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高群の異端者  作者: ゆき
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第十話 異端者は誰だ

「それで高群佑磨から聞いたヒントというのは?」

「高群の異端者を捜せ―――だってさ」

 ようやく話が本題に入る。

「異端―――例外か。

 俺が思いつく限りではまず、高群佑磨以外の四人は身体が弱く体育は常に見学、高群佑磨だけが運動部でもないのにやたらと運動ができる」

「四人も!?」

 性別を偽っているのを隠すためだけではないはずだ。桜羅は去年から体育を見学していたし、燕路は偽っていないのに見学している。

 けれど本当に病弱だとしても妙だった。

「変な話だな。五人中四人も病弱なら血筋からくるもので、佑磨は運動できても苦手、くらいが自然だろうに」

「高群佑磨だけは何らかの因子が発症しなかったのかもしれないが、確かに何か特殊な要因があるだろうな。

 けれどこれくらい、少し噂に強い者なら誰でも知っているぞ。わざわざヒントにするとは思えん。この原因を追究しろということかもしれないが、それならヒントがもっと別の文言になるだろう。

 身体の性別と名前の性別が一致するのも高群佑磨だけだが、これも都竹には簡単すぎる。

 ―――両方とも高群佑磨だ。となると性別と逆の名前を付けるのは願掛けのようなものかもな。昔ヨーロッパの貴族で男児ばかりが幼くして亡くなる為、女の名前をつけたという話もある。

 学業優秀なのは五人が五人ともで例外はない。

 他は―――」

 京極はしばらく考え込んでいたが、頭を横に振った。

「駄目だ。他にもいくつか例外の候補は挙げられるが、どうにもぴんとこない。

 わざわざ異端というからにはマイナスのイメージで例外のはずだ。一人だけ何かに劣る、何かができない。あるいは何かができてしまう。

 けれどそういったニュアンスに当てはまる例外が出てこない」

「そうか…」

 義純はがくりと肩を落とす。

 だが京極は友を落胆させて終わる男ではなかった。

「俺の情報源は噂だけだ。

 だからそれ以外の、もっとマニアックなところから情報を得るんだ」

「どういうことだ?」

「文芸部には高群ファミリーの記録本があるという噂がある。噂でしかないのは文芸部がその存在を否定するからだが、その内容がプライバシー保護に反するレベルのもので公然とできないからだと言われている。

 当たってみる価値はあるのではないか?」

「本当最高だよお前は!」

 義純は京極の肩をばしばしと叩いて褒め称えた。

「文芸部ならこの文化棟に入っているぞ。確か三階だ」

「ありがと!」

 すぐに身体を翻して入り口に向かって走り出す。入り口でばたばたと靴からスリッパに履き替え、走りにくいスリッパで滑りそうになりつつ三階まで辿り着き、ドアのプレートを頼りに文芸部の部室を探す。

 三つ目で見つかった。お座なりなノックと同時にドアノブを回し―――回らない。ドアに取り付けられたガラス窓をのぞけば中には誰もいない。

 今日は活動日ではないようだった。

 脱力してへたり込みそうになったところで、ドアの横に貼られたビラが目に付く。

 漫画絵付の文芸部員勧誘のビラだ。そこには「活動日 水・金」と書かれていた。

 今日は月曜日。次の活動は明日ですらなく明後日。

「もっと熱心に活動しろよ!」

 帰宅部員が抗議の声を上げた。


 部屋のドアをノックして声をかける。

「結弦、起きてるか?」

 寝てるのだろうか。返事がすぐには帰ってこない。

帰宅して制服から着替えた桜羅はズボンにトレーナーというラフな格好だ。トレーナーのプリントのデザインはレディースではなくメンズ向き。

 桜羅は妹の部屋の前でどうするかしばし悩んだ。

 中にいるような気配、微かな物音はするのだが―――

「起きてるよ。お帰り、お兄ちゃん」

「ただいま」

 ひょっとしたら起こしてしまったのだろうか。

 桜羅はそう返しながら部屋のドアを開けて中に入った。

 ―――部屋が冷え切っている。

 四月の初めにこの家に越してくるときに、前の部屋から持ってくるものをかなり絞ったので仕方ないとはいえ―――以前のいかにも少女らしい部屋を見慣れている桜羅にしてみれば、随分と寂しく殺風景な部屋に映る。

