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高群の異端者  作者: ゆき
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第十六話 夢の名前

 床の間の前に座すのは高群家当主。和服姿で凛と背筋を伸ばした座り姿は当主と呼ばれるに相応しい風格を漂わせていた。

 佑磨と恭輔はその前に正座して控える。ちょうど二人が当主に事の顛末を報告し終わったところだった。

「あの二人を本家から出したのは間違いだったか―――

 青路を出して今まで何も問題がなかった分楽観視が過ぎたな」

 当主の声には苦渋の響きがあった。

 それは独白だったのだろう。けれど問い掛けだとしても佑磨には答えることができなかった。

 二人というのは桜羅と結弦。

 彼らがこの本家で実の母親にどのような扱いを受けていたか、佑磨は知っている。

 彼らの母親は分家の出だった。尾憑きが生まれるのは本家のみで、術者も本家でしか生まれない。分家は異能の力を持たずただ常識の範囲内で頭脳や身体能力が秀でているだけで、佑磨に言わせれば美味しいとこどりである。

 彼女も尾憑きのことは承知していたはずだが、それでもいざ尾憑きの桜羅を産んでしまうと精神的に参ってしまった。次の子こそはと結弦を儲けてみれば、ただの尾憑きでさえない異端の尾憑き。

 根はいい人なのだろう。それが佑磨の印象だ。ただ、いい―――普通の人。普通に結婚して普通に子供を産んで普通に家族がやりたかった、普通の女の人。母親であろうと努力はしたようだが、それがかえってお互いに不幸だった。

 いっそ母親であることを放棄していた方がお互いの為だったかもしれない。

 尾の封印を解くことなど滅多にしないし、尋常ではない身体能力も二人とも制御できている。

 ―――それでも、駄目だった。

 狐の血が混ざっていると言われなければわかりはしない筈なのに、分かってしまうと受け入れられなくなる。理屈ではなく―――感情で無理だった。

 そして無理が祟った結果、彼らの母親は精神を壊し、母親失格と己を呪い、子供二人と心中を図ろうとした。けれど尾憑きの二人がやすやすと殺される訳はなく、その事件は未遂に終わる。

 それが今年の三月の終わりの事だった。春休みで二人が家にいることが多くなったことが切っ掛けだったのかもしれない。

 そこで一度距離を置こうということになり、精神的に不安定な母親の方を本家に残して子供達を本家から出したのである。

 本家はその敷地自体が狐の力を抑える結界の役目がある。そこから出る為の条件が性別を偽ることだった。あるべき流れとは逆の流れで力を抑え込む。尾憑きの名前が性別と逆であるのもこれと同種の封印だ。

