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第二夜 物語り師と宝石商

 翌日少し遅く起床したアティーヤは、市へと繰り出した。それから日が高くなるまで、アティーヤは目まぐるしく動いた。

 フェルカンドの次は、南の少数民族の集落を訪れる予定だ。そこの長はアティーヤの父と旧知の仲で、もうすぐその娘が結婚するらしい。その婚礼のための装飾品を売りに行くのだ。族長の娘のための宝石であるから、それに似合った宝石を目利きせねばならない。

 また、それ以外にも街や集落を回る予定だ。午前中、そのための品物をいくつか買い付けた。

 しかし、宝石を目利きしている時でも、頭の片隅にあったのはあの少女と少女の語る物語だった。

 こんなに夜が待ち遠しい気持ちになるのは初めてだった。

「……ライルはどうしているんだろうか」

 買い付けは一区切りついたので、アティーヤは彼女の様子を見に一度隊商宿に戻った。

 隊商が到着した時は賑わう宿も、今は静かなものだ。アティーヤは自分の部屋には立ち寄らず、直接元使用人部屋に向かった。

 戸を叩いて声をかけると、部屋の中からライルが顔を覗かせた。

「……どうぞ」

 彼女はアティーヤを部屋に招き入れた。その声は、昨日よりも明るく思える。

「体の調子はどうだ?」

「はい。大丈夫です」

 普段の彼女は、語り部としての彼女とは別人のようだった。その言葉には、昨夜の語りのような、聞く者を圧倒する気迫はない。しかし顔つきは昨日よりずっと朗らかだ。

 まるで萎びた花に水をやったときみたいだ、とアティーヤは思う。

 彼女は、物語り師は生きた証を刻みつけるために語るのだと言った。しかし彼女を見ていると、むしろ物語そのものが彼女に活力を与えているようだった。語ることを通して、亡き姉と向き合っているようにも見えた。

「昨日はあの後ぐっすり眠れたか? 食欲はあるか?」

「……えっと」

 ライルは言葉を濁して、視線を自分の横に少し移した。その先にあったのは昨日アティーヤが渡した胡桃の菓子の包み紙。中身はなかった。

「食べてくれたのか。……でも、一人で全部食べてしまったのか? 結構たくさんあったように思うが」

「え、えっと、あの、」

 ライルがそう言葉をよどませたので、アティーヤは慌てて付け足す。

「いや、別に気にしなくていい。というか、助けた時君を抱きかかえて思ったんだが、君は痩せているからもう少し食べたほうが……」

 しかし、それは逆効果だった。

 ライルの顔はみるみるうちに紅潮していった。

「あ……、ぅ……」

 わなわなと震えながら、ライルは口を開けたり閉じたりして言葉にならない声を漏らす。

「……どうかした――」

 のか、と続ける前に。

「出ていってください」

「え?」

「わたし、家族でもない男性を一人部屋に招きいれるような女じゃありません!」

 そう言うとライルはアティーヤを部屋から追い出し、戸をぴしゃりと閉めてしまった。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 別にいきなり追い出すことはないだろう! 何に怒ってるんだ?」

「怒ってなんてないです!」

 ライルは怒りに満ちた声で言った。

「抱きかかえただとか何だとか……挙句のはてには体型のことまで! わたし、男性にそんな無神経なこと言われたのって初めてです!」

  女児は年頃になると、家族以外の男とはほとんど接することもなくなるものだ。それを考えれば、ライルの反応も別に過剰ではないのかもしれない。しかし。

「抱き上げたのは君を助けるためだ。そんなふうに言わなくてもいいだろう」

「それはそうですが……わざわざ口に出していうことは……アティーヤさんこそ、そんなふうに言わなくてもいいんじゃないですか」

「……恥ずかしかったのか?」

「だから! なんで、わざわざ言うんですか!」

 どんどんと戸を叩いて、ライルは苦情を訴える。再び開いてくれる様子はない。

 アティーヤは、ははっと笑って戸にもたれかかった。

「……少しは心を開いてくれたかと思ったが、そう上手くはいかないらしい」

「それはアティーヤさんも同じじゃないですか。アティーヤさんもわたしに隠し事、してますよね? ……わたしのこと、子供だと思っているんですか? だから話してくれないんですか」

