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高群の異端者  作者: ゆき
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第十七話 追いかける

 聞こえる。

 ―――ヨシノ――、――ヨシノ―――

 名を呼ぶ声が聞こえる。

 呼ばれている。

 ――――ヨシノ、ヨシノ――

 なおも声は名を呼び続ける。

 真っ暗な闇の中、ただその声だけが響く。寂しそうで辛そうな響きが、ただ一途に、切実に自分の名を呼び続ける。


「―――タカムラ」

 義純は目覚めると建物の中にいた。視界に入ってきたのは天上。間仕切りのカーテン。消毒薬の臭い。どうやらベッドに寝かされているらしい。

「彼女の名前を叫んで目を覚ますなんて、焼けるじゃないの」

 そんな科白と共にカーテンを開けて入ってきたのは、なんとなく見覚えのある顔だった。

 この学校の保険医。つまりはここは学校の保健室なのだった。

 義純は上半身を起こす。

「俺は―――どうしてここに?」

 確か結弦と一緒に帰っていたはず。

「道で倒れたのを近所の人が運んでくれたの」

 また倒れたのかとため息。そういえば頭痛が酷かった気がする。

 自分は何を思い出そうとしたのだろう。

 ―――何を告げられた?

「そうだ結弦は?」

「高群結弦くん? 運んでこられたのは君一人だったけど。一緒にいたの?」

「―――――――――」

 一緒にいた。それは覚えている。

 倒れた義純を一人残していくような奴ではないはずだが、助けを呼びに行って行き違いにでもなったのだろうか。

 後で連絡―――しようと思ったがそういえば結弦の連絡先を知らない。桜羅経由で連絡してみることにする。

「お兄さんに連絡しておいたから、もうすぐ迎えに来ると思うわ」

「!」

 昨日も倒れて車で迎えに来られ、今日もこうして倒れて呼び出しとは。

 あまりにも格好悪くて情けない。それに昨日車内で別れて次に会う時がこれというのもばつが悪かった。兄に何と言われるか分かったものではない。

「もう良くなりましたから一人で帰れます。兄には来る必要ないと連絡しておきますから」

 恭輔が迎えに来る前にと、急いでベッドから降りてスニーカーに足を突っ込む。

 だが遅かった。

「義純、無事か!?」

 慌ただしくドアを開けて恭輔が入ってくる。

「無事だって」

 義純はため息をつきながらぞんざいに答えた。

 無言で大股で歩み寄ってくる恭輔。手が伸ばされる。殴られるのかと身を竦めた。

 しかし。

 その手は。

 ぐしゃぐしゃと頭をかき回し。

「……頼むから、心配かけるな」

 泣きそうな声だった。

 泣いているのかと思ったが、頭の上の手が邪魔で顔を上げることができなかった。

「帰るぞ」

 そう告げて手が退けられる。顔を上げたときには既に恭輔は後ろを向いていて、その表情を窺うことはできなかった。

「……うん、わかった」

 ぼそりと呟いて踵を踏んだスニーカーを履きなおして立ち上がる。

 ―――その背中に。

 無償に謝りたくなった。



 塀に手をつきながらふらふらと歩く。

 意識が途切れそうになる。

 それでもどこへともなく結弦は歩き続けた。

 実を言えば四月の初めからたまに意識と記憶が途切れることがあった。桜羅と義純が偽の恋人関係になったのを聞いた―――義純に近づくなと言われたその日の夜からになるだろうか。

 あのときはショックのあまり呆然とし過ぎたのかとも思ったが。

 度々起こるその症状におかしいとは思ったものの、自分のせいで本家から出されて女装までさせてしまっているのに、さらに兄に相談することはできなかった。

 少し記憶が途切れるくらい、環境が変わって疲れているだけだ。男の振りをするのに心が疲れてしまったのだ。

 ―――それなら何故、今倒れているヨシ先輩を置いてどこかへ行こうとしているのだろう。

 途切れようとする意識を無理に手繰り寄せて。

 離れなければ。

 危ないから。

 危ないから―――何が?

 黒く身の毛がよだつ。



 恭輔は車で義純を迎えに来ていた。

 そして駐車場で恭輔の車についてみると、何故だか中に桜羅と佑磨が乗っている。

「佑磨と仕事のついでに桜羅を家に送っていくところだったんだ」

「仕事って?」

 半ば想像がつきながら聞く。

「妖怪退治、といえば分かりやすいか」

 興信所勤務というのは嘘だったわけだ。

 そして恭輔も異能の力を持っていたのだと痛感する。

 自分は何の力もないのに―――と苛立ちを感じたら頭痛まで感じた。

「騙してたのは悪かったと思ってる。けど本当の仕事を言えるわけがないだろ」

「分かってる」

 それだけ短く告げると、助手席に佑磨が乗っていたので、義純は後部座席に乗った。

 恭輔も運転席に乗り込み、車はゆっくりと発進した。

「桜羅、体が辛かったりとかしないか?」

 義純は隣に座る桜羅に問う。

 桜羅は尾もなく肌もすっかり元に戻っていた。

「それはこっちの科白でしょ」

「それもそうだ」

 それ以降、特に会話もないまま車は街中を走る。いつの間にか市の中心部に入っていた。

 どうにも空気が重かった。

 そこに。

「あいつ、黒狐だ!」

 佑磨が脈絡もなく声を上げる。

 何がだとじと目で佑磨を見やると、佑磨はウィンドウに手をついて食い入るように外を見ていた。

 都心部は人通りが多く、佑磨が誰を見つけたのはかわからない。

「こんな時に間の悪い―――

 そこの地下駐車場に止める。手前で一度停車させるから佑磨は先に降りて追ってくれ」

「了解」

「済まないが桜羅もついてきてくれないか? 何度も取り逃がしてる奴なんだ、これ以上の被害を防ぐためにも、最終手段として尾憑きの力を持っておきたい」

「――――――――――。分かった」

 答えて桜羅が表情を引き締める。

「助かる。佑磨と一緒に先に追ってくれ」

 恭輔が機敏に指示を出す。明らかに状況に慣れている。これが本職なのだ。

 ―――いや、恭輔だけではない。

 義純一人だけが状況から置き去りにされていた。

 その間にも車は速度を落とし、駐車場に入る。手前で一度停車し、それと同時に佑磨と桜羅がドアを開けて飛び出して行った。

「義純。ここからなら一人で帰れるよな?」

 一人だけ何も知らされず残されるのか!

「何だよそれ!?」

 一体何度この科白を兄に対しぶつけるのだろう。

 駐車スペースに車を完全に停車させると恭輔は義純に振り返って声を荒げた。

「身を守る術を持たないお前を戦闘に連れて行けるわけないだろうが!」

「端の方で見てるだけでいいんだ! 知りたいんだよ!」

「その時にもしまた倒れたらどうする!? そこを狙われたら!?」

「っ!」

 あり得ないとは言い切れなかった。

 それでも。

 ―――どうしてだろう。

 一人でいるときにはあれほど思い悩んでいたのに。

 兄を目の前にしたら。

 義純は車を降りる。

「行ったら。俺は勝手に追いかける」

 ―――追いつきたい。並びたい。肩を並べたい。対等でいたい。

 それは一歩を踏み出させる力。

 恭輔も車を降りた。

 互いに譲らない視線が交錯する。

「いいだろう」

 恭輔は佑磨と連絡を取って遅れた追跡を開始した。


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