 だがそういった心象ではなく、物理的にこの部屋は冷え切っていた。

「寝込んでるのに窓開けるなよ、寒いだろ」

 桜羅は呆れて言いながら、窓際に移動して窓を閉める。

「ごめん、空気の入れ替えしてて……。ほら、その方が身体に良いっていうし…」

 一体何分入れ替えをするつもりだったのか。

 ベッドで上半身を起こす結弦は気まずそうに言い訳をした。

 その言い訳に桜羅は小さく息を吐く。

「程度によるだろ。寒いことが身体に良いわけない」

「うん、わかった。気を付ける」

「身体は―――もう大丈夫なのか?」

 そう訊ねながら小さな疑問が頭を過ぎる。朝はパジャマのまま寝ていたはずなのだが、今は普段着に着替えているのだ。寝心地が悪そうだが、汗を掻いて着替えたのだろうか。

「うん、もうだいぶ良くなったよ。明日には学校行けると思う」

「そうか、それはよかった。けど無理はするなよ」

「うん!」

 結弦は笑って了承する。そして上目づかいに懇願の眼差しで桜羅を見上げると、

「明日も―――ヨシ先輩とはお昼一緒に食べちゃ駄目?」

「結弦」

 叱るように名を呼ぶと触れる程度に頭を小突く。

「お前も分かってるだろ」

「―――ごめん。もう言わない」

「いい子だ」

 軽く握っていた手を広げて頭を撫でる。

 ―――まったくどうしてここまで義純に惹かれるんだか。

 人に非ざる自分達が恋愛などできるはずがないと、結弦だってわかっているだろうに。

 わりと自分のことを棚上げで桜羅は思う。

「夕飯までまだ時間があるから、それまでちゃんと暖かくして寝てろよ」

 桜羅は結弦をベッドに寝かしつけると布団を肩までかけてやり、おやすみと告げて部屋を出た。

 そしてふと疑念が頭を掠める。

 ―――結弦は窓から家の外に出ていたのではないか?

 思い返せば結弦の服や髪が寝起きのように乱れて見えなかった気がしてくる。布団も冷たくはなかったか?

 ―――まさか。

 突飛な推測だ。

 大人しく寝ていなかったのを叱られると思って急いで布団に入ったのかもしれないし、わざわざ窓から外に出る理由がない。

 と、ズボンのポケットに入れたスマホが鳴った。出してみると佑磨からの着信である。

 桜羅はそれ以上考えるのをやめ、電話に出つつ何か小腹に入れようと一階に続く階段を下りた。

 この日連続不審火が立て続けに二件発生したことを知るのは、夜のニュース番組を見てからの事だった。


 夜。夕飯の片づけを終えた後で自室に戻り、義純はスマホを手に取った。ベッドに座って壁にもたれる。

 通話モードにして呼び出すのは高群桜羅の名前。

 しばらくしてからようやく桜羅が出た。

『はい、もしもし』

「桜羅か? 都竹だ。ちょっと言っておきたいことがあってさ」

『―――また別れ話?』

「俺の電話の要件はそれしかないのか!? あのときは悪かったよ」

『でも聞いたんだろ? 俺が男だって。佑磨から話は聞いてる』

 俺―――

 それは中性的でもない男言葉の喋りだった。声も学校では意識的に上げていたのだろう、今はそれより低い。

 本当に男だったんだな―――と痛感する。

『電話に出る前に悩んだんだ。制服に着替えるべきかってね。あの制服を着ている間は俺じゃなくて私だから』

「なら着替えなくて正解だったな、二度手間になるところだった。

 俺はお前が男だって知ってる、それが言っておきたいことだ。

 ―――それと本当の桜羅と話してみたかった」

『―――なんだよ、俺が男言葉で話してるのが聞きたかったのか?』

「素直に受け取れよ」

『わざと曲解してあげたんだ。

 本当の俺は―――知らない方がいい』

 義純にはそれは知って欲しいと聞こえた。

 本気で知って欲しくないのなら、そんな辛そうな声で忠告するはずないではないか。

「いいのか? 仮にも恋人の俺にその科白」

『実際仮、っていうか偽の名目だけの恋人だろ! しかも男同士! ってあー、口にすると別れたくなってきた』

 別れ話を取り消すために三十分で乗り込んできた人物と同一には思えない科白である。

 男の時と女の時とでは思考が違ってくるのかもしれない。

「別れていいのか?」

『…意外に意地が悪いのな。

 結弦のこともあるし―――女が男のフリするより男が女のフリする方がずっとキツい。女が男っぽい服着ることはありでも、男が女っぽい服着ちゃ女装で気持ち悪い、だもんな。

 何も教えずにこっちだけ頼むのはずるいってわかってるけど―――

 つきあってるフリしてくれたら助かる』

 女の時のあの強引さはどうしたと、義純は笑いを噛み殺す。

 答えは無論決まっていた。既に一度、同じ問いに答えているのだから。

「オーケーだ」


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