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高群の異端者  作者: ゆき
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第十八話 三尾の黒狐

 状況は想定外にかなり好ましくないようだった。

「わかった。本家の許可は待っていられない。お前がまた桜羅の封印を解け。青路と燕路にも協力を仰ぐ」

 恭輔の走りながらの通話は声がかなり固かった。

内容も相手―――黒狐と言っていたか―――がかなりの強敵であることを伺わせる。

 義純は戦闘中は何も思い出そうとしないことを肝に銘じるのだった。

 そして恭輔と義純が着いた先は欅並木の通りの先の大きな公園だった。週末にイベントがよく催される大きな公園だが、幸い今は何のイベントもないらしい、広いガランとした空間だけが広がっていた。

 公園に一歩足を踏み入れるとかすかな違和感。人払いや認識阻害の精神操作の術が掛けてあるのだろう。

 恭輔は公園内の佑磨に駆け寄り、義純は公園の外周の植え込みに隠れて距離をとって様子を伺った。

 そして義純は公園内の街灯で照らし出された光景と展開にしばし絶句した。

 白髪の桜羅が立つのは街灯の上、そこを狙う紫の炎。桜羅は膝を軽く曲げただけの反動で跳んでそれを躱し、そこから十メートルは離れた場所にひらりと着地した。すると同時に地面を滑るように駆ける。そこにつっこんできたのは。

 着ている服は笹ヶ原の男物の制服。髪が黒いのもいいとして、しかし顔が、袖口から出た手が、真っ黒だった。闇に溶けるような漆黒。そしてその黒い中で脂ぎったように光る金の双眸。さらにブレザーの下から揺れる三本の黒い尾。

「結弦……なのか……?」

 何となくそうではないかと思うだけで全く確証はなかった。むしろ否定要素の方が多い。

 高群の一族であれば白化と呼んでいるほどだ、尾憑きが変化すれば白い狐となるはず。それに結弦は尾がないと言っていたではないか。

 けれど背格好は同じ。それに何となく―――そんな気がした。一昨日結弦に見たあの黒い影が頭を過ぎる。

 だとしたら何故争っている!?

 閃光、閃光、閃光。

 その結弦らしき人影は桜羅に次々と炎を浴びせようとするが、高速で桜羅が移動しているため狙いが定まらず外れを繰り返す。時折桜羅も打ち返すが、逆に移動しながらで狙いが甘くなるのか―――それとも結弦だから甘くなるのか、こちらも当たりはしなかった。

 結弦は撃ち合いでは埒が明かないと判断したか、肉弾戦に持ち込むつもりか桜羅に一息で肉薄する。

 すぐさま至近距離で現出する紫の炎。桜羅も青の炎を出して応じたが圧される。火力が違う。

 ―――尻尾は力の象徴であり源。

 ならば尻尾が一本と三本では三倍も差があるではないか!

 桜羅は相殺しきれなかった炎に巻かれながら、後ろに跳んで距離をとる。

「桜羅!」

「桜羅!」「桜羅!」

 義純の声は双子の声に重なった。

 白い髪に白の尾。白化した二人が場に加わる。

 一本に二本が加わり三本となった。

 これで条件は五分だ。

 三方向から同時に襲う炎。しかし結弦は自身の周囲に張り巡らした炎でその全てを打ち消す。間を空けずに桜羅達の追撃。再び全て消し去るかと思いきや、消したのは一点。所々焼け焦げつつそこから突破して桜羅に詰め寄ると、各個撃破を狙って炎を纏った足で桜羅を蹴り飛ばした。

 義純が隠れていた植え込みまで吹っ飛ばされ、それにぶつかって桜羅は地面に崩れ落ちる。

「桜羅! 大丈夫か!?」

 義純は植え込みから出て駆け寄り、傍に膝をついた。

「う…」

 小さく呻く桜羅。蹴られた腹は制服が焦げ白い肌さえ目を背けたくなるほどに焼け爛れていた。

「先輩逃げて!」「逃げてください!」

「義純!!」

 すぐ後ろで青の閃光が連続する。咄嗟に振り向けば結弦が青い炎を打消し、紫の炎を纏った拳を振り上げていた。

 振り下ろされる拳がスローモーションに映る。

 感情さえ追いつかず。走馬灯などなく。限界以上に開かれた目を閉じることさえできない。

 近づく拳。焦点の合う限界の距離。

 炎が消えた。

「――――――え?」

 拳が静止する。

 拳がゆっくりと下がっていく。

 それと共に黒かった結弦の肌や髪が色を落としていく。尻尾の毛が散って細くなっていく。拳に握っていた指が開かれ、戦闘態勢が解かれた時には、完全に色は白へと変わり尻尾は消えていた。

 そうして間近で見てみれば、それはやはり高群結弦だった。

 しかし。

「まったく俺のものに手を出そうとは、とんだ命知らずだな」

 結弦の顔と結弦の声で、結弦のものではない口調と科白を吐いた。そんな剣呑な表情も見たことがない。

 これは結弦ではない。

 結弦であって結弦ではない。


 ―――これは―――


 記憶の底から湧きだす感情。

 結弦は白化した白い手を義純に伸ばす。その手は義純の顎に添えられると、くいと上を向かせた。

「なぁ―――俺のヨシノ。そうだろう?」


 ―――あぁ、そうだ。

 知っている。

 知っていた。


 義純は結弦を見つめ返す。

「タカムラ―――」

 ヨシノと呼ばれた義純は、万感の思いでその名を口にした。

 その瞬間。

 記憶の堰が決壊した。


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