第十三話 自らを殺す可能性
掃除当番を終え帰ろうと、佑磨は荷物を鞄に詰め込む。仕事の連絡でも来ているかとマナーモードのスマホを取り出して確認してみれば、何件も着信履歴が入っていた。全て恭輔からである。
今日は予定になかったが、急用の仕事だろうか。
思わず明日提出の数学の課題が頭をよぎったが、ここまでしつこく着信履歴を残されれば諦めた方がいいかもしれなかった。
教室を見回すとまだ生徒が何人も残っている。ここでかけなおすわけにはいかない。
人がいない場所―――と考えてすぐに出てきたのが屋上だった。
佑磨は鞄を持って教室を出ると屋上に向かった。
屋上に着いてみると予想通り誰もいなかった。無駄足にならずに済んだ。
フェンスに背を預け、鞄を足下において恭輔に電話をかける。
一回目の呼び出し音ですぐに出た。
「佑磨、義純を見なかったか!?」
その第一声。
通話終了ボタンを押さない為にかなりの自制心を要した。
「いきなりなんですか。切りますよ」
不機嫌に言葉を吐き捨てる。
これでも自制したのである。
「すまない切らないでくれ。
義純から電話があったんだが通話状態のまま何も言わない。何度呼びかけても反応がなかったんだ。
義純に何かあったんだよ!」
「落ち着いてくださいって。誤操作で電話かけただけかもしれないじゃないですか」
冷静に佑磨は指摘する。
「…あ、ああ―――。その可能性もあったのか」
まったくとんだ兄馬鹿だ。
次に仕事で会った時に文句の一つでも言わなければ。
しかしこれで通話終了にはならなかった。
「けどあいつは今高群について調べてる。それで記憶が戻って平常心を失った可能性もあるんだ」
「――――――――――」
「あいつ自身の為の記憶の封印なんだ、自力で解けるはずがないと油断してた。
もし思い出したら―――」
恭輔は告げた。
「自殺してもおかしくない」
「……な…………」
高群恭輔と高群義純。
彼らが本家を出ることになった一件を知らないわけではない。
だからその心配を笑い飛ばすことができなかった。
佑磨もまだ小学生だった為細かな事情は知らないが、その一件の中心が高群の異端者である義純であったことは察している。そしてその一件により兄弟は母親を亡くしたことも知っていた。
―――知っていたのに―――手を貸してしまった。思い出すことに協力してしまった。
ヒントを与えたのは佑磨だ。
背筋が凍った。
詳しい事情は知らない。義純が高群での記憶を無くしていることさえ知らなかったくらいだ。
だからといって気に食わないからという理由だけで義純の記憶を戻そうとしたことは、あまりにも軽率ではなかったのか。
―――消さなければいけないほどの記憶。
それがどれほどの重さかも考えずに。
「義純から電話があったのはいつです?」
「三十分ほど前だ」
「学校からかけた可能性が高いってわけですね。
わかりました。校内を捜します。サクやセイにも声をかけますから」
「頼む」
通話が切れる。
恭輔の早合点の可能性もまだ十分あるが、かといってそれに賭けて静観できるほど逆の目は穏やかではない。外したら取り返しがつかないのだ。
佑磨はふと気づいて屋上の端に目を走らせ鞄や靴が置いてないか確認し、それらが見つからず胸を撫で下ろす。
急がなければ四人が帰ってしまう。人探しの基本は人海戦術だ。連絡を取ろうと履歴から名前を辿っていたところでドアが開く音がした。
顔を上げると出てきたのは桜羅だった。
「もしかして恭輔さんから電話があった?」
「ああ。お前もか」
これで一人は確保できた。
佑磨は手短に桜羅に状況を説明する。
そして聞き終えた後。
桜羅は強い決意を秘めた面持ちで佑磨に告げた。
その口調に迷いや躊躇いはなく。
「私の封印を解いて」
「お前―――!!」
その一言で佑磨は桜羅のやろうとしていることを察する。
「あいつは異端だ。居場所を感知できるかわからないだろ!」
「けど自殺しようとしてるなら一刻を争うでしょ。この時間だと結弦や燕路達は帰ってるかもしれない。やってみなくてどうするの」
「どうするって、こんなところで封印を解いたらお前―――」
「分かってる。いいからやって」
こいつこんな強気な性格だったか―――?
「罰が佑磨に行かないよう本家によく言っておくから。
お願い―――義純を死なせたくない」
単純なその思い。
それくらいなら―――自分だって思ってる。
「俺も共犯だ」
むしろ義純に不用意にヒントを与えてしまったことを考えれば主犯ではないか。
佑磨は手を伸ばし、桜羅の頭に触れた。掌を額に押し付ける。
高群の術者が行う典型的な解呪の型。
「ありがとう、佑磨」
「例なんて言うな。
それに言っとくが尾憑きの解呪なんて使うのははじめてだからな。多少の反動は文句言うなよ」
解呪の手順を記憶から引っ張り出す。自らの施した安易な術なら詞なしで解けるが、これはそんな容易い術ではないし佑磨のかけた術でもない。
―――知識として持っていても許可なく使うな。
そういう術であり、尾憑きとはそういう存在。
緊張が走る。
だがそれで不安定になるような精神ではない。術者としてそれを律するよう訓練してきた。
「御ましますは―――」
第一声を紡ぐ。