猫とおばあちゃん
ぼくは猫のシロ。
ぼくの家には、お父さんとお母さん、そしておばあちゃんが住んでる。
毛が真っ白だからシロなんだよ、と何度も話すのはおばあちゃんだ。
おばあちゃんは最近ちょっと元気がない。
お父さんとお母さんが、夜中に「にんちしょう」になった、と話していた。
新しい名前のカリカリかな? とも思ったけど、どうも違うみたいだ。
ぼくがこの家にやってきてから、暑いのと寒いのがもう五回くらい繰り返した。
お母さんが言うには、ぼくは『ごさい』になったらしい。『ごさい』が何なのかはよくわからない。
その前は『よんさい』で、次は『ろくさい』とか話しているけど、変わる割にはみんながぼくをシロと呼ぶのは変わらない。
「シロ、おいで。ブラッシングしようね?」
おばあちゃんは、最近ぼくを何度もブラッシングしようとする。
お父さんとお母さんのブラッシングは気持ちいいけど、おばあちゃんのはちょっと雑だ。
同じところばっかりゴシゴシするから、ときどき痛い。
今朝だってブラッシングしたのに、またブラシを持ってぼくを追いかけてくる。
「あらあら、ご機嫌悪いのかしら」
最近のおばあちゃんの話し方はゆっくりだ。
お父さんとお母さんがお外に行くときには、必ずぼくに
『お仕事行ってくるからな。おばあちゃんと一緒にお留守番しとくんだぞ。おばあちゃんを頼むな、どっか行ったりしないように見張っといてくれよ』
と言って出かける。
お外は寒くて怖いのに、何しに行くんだろう。
明るくなって少ししたら出かけて、暗くなってから帰ってくる。そして必ず
『いい子だったか?』
と聞いてくる。
いい子にしてたに決まってる。だってぼくだもの、ぼくはいい子なのだ。
ぼくはいい子だから、窓の近くのあったかい、明るい陽向は全部ぼくのものだ。
いつもの場所で寝転がっていると、おばあちゃんが呼んでるような声がする。
「シロ? あらぁ、いないわね……シロ? どこ?」
うぅん、ぼくはお昼寝で忙しいのに。
ここだよ、と返事をするつもりで
「なぁ」
と声を出す。
お父さんとお母さんはぼくの言葉がわからないみたいだけど、おばあちゃんは分かってくれる。
「あらシロ、そこにいたの。陽向気持ち良いわねぇ?」
「なぁ」
「ちょっと冷えるようになったけど、おうちの中だと暖かいのよねぇ」
「なぁ」
お父さんとお母さんは、昨日
『最近めっきり冷えてきたな。そろそろこたつを出さないと』
と言っていた。
やっとぼくのためにこたつを出す日が来たか。お父さんとお母さんもようやく、ぼくがこたつに入りたがっているということが分かってきたらしい。
「あら、シロの毛が抜けてきてるわね? ブラッシングしなきゃ」
「にゃっ」
おばあちゃんがまたブラシを探し始めた。またゴシゴシされる。
ぼくは急いでカーテンの裏へと逃げ込んだ。
「あらぁシロ? どこ行ったの? ……あら、どこ行ったのかしら、お外?」
おばあちゃんはブラシを持ったまま、ふらふらと歩いて部屋を出ていく。
お父さんとお母さんが『ガチャガチャ』とする扉に近づいて行く。
ああ、ダメだ。あれは確か『お外』だ。
お外は寒いって言っていた。それに、お母さんが『シロは家ネコだから、お外はだめよ』と言っていた。
いえねこが何かは知らないけど、お外はダメだ。いつもカリカリをくれるお母さんが言うんだから、きっとダメなんだ。
それにおばあちゃんはぼくとお留守番だ。お留守番は家にいなきゃいけない。
ぼくはこの家のあるじなんだ。
あるじは、家とおばあちゃんを守ってあげなきゃいけない。ダメなお外に出ちゃいけないんだ。
大急ぎでおばあちゃんの背中を目指して走ると、おばあちゃんはお外に行く用意をしていた。
「なぁ」
いつもより大きな声で呼びかける。
おばあちゃん、お外はダメだよ。寒いんだよ。お外は怖いんだよ。