 これが本家を出ている尾憑き達が性別を偽っている理由だった。

「義純に二人の性別の精神操作がかからないとは想定外でした」

 恭輔が答える。

 確かに精神操作さえかかっていれば義純も何も疑問に思わずこんな騒ぎにもつながらなかったはずだ。

 過去の記憶の封印がかかっているとはいえ、二重にかからない類の術ではない。

 一体どういうわけなのか。

「―――やはりあいつは―――」

 当主が呟いたその言葉に、佑磨は下がっていた視線を上げた。

 あいつはなんだというのだ。

 高群本家に生まれながら尾も狐の力さえも持たない異端者。あり得ない例外。

 しかし当主はそれ以上語ろうとはせず、代わりに別の事を告げた。

「佑磨」

「はい」

 名を呼ばれて応じる。叱責を受けるかと身構える。

「桜羅の尾の封印の術式にお前も参加しろ。

 それがこの一件に関するお前への罰だ」

「え、俺がですか!?」

 予想外の命令。

 尾の封印の術式には今までに加わったことがなかった。

 それにこれが罰になるというのか。術者にとって苦行になる術式ではなかったはずだ。

 苦行になるのはむしろ―――

「複数名で行う術式だ、経験に乏しいお前がいても滞りはなかろう。

 桜羅が望んだとはいえ封印を解いたのはお前だ。その結果を見届けろ」

「―――わかりました」

 尾憑きにとっては尾を生やし白化した姿が本来の姿だ。それを抑えつけようというのだから、どうしても体に負担がかかる。そう聞いている。

 その押さえつける側に加わって見届けろというのだから、なるほど確かに相応の罰だろう。

「今は社で術式の準備をしている。手伝いをして来い」

「御意に」

 それが退出の合図と受け取り、一礼して立ち上がる。

 小言も叱責もなく済むのなら幸いだ。当主の気が変わらないうちに足早に退室した。

 恭輔を残し廊下に出て襖を閉め、短く嘆息する。

 ―――息子に甘いのは親心か。

 高群家当主は恭輔と義純の父親なのだから。

 息子の身を案じる故に取った行動に、強く責めることができなかったのだろう。

 何度も黒狐の幽霊を取り逃がしていることに関しては、叱責の上日々の鍛練上乗せだったというのに。

 あれはこの前の金曜日に何としてもとっ捕まえて滅しておくべきだったとつくづく悔やまれる。まだ黒狐による悪行が続いているのにあの金曜以来姿を見つけられないのだからなおさらだ。

 義純に甘いというなら桜羅や結弦、燕路達もだと佑磨は思う。どうしてあそこまで義純に関わろうとするのかわからない。

 尾憑きにとってそれほど力を持たない一般人―――といっても高群の出だが―――と仲良くできるのが嬉しいのだろうか。

 釈然としないものを感じつつ、それでも佑磨は桜羅に自分も術式に加わることを伝えておこうと、律儀に桜羅の部屋に向かうのだった。


   ◆◆◆◆◆


 恭輔は翌朝になっても帰ってこなかった。

 義純は朝食を二人分作りかけたが、そこは意地で一人分にした。割り過ぎたベーコンエッグ用の卵を弁当の厚焼き卵用に使うことにする。

 学校についてみれば桜羅は欠席のようだった。尾の封印の術の為だろう。体育の授業もあったが佑磨まで休みだ。

 どうにも授業に身が入らない。陸上の結果もさらに自己最低記録を更新した。

 誰か―――誰か。

 誰か教えてくれ。

 何を忘れている?

 封じられているせいで自分で思い出すこともできない。

 そして自殺まで心配されるほどの記憶を取り戻すことが本当に正しいのかも分からなくなってしまった。

 冷静になったつもりで一晩考えても結論は出なかった。

 ―――あれほど知りたいと駆け回った事実なのに。

 まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。

 記憶を取り戻せばすっきりするはずだったのに、事実に近づくほど苦しくなってくるのは何故だろう。

 鬱々としたまま昼になった。

 今日は高群ファミリーの誰も来ない。そういえば一巡していた。

 どうしようかと考えていたら声をかけられたので、クラスの男子生徒の輪の中に入って食べる。

 はじめて桜羅以外のクラスメイトと食べることになるわけだが、どうにも気がふさいだままで会話が頭を上滑りした。彼女が休みで気になるのかと茶化されたがそれも適当に誤魔化してスルー。