「……歳はいくつなんだ?」

「十六です」

 小柄な体格のせいだろう、アティーヤが思っていた年齢より年上だった。

 アティーヤは二十三歳なので、七歳差だ。

「子供、というよりは妹だな……」

「わたしのお義兄様はアティーヤさんみたいな意地悪は言いませんでした」

「……そうか。俺では君の家族の代わりにはなれないらしい」

 アティーヤは戸に体を預けるようにしながら、力なく言った。

 アティーヤにも、家族はない。ライルの昨夜聞いた父の話と彼の口ぶりからそれを察した。

「……アティーヤさん。わたし――」

 彼女は戸の向こう側で、意を決したかのように続ける。

「わたし、バドル・アル・ドュジャーの物語を語ります。必ず、最後まで。何があっても。だからアティーヤさんも聞かせてください。アティーヤさんとその宝石のお話を。アティーヤさんがバドル・アル・ドュジャーを探すのには、昨日の夜話してくれたのよりももっと大きな理由がある……そうでしょう?」

 言葉の尻は疑問の形になっていたが、彼女には迷いなど無かった。アティーヤは何も言っていないというのに、彼女の中ではそれはもう確信になっているらしい。ティーヤは直感する。もはや何を言っても否定できない、と。

「それを聞いてどうするんだ?」

「わたしもバドル・アル・ドュジャーにまつわるお話をもっと知りたいんです。アティーヤさんが魔石を求めるのと同じように」

 姉の遺志を継ぎたい。ライルのその想いに、アティーヤが共感しないはずが無かった。彼もまた、父の遺志を継いで宝石商となったのだから。

「……分かった」

 観念したアティーヤは廊下に座り込んだ。そして身を預けるようにして戸にもたれかかる。

やはりライルの部屋の扉は開かない。この戸が開くのはきっと自分が心を開いたときだ、とアティーヤは思った。そのときにライルもこの扉を開いてくれる、と。

薄い一枚の木の板が、今はとても分厚く感じる。

「お前のように上手くは語れないが……聞いてくれるか?」

 戸の向こうで、ライルが頷くのが分かった。




「昨日も言った通り、俺の父親は宝石商だった。王都に店を構えていて、国王様のご子息に贔屓にされる宝石商だった」

「……それじゃあ、すごく裕福な家で育ったんですね」

 ライルは少し意外そうだった。一人で旅をするアティーヤのことを、豊かだと思わなかったのだろう。

「いいや、そうでもないよ。贔屓といっても、何人もいるお気に入りの商人の一人というだけさ。だから何とかして王子様に気に入られようと、父はいつも必死だった。ちょうどその頃の国王様は、世界中の美術品や装飾品を収集することがご趣味だった。次期国王候補の王子は二人。一人はもちろん、父を贔屓にしていた王子だ。もう一人はその弟。二人とも自分こそ次の国王になろうと、父親の機嫌をとるのに必死だった。そしてそれぞれの王子を取り巻く商人達も、なんとか王様のおめがねにかなう品物を見つけようと必死だったよ。そんな折、父は見つけた――伝説の石を。それが――」

「バドル・アル・ドュジャー……」

 ライルの声は震えていた。その名を胸に噛みしめ、アティーヤは続ける。

「――その頃、俺はまだ幼かった。だから父がそれをどこで手に入れたかは分からない。でもその時のことはよく覚えてるよ。その日父は、夜が更けてから帰って来た。一つの宝石箱を抱えて。たまたま目を覚ました俺に、父は言った。『アティーヤ。この中に入っているのは強大な力を持つ伝説の魔石だ。愚か者が近づけば厄災が降りかかると言われている。迂闊に触ってはいけないよ。きっと良くないことがおこるから……』――俺は一度納得して、寝床についた。でもどうしても寝付けなかった。……伝説の宝石のことが気になってしまったんだ。どうしても我慢できなくなった俺は、寝床を抜け出した。そしてその宝石箱に手をかけた――」

