぐ。疑問でありながらそれは哀しいまでに懇願に似ていた。

 どうしようもない時代の流れによって、子孫にさえその存在を疎まれた篁は吉乃だけが拠り所だった。

 その吉乃さえいないとなれば、それはどれ程の孤独だろう。

 篁に罪はない。

 それでも―――過去は過去に還るべきなのだ。

 さすがにここまで反抗を見せれば吉乃の抵抗が強い。こんなことをするべきではないと自分自身が訴える。

 躊躇している余裕はない。

「篁ぁ!!」

 それは義純と吉乃、どちらの叫びか。

 篁の胸を目がけて短刀を振り下ろす。

 短刀を通して刺した感触が伝わる。自分が仕出かしたことに手が小刻みに震える。

 一際大きく見開かれた直後、篁の眼の焦点がぼやけていく。

 ―――消える。消える。消える消える消える!

 消えてしまう篁が!!

 ああせめてその前に―――

 握っていた短刀を投げ捨てその手で篁の頬に触れた。

 ぽたりと、涙が篁の綺麗な顔に零れ落ちる。

「篁、ごめんなさい。貴方にずっと謝りたかった。

 私も貴方を愛しています―――」

 数百年の時を経て伝えられた想い。

 目を閉じた篁の顔は、とても満ち足りた穏やかなものだった。

 ずっと夢を通して一途に呼び続けた、そのまっすぐな想いは報われただろうか。

 上質なベルベットのような起毛が白く舞い散り、陽光を受けてきらきらと輝いた。肌は肌色に、髪は黒に、波が引くようにすっと色が変わる。

 篁が封印されたのだ。

 それによって吉乃の影響が薄れていく。それを名残惜しく感じた。

 そう思うほど、それは一途で切なく燃えるような感情だった。

 そして篁を消し去ったのも感情。

 篁は刺されても傷を負ってはいなかった。短刀の刃は制服の胸ポケットの生徒手帳しか貫いていなかったのだから。

 けれど刺された衝撃は伝わるし、刺された事実は変わらない。

 吉乃に刺されたという事実。

 その哀しみが何よりも鋭い刃だった。

「結弦!!」

 結界の外に出た桜羅が―――だからこそ当主が封印の強度を上げられた―――悲痛な声を上げる。

 その声で義純の意識が完全に現実に引き戻される。

 腕の中で目を覚まさない結弦に義純は声を投げかける。

「結弦!! 戻ってこい!!」

 黒狐に篁に、結弦の意識は追いやられ続けていた。深く深く沈められ、もしもう二度と表に出てくることができなくなっていたとしたら。

 これで結弦が戻ってこなければ何のために―――!!

 頬を叩いて刺激を与えてみる。

 すると。

「う、……う、ぅ……―――」

「結弦!」

 ゆっくりと結弦は目を開ける。

「お前は誰だ? 名前を言ってくれ」

 すぐさま義純は問いかける。まだはっきりしない意識のままで答えは返ってきた。

「え? た、か…むら……。ゆづるだけど?」

「そうだよな、お前は結弦だ」

「よかった、結弦―――」

 結弦と桜羅は安堵の声を上げる。

「え? あの、私、これってどういうことですか!?」

 きょろきょろと周囲や自分を見回して俄かに慌てだす結弦。

 その頭を宥めるように軽く掌で叩いて義純は言った。

「もう終わったんだ。後でちゃんと話してやるよ」

 これでようやく長かったようで短い、始業式から数えてもたった十二日間の出来事は幕を閉じた。

 ―――いや、短いものか。長かったに決まっている。

 この物語は何百年も前にあのふたりがはじめていたのだから。


次回で最終回です。

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