 何事もなく最後の授業が終わって帰りのHRも終わった。

 靴に履き替えて校舎を出てだらだらと歩いて校門に向かう。

 その校門を出たところで。

「あの、都竹先輩」

 声をかけられ気だるげにそちらに視線を投げれば、驚いたことに結弦が立っていた。結弦は挨拶代わりに小さく笑ってみせる。

 ―――その晴れやかな空気。

 それだけで。

 義純の中の鬱々としていた靄まで晴らしてくれた。

 義純も軽く笑い返した。

 この前は自分から話しかけるなと言っていたはずだが。

「いいのか? 俺に話しかけて」

 結弦は苦笑いを浮かべてみせる。

「今日はお姉ちゃんお休みですから見つかりません」

「……意外に神経図太いんだな」

 すると気に障ったようでふいと視線をそらす。

「心配したんですよ。

 ―――昨日、あんなことがあったから」

「あ…………悪い。無神経だった」

 自分で口にしてから〝神経〟をかけたみたいで思わず小さく吹き出す。見れば結弦も笑っていた。

「駅まで遠回りして帰りませんか? 人目に付くのも困るので」

「お前が良ければ」

 そして二人は道をそれて歩き出した。

「桜羅は、その―――大丈夫なのか?」

「はい。封印の術式は無事終わったって連絡がありました。あれは体力を消耗するので今日は学校休んでますけど、きっともう回復してますよ」

「そうか、よかった。また礼を言っとかないとな」

「…あの………その。あのあの」

「どうした?」

 俯いてもじもじと結弦が何か聞きたそうにしているので、義純は先を促した。

 結弦は意を決したように義純を見上げて問う。

「白化した姿を見て、どう思いましたか? 怖くなかったですか?」

 そうだ、結弦も尾憑きなのだ。あの白く尾の生えた姿が本来の姿。

「なんだ、そんなことか。綺麗だって思ったぞ。触り心地よさそうだし、尻尾とかふわふわで気持ちよさそうだよな」

 褒めたつもりだった。褒めたはずだ。

 しかし結弦は項垂れる。

「尻尾ですか……」

「え……っと、悪い。俺何かまずいこと言ったか?」

 ぶるぶると首を左右に振る結弦。

「違うんです。わ――ボク……。ないんです。尻尾」

「え?」

 その言葉に驚く半面。

 結弦が異端とはそういうことか―――と納得してもいた。

「けど、白くはなると」

「はい。すいません、ふわふわの尻尾なくて」

 いや謝られても困るのだが。

「なんかボク―――ダメですね。中途半端でどちらの期待にも応えられないです」

「どちら?」

「お母さんはボクが尾憑きじゃないただの術者として生まれると期待してたんです。だってもう九人尾憑きが生まれていたから」

「尾憑きは九人って決まってるのか?」

 話の腰を折るようで恐縮だが、聞かなければ前提が分からない。

「あ、そうか。これも思い出せていないんですね。

 九尾の白狐が高群の祖先ですから。九尾だから一人一本憑いて最大九人です。九人出揃うことなんて今までなかったそうですけど」

「そうか―――」

 頭痛に気づかない振りをして義純は相槌を打つ。

 結弦の話を聞きつつ今日の晩御飯のメニューを考え意識を紛らわす。

 ―――聞かなければならない。

 自分の中の何かがそう強く強迫観念のように告げていた。

 その何かが思い出していいのかなどという気の迷いを吹き飛ばす。

 まるで暗示のように。

 結弦の話は続く。

「青路燕路の双子が二人で一本の尾を分けているそうなんですけど、それが分かったのはボクが白化する十人目として生まれたからですね。ボクが生まれる前までは、尾憑きが全員出揃ったって思われてたんです。

 それなのに白化した私が生まれて。

 お母さん、期待してたみたいなんですよ。やっと普通の子が産めるって、妊娠中から楽しみにしてたって。

 せめてこんな中途半端じゃなくてお姉ちゃんみたいに尾があればよかったんですけど。

 ―――尻尾は力の象徴であり源です。

 白化するのに象徴も源もないなんて。

 ―――どうして私には尾がないんだろう」

 辛そうに顔をゆがめる。

「お前は、尾がなくていいんだ」

 義純は気づけばそう口にしていた。優しく穏やかな声で。

 伸ばした手で結弦の頭に触れて撫でる。

 結弦が赤くなった顔を上げた。

「わわっ、ありがとうございます。そういってくれると励まされます」

 ―――今こいつに尾があったら盛大に振っていそうだな。

 こちらまで幸せになりそうなあの感じ。

 そんなことを酷い頭痛に耐えながら思う。

 もう少し。

 ―――これだけは。

 これだけは聞かなくては。

「あのあの、都竹先輩、もしかしてまだ無理してませんか?」

 気遣わしげに結弦が声をかける。

「いや……平気だから」

 押し隠したつもりでいたのだが。

 だがそれでも気づいてくれたことが少し嬉しくもあった。

「なあ―――結弦」

 その問を口にする。


「高群の祖先の名は?」


「九尾の白狐 (たかむら)と、その伴侶の人間 吉乃」


 ヨシノ―――吉乃。

 いつの間にか足が止まっていた。視界がぐらりと揺れて立っていられなくなり、背中を打ちつけるように民家の塀に凭れる。そのままずるずるとしゃがみこみ、堪えきれず最後には上半身も倒れた。

 ―――名を呼ぶ声が、遠く近く聞こえた。


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