屋上の戯言
ファンタジーに分類しましたが、『逝く』等の『死』関連の単語が乱出します。この時点で嫌悪感を持った方はあまり読むことをオススメしません。
彼が屋上に立ってから彼是数十分は経過しているだろう。
夕方の風が彼の髪を撫でるが彼は全くそれを気にしていない。ずっとココではない何処かを見ているようだ。
「何時迄そうやってる気?アキ君」
彼しか居ないという空間と沈黙を壊して一人の少年が文字通り突然現れた。アキと呼ばれた彼は少年の方に向き直る。
「誰?ココの生徒…じゃ無いよね」
この少年が生徒でないことはあからさまに分かる。
彼のような橙の髪、しかも赤のメッシュなんかしていたら間違いなく生徒指導課行きだ。
いぶかしむアキに向かって少年は少し意地悪そうに笑った。
「死神サマ 崇めろ」
「誰が崇めるのさ …でも意外だ 死神って全身黒だと思ってたのに」
「あぁコレ?地毛 しかもこれのせいで二つ名に『橙』が付いてる… 因みに担当は飛び降り死」
死神はどうでも良さそうに髪を弄りながら言った。
その髪に夕陽が当たってとても綺麗だとアキは思ったが口には出さなかった。多分死神は自分の髪のことを気にしている。それも物凄く。
「へぇ飛び降り 今の状況にぴったりだ」
「だから逝くなり生き直すなり早くして 後がつっかえてる」
「忙しいんだ?」
「日本の年間自殺者数は交通事故死者数の3倍以上 忙しくて当然」
仰々しくため息を吐いてから死神は何かを考え出した。恐らく次の予定を思い出しているのだろう、眉間にしわが寄っている。
「大変だね ……僕はもう疲れたんだ …なのに皆判ってくれない」
アキが誰に言うでも無く呟いたのだが、自分の考えに没頭していると思っていた死神がアキの呟きに答えた。
「じゃあ逝け」
「ここは普通止めない?」
「ボクは死神だ」
「…」
死神はもう一度ため息を吐いた。
「何を突然言い出すかと思ったら自殺理由か 他人に判って貰えるとアキ君は思ったの? 皆自分の事で手一杯で他人の事まで面倒見れる訳無いだろ それが嫌って言われてもボクにはどうする術も無い ボクが出来るのは死神業だけだ」
太陽が殆ど地に落ちてあたりが暗くなってきたが、死神の髪の色だけは橙の存在を見せ付けているかのように明るいままだ。
死神に説教されるなんて意外だ。そう思いながらアキは暗い空を見上げた。
「…そうか …ねぇ極楽って本当にあるの?」
「へ?宗教的だな なんで?」
「そこに逝けたらなぁって思っただけ」
「…」
アキの質問には答えないで死神は少し俯いた。
否定と捉えてもおかしくは無いだろう。アキはそうした。
「違うんだ 残念 …まぁ自殺する人が極楽なんて逝けないか」
「…上に掛合ってやる 無理かもしれないけど」
「え?」
俯いたままだった死神は顔を上げて真っ直ぐアキの顔を見た。
「自分の目で見てみろ」
暫らくは死神の言った事をアキは理解できなかった。
しかし理解した時彼は満足そうな顔になった。
「ありがと じゃぁよろしく」
「…ここに未練無い?」
死神はここで初めて―恐らく最後になるだろう引き留めとも取れる言葉を口にした。
アキは死神に対して初めてニッコリ笑って言った。
「うん 言っただろ?僕は疲れたんだ―」
最後の方の言葉は殆ど死神の耳に届かなかった。アキの体と共に地面へ落ちて―
つぶれた。
すっかり暗くなった屋上には橙の髪をなびかせた死神が一人佇んでいる。
「…お疲れ『橙の戯言師』」
言葉と共にもう一人の人間が文字通り現れた。上から下まで黒一色。アキのイメージと同じ風体の死神だ。
「やっぱり見てたの『黒の寡黙者』 気配がするなっては思ってたけど」
橙の戯言師と呼ばれた死神は黒の寡黙者に笑いかけた。
その時下に落ちたアキの躯から微妙に歪な球体がふわりと出てきて、橙の戯言師のところまで浮かび上がってきた。彼はそれを両手で大事そうに包み込んだ。
それを見て黒の寡黙者は少し眉間にしわを寄せて言った。
「こいつ何回か未遂起こしてたみたいだな」
「前任者ウダウダし過ぎ 見てみろよ魂無駄に磨減ってる」
「…しかし流石だな 上に掛合うって辺りの戯言」
半ば呆れた様に言った黒の寡黙者に対して、橙の戯言師は彼のほうを見ずにふふんと笑った。
「極楽ってのはこの現世の事だしね 死んだら何も無い」
「上手い事逝かせたな」
「まぁね 戯言並べ立てて出来る限り気分良く逝かしてやるのがボクのやり方だ」
心地よい戯言は辛辣な真実のように人の魂を傷つけることはない。そして戯言を並べた本人の魂も。
黒の寡黙者は得心し、小さくため息を吐いた。
「…さて俺も行くか 早くしないと次の休憩が取れない」
「休憩が無いのは仕方ないだろ 人が存在する限りボク等死神は存在するんだから」
二人が屋上を後にする時、橙の戯言師は思い出したように地面にあるアキの体と自分が持っているアキの魂に言った。
「お疲れサマ」
その夜風は啼き続けた。アキの死を悼む様に。
最後まで読んでいただきありがとうございます。色と二つ名を考えるのは大変です。けれども楽しいのが不思議な所。