「あらシロ、そこにいたの?」
「なぁ」
そうだよ。暖かいお部屋に戻ろうよ。
「そうねぇ、お外寒いもんねぇ? お家の中が良いわよねぇ?」
「なぁ」
「あら? なんで私ブラシなんて持ってるのかしら……シロちゃん知ってる?」
「にゃ」
知ってるけど、教えてあげない。
教えたら、またゴシゴシされてしまう。そんなことより、お部屋の外は寒いんだから早くお部屋に戻らないと。
「そうね、お部屋戻ろうね?」
「なぁ」
お父さんとお母さんが『りびんぐ』と呼んでいる部屋は、ぼくの部屋だ。
ここが一番陽向が大きくて、あったかくて、そしてみんながぼくのために一緒にいる。
「ほらシロ、抱っこしようか」
「なぁ」
おばあちゃんがいつも座っている大きな椅子が明るくなった。
暖かい場所が椅子に移ったみたいだ。
腰掛けたおばあちゃんの足の上に乗って、ゆっくり寝そべる。
うぅん、お膝はやっぱりお父さんのに限る。広くて硬くて暖かくて、一番寝心地が良い。
お母さんのはちょっと冷たいし、おばあちゃんのは細くてちょっと狭い。
でも、こうしてお膝の上でぼくを撫でるのは、おばあちゃんが一番上手だ。
しばらくぼくの背中をゆっくり撫でていた手がとまる。
ぼくを抱っこしたまま、おばあちゃんは眠ってしまったみたいだ。
お父さんとお母さんは、最近夜遅くおばあちゃんが眠ってからずっと話をしていた。
おばあちゃんの『かいご』をどうするか、『にんちしょう』で『おくすり』があるのか、『おしごと』をどうするか、『はいかい』が始まったらどうしよう。
そんなことを色々話していたけれど、ぼくがわかる言葉がひとつあった。
びょういん。
そう、時々ぼくがお父さんに連れられていく、あの白い人が一杯いて、他の猫とかでっかい犬とかがいて、チクってするあのいやなところ。
『病気になったらいけないからな』
とお父さんに言われて連れて行かれて、家に帰ってきたら『ごほうび』でちゅーるをくれる。
びょういんに行くっていうことは、おばあちゃんは病気なのかな。
おなかが痛かったりするのかな。
お熱がでたり、カリカリが美味しくなかったりするのかな。ちゅーるもらえないのかな。
おばあちゃん、だいじょうぶかな。
「あらシロ、ごめんなさいね、寝ちゃってたわね……あら、毛が抜けてるわね? ブラッシングしようか」
「にゃあぁ」
今日はもうブラッシングはしたよ、おばあちゃん。あんまりゴシゴシしたら痛いんだよ?
「にゃ」
「うん? なぁにシロ? なでなでする? お腹すいた?」
「にゃ」
「あら違うの? どうしたの、なぁに? おばあちゃんに言ってごらん?」
おばあちゃん、びょういんに行っちゃうのかな。
ずっとぼくとお留守番しようよ。お日さまが当たるところは暖かいよ?
「そうね、陽向は暖かいわねぇ」
そうだよ。
ぼくのお家の一番あったかいところ、おばあちゃんにあげるから。
「なぁ」
「うん、そうねぇ。暖かいわねぇ。シロが乗ってる膝も暖かいわねぇ」
「なぁ」
次第におばあちゃんのお膝もあったかくなってきた。
お日さまが当たって、暖かくて、いい匂いがする。
ぼくを撫でるおばあちゃんの手も暖かい。
だんだん眠たくなってきた。もうこのまま、おばあちゃんの膝の上で寝ちゃおうかな。
「あら、シロったら毛が抜けてるわね。ブラシどこやったかしら」
良いもん。
お膝からどいてあげない。ぼくはこのまま寝るんだ。
暖かい陽向で、暖かいおばあちゃんのお膝で。
「にゃあ」
「あら、ヤなの? 降りないの」
「なぁ」
「じゃ、しょうがないわねぇ。一緒にお昼寝しましょうか」
「なぁ」
うん、おやすみなさい、おばあちゃん。
今まさに認知症の親の介護をやっています。
実際に最近あった光景をもとに、「これ、猫目線で書いたら児童書っぽくなるかな」と思って書いてみました。