 そこでアティーヤは言葉を区切った。

 彼は今胸の内で宿敵と対峙していた。月の如く輝く、宿敵と。

「……そこにあったのは?」

「今まで見たことないくらい素晴らしい宝石が、そこにあったよ。拳ほどの大きさのあるそれは、月光を受けて煌いていた。……俺は今までないくらい胸が躍ったよ。素敵な秘密を独り占めしたようなそんな気持ちになった。その日はそのまま気持ちで眠りについた。――でも、俺が穏やかな気持ちで眠ったのはそれで最後だったよ」

「え……?」

「――次の日の夜、父は死んだ。父も、母も、妹も。祖父母も。殺されたんだ」

 ライルは思わず息を呑んだ。何かを言おうとしたようだったが、今は話を聞くべきだと思ったのだろう。何も言わずにアティーヤの言葉を待った。

「夜更けに闇のように黒い装束を身に纏った男達が家に押し入ってきたんだ。それで、家族を――」

「……もういいです」

 耐え切れず、ライルはそう言った。

「いいんです。アティーヤさんが辛いことは語らなくても。……分かりますから」

 ライルには分かったのだ。家族を失ったまさにその時のことの詳細を語るのは、アティーヤにとっていかに苦しいことであるか。アティーヤは苦しいなどとは一言も言わないし、そんな素振りも見せていないつもりだった。しかし言葉にせずとも、彼女はアティーヤの語調からすべてを読み取っていた。

「……悪いな」

 アティーヤは少し情けなくなった。昨日、物怖じ一つせずに物語を紡いだライルに対して、自分はどうだろう。聞き手の少女に、気を遣わせてしまうなんて。

「うんん。続けられるところから、続けて」

「……俺は寝台の下に隠れていて命をとりとめたが、すべてを失った。家族も。財産も。あの月の宝石も無くなっていた。なんとか親戚の家で世話になって命は繋ぐことは出来た。でもその日以来、俺が穏やかな気持ちで眠ったことは一度もなかったよ。大切なものを奪われた悲しみ――そして強い怒りに、俺の胸は爆発しそうだった。そして何より自分を憎んだ。あの日、父の言いつけを破ってあの石に触れたから――だから家族に災いが降りかかったんじゃないかって。そう何度も後悔した。成長して、俺は家族を襲ったのは弟王子のさしがねだったことを分かった。それを知った時には、その王子は国王になっていた。俺は確信した。彼は伝説の宝石の力で王になったんだ、と――」

「じゃあ、バドル・アル・ドュジャーは今……!」

 アティーヤは首を横に振った。

「成人した俺は、あらゆる手を使って、あの宝石や、王のことを調べた。――憎しみは強い復讐の心になっていた。それだけが、俺が生きていくための道しるべだったんだ。だが、その王子――いや、王の手の内にも、その父の元にも伝説の宝石は無いらしいんだ。それで俺は、その石を使って復讐を成し遂げることを思いついた」

 アティーヤは腰の剣に視線を落としながら、更に続ける。

「家族を殺したものを、自分の手で殺してやろう……そう思って、剣の腕を磨いたこともあったよ。しかし俺は気が付いた。いくら強くなったところで、相手は遥か遠くの人。俺の刃なんて、いくらがんばっても届かないような人だ。それに俺は戦士じゃない。宝石商人の息子だ。敵討ちには剣の力じゃなくて、宝石を使う――バドル・アル・ドュジャーの力を」

 アティーヤは誰よりも石の力を信じていた。理屈ではない。あの夜見たバドル・アル・ドュジャーの輝きは、アティーヤに有無を言わせずそれを悟らせた。

「俺は勝ちたいんだ。家族を奪った者に。月の輝石の強大な力に。そのためにはまず、バドル・アル・ドュジャーに辿りつかなくてはいけない。だから、ライル。お前に――」

そのときいきなり戸が開いた。戸に身を預けていたアティーヤは、そのまま倒れて頭を床に打った。

 衝撃に思わず目を瞑る。次に目を開けるとそこにあったのは、こちらを見下ろすライルの顔。

「わたし、語ります。喉が嗄れても、体が動かなくなっても……けっして語るのを止めません。物語を語り続けます。アティーヤさんのために。そしてわたしはわたしの物語を紡ぎだすために」

 少女は優しい目でこちらを見ていた。

 復讐に身をやつす彼を非難することなどせず、ただアティーヤの心に寄り添うかのように。アティーヤは起き上がるのも忘れて、彼女に見とれた。輝く黒い瞳に。物語を紡ぎだす小さな唇に。

彼女を見ていると不思議な気持ちが湧き上がってきた。しかし、彼はその気持ちをなんというべきなのか分からない。

そんな彼を包み込むように、ライルは穏やかな声で言った。

「だから、アティーヤさんも紡いでください。宝石商アティーヤの物語を――」

 アティーヤは長い悪夢から、醒めたような気持ちだった。




「ファジュルが目を覚ましたのは、もう日が高くなった頃でございました」

 また日は沈み、昨日の物語の続きが始まった。

 昨夜と同じように、彼女は物怖じ一つせず語り始める。しかし、昨日と違うことがあった。

 それは物語の聞き手。アティーヤと女将達の他に、近所の女子供十人以上が宿屋の一室に集まっていた。砂漠のように娯楽のない場所では、噂話はうってつけの楽しみだ。至上の語り部の噂はあっという間に広がったらしい。

 周りが女子供ばかりなのでアティーヤは少し居心地が悪かったが、そう思ったのは最初だけだった。

「傍らには、あの娘が立っておりました――」

 物語が始まれば、皆一様にそれに引き込まれていった。


 *


イマルは微笑みながら立っていました。その微笑からは、目の前の娘が男の首筋に噛み付いたあの化け物だとは思えません。ファジュルは自分が見たのはうつつではなく、夢の中の出来事だと考えました。「きっと神の教えを背いて飲酒をした報いに違いない」ファジュルは心の中でそう言い、納得しました。

 イマルはゆっくり体を休めるように言い、ファジュルは喜んでそれに従いました。太陽が昇りきり、また傾き始めるまで、イマルとともに日陰で寝そべって他愛もない会話を交わしたりしました。やがて、ファジュルの腹がまた減ってきたのに気がついて、イマルは食事の準備をすることにしました。

「わたしは食事の準備に取りかかりますが、あなた様はここで待っていてくださいね。勝手にどこかに行ってしまってはいやですよ」

「もちろんですよ」

 ファジュルは快くそう言ったものの、一人でいるとどうしても昨夜の夢のことが気になってしまいます。果たして自分が見たのは、夢か現実か? 気になってじっとしていることもできません。ついにファジュルはイマルの言葉を無視して、昨夜の神殿を探すために屋敷を抜け出しました。人のいない街を、昨夜歩いた道を思い出しながらさ迷います。少し足が疲れてきた頃、ファジュルは昨日の神殿を見つけました。もしかしたら昨夜みたのは夢ではなかったのかもしれぬ、という嫌な予感がファジュルの頭を過ぎります。しかし湧き上がる好奇心を抑えきれず、薄暗い神殿の中へ歩を進めます。神殿の中はやはり細い一本道が続きました。それを抜けたその先にあったのは、あの大きな宝玉。そしてあのおぞましい異教徒の偶像でございます。

「嗚呼、なんてことだ! 悪い夢であったなら良かったのに」

 日の明かりのため、神殿の内側の様子が詳しく見てとれました。壁や床が細密な装飾が施されております。しかし、それらは遠い昔に作られたようでございました。異教の神への信仰が、いかに古くから続いているかを示しているかのようです。ファジュルが周りを見回しておりますと、像の裏側に何か白いものがあるのに気付きました。恐る恐る近づいてみることにします。そこにあったのは、なんと、骸骨! 朽ち果てた亡骸が横たわっていたのです!  しかも屍は一体ではありません。いくつも骸骨が積み重ねられています。

「まさか! 男が喰われたのも夢ではなかったというのか!」

 ファジュルはやっと、自分が知っていけないことを知ってしまったことを理解しました。足は震え、鼓動が速くなります。一刻も早くこの街を去らねばならぬと思った、まさにその時でございます!

「見つけてしまったのですね……」

 ファジュルの背後に、物憂いげな顔のイマルが佇んでおりました。ファジュルの恐怖は、頂点に達します。

「まさか、あなたが異教の邪神を信じる人食い鬼だったなんて!」

「邪神? あなた様がなぜそんなことをおっしゃるのか、わたしには分かりません。アクラブの神はわたし達に力を与えてくださったのです。我々は元々国を追われてさ迷う、流浪の民でした。しかしアクラブの神は我らをこの地に導きました。そしてその偉大な秘術は、わたし達に人が及ばざるほどの力を与えたのです。幾度日が昇り月が巡ろうとも我らが肉体は老いることなく瑞々しいままでございます。アクラブの神は我々を死の恐怖から救ったのでございます。ご覧ください! この高妙なる光を放つ宝玉を! これはアクラブの神のはらわたより出てきた石であると伝えられております。そしてこの対をなす像は、神の御姿をかたどったものなのでございます!」

 異教の神に心酔しきっているイマルは、己の所業――もちろん、人食いや偶像崇拝のことでございます――を恥じる様子すらありません。

「異教の神の秘術の代償として、人食いなどという悪行に手を染めているっていうのか!」

「あなた様なら、我々のことを分かってくださると思っていたのですが」

 イマルが心から残念そうにそう言ったので、ファジュルは叫びました。

「あなたは自分がどれほど罪深いか分かっていないんだ!」

 すると彼女はいっそう表情を曇らせます。

「あなたもそうおっしゃるのね。かつてこの街を訪ねた青年もまったく同じことを言いました」

 ファジュルは恐怖に任せて、叫びました。

「その青年を、あなたは喰ってしまったのか! そしてわたくしも喰ってしまうつもりなのだ!」

「それはどちらも違いますわ。わたしがあなたを食べるなんてそんなことできるはずがないのです。わたしはその青年と一夜を過ごし、子を孕みました。その子は青年に育てられましたが、再び街へやってきたのです。その子とは、他でもないあなた。どうしてあなたを喰うことなどできましょう。たった一人の我が子なのですから!」

 青年はその言葉が意味するところを、すぐに理解することはできませんでした。ですがしばらく経って、自分が何者であるか、やっと分かり始めました。そして初めてイマルと出会ったとき、彼女が言った言葉の意味も。

「あなたは人の子ですか。それとも妖魔の類でしょうか」

 ファジュルの問いに彼女は、「あなたはどうなのですか」と問い返しました。ファジュルは迷うことなく、自らは人の子であると言いましたが、それは誤りだったのです。ファジュルの正体は、化け物と人から産まれた混血児。純粋な人間ではなかったのです。そのことに気がついたファジュルは怒りと恥辱に震えました。それも当然です。自分がその気を持っていた人は化け物で、しかも母親だったのですから!

 何も言わずにこちらを見るイマルを残し、ファジュルは神殿を飛び出しました


 *


 そこでライルは語るのを止めた。今日の分の物語はここまでらしい。

 物語の展開に、聞く者は皆、息をするのも忘れそうになっていた。アティーヤも例外ではない。物語の登場人物であるファジュルの身を本気で案じていた。人と化け物の子である彼は、これからどんな道を歩むのか――

 物語の終わりを惜しむ声にもライルは、「また明日」とだけ答えた。



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