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第4話 アンナ

次のパーティーは、兄妹だった。


ルーカスとアンナ。二人とも弓使いだった。ルーカスは二十歳、アンナは十八歳だった。


最初に会ったとき、二人は言い合いをしていた。


「お前、昨日から射角が浅くなってる」


「なってない」


「なってる。昨日より三度は浅い」


「なんで分かるの」


「見てたから」


アンナが黙った。ルーカスが鼻を鳴らした。


一秒後には何事もなかったように前を向いた。


「マモルさんだっけ。よろしく」


声が明るかった。言い合いはもう、終わった話として処理されていた。



ルーカスは弓の腕が確かだった。動体視力がよかった。走りながら射っても当てた。戦闘中、アンナに短い言葉で指示を出した。「左」「上」「二歩引いて」。それだけで通じていた。


言い合いをよくしていたが、戦闘中は息が合っていた。


「お前ら、よく喧嘩するな」とパーティーの別の仲間が言ったことがあった。


「喧嘩じゃない」


「言い合いじゃないですか」


「それが喧嘩だろ」


「喧嘩は引きずります。私たちは引きずらない」


「そうそう」


二人が珍しく意見が一致した瞬間だった。



マモルはルーカスの戦い方を覚えていった。


走りながら射つとき、右足が踏み込む瞬間に息を止める。距離が遠いとき、少しだけ顎を引く。アンナへの指示は短く、迷わなかった。「左」と言うとき、すでに自分は右に動いている。


二人の連携は長い時間の積み重ねだった。


ある依頼の帰り道、ルーカスが言った。


「お前、戦闘中によく声出すな」


「覚えていることを言っているだけです」


「それが助かってる」


「そうですか」


「アンナには言うな」


「何を、ですか」


「助かってるって言ったこと」前を向いたまま言った。「あいつ、調子に乗るから」


マモルは何も言わなかった。


翌日、アンナが聞いてきた。


「昨日のルーカスの動き、良かったと思わない?」


「思います」


「私のおかげだけど」


ルーカスが聞こえていないふりをしていた。耳が少し赤かった。


それを、覚えた。



宿の食堂で夕飯を食べていたとき、アンナがルーカスに言った。


「今日の崖際、右に回り込んだの、なんで」


「左は崖が近い」


「右は射線に入る」


「お前が先に落とせばいい」


「落とせるけど、一言あってもいいでしょ」


ルーカスが少し間を置いた。


「……次から言う」


「言わなくていい。ちゃんと動けたから」


「どっちだよ」


アンナが箸を置いた。ルーカスが黙った。


一秒後、二人とも飯に戻った。


マモルはそれを見ていた。


言い合いが終わるたびに、何かが少し変わっていた。次の動き方が。距離の取り方が。言葉にならないまま、二人の間で決まっていくものがあった。


それを、覚えた。



ある夜、眠れなかった。


廊下に出ると、宿の端の部屋から灯りが漏れていた。


ルーカスがいた。


弓を持っていた。矢を番える動作を繰り返していた。射つわけではなかった。ただ繰り返していた。引いて、戻す。引いて、戻す。音がしなかった。静かだった。


マモルは声をかけなかった。


ルーカスは気づいていなかったか、気づいていても黙っていた。どちらか分からなかった。


廊下の端に座って、しばらく見ていた。繰り返される動作。変わらない角度。一定のリズム。誰にも言わない夜の練習。


何回繰り返したか、数えていた。


百を超えた。まだ続いていた。


それを、覚えた。



翌朝の朝食のとき、アンナが言った。


「昨日より射角が良かった」


「なんで分かるの」


「見てたから」


ルーカスが黙った。アンナが鼻を鳴らした。


マモルはそれを聞いていた。


昨夜、百回以上繰り返していたことは、言わなかった。



夕飯のとき、ルーカスが鶏肉だけ残した。


アンナは食堂の別の席にいた。気づいていなかった。


マモルは隣にいた。


「嫌いですか」


「嫌いじゃない」


「じゃあ」


「……子どもの頃、飼ってたから」


小声だった。


「笑いません」


ルーカスが少し間を置いた。それから、鼻を鳴らした。


次の日の夕飯。アンナと三人で同じ席だった。ルーカスがまた鶏肉を残した。


アンナが何も言わなかった。


その翌日も残した。アンナが何も言わなかった。


四日目。アンナが自分の皿の鶏肉をルーカスの皿の端に寄せた。


理由は言わなかった。ルーカスも何も言わなかった。


それを、覚えた。



依頼の帰り道、雨が降った。


軒下で雨宿りをした。三人並んで、雨が止むのを待った。


アンナが言った。


「マモルさんって、私たちのこと全部覚えてるの」


「覚えています」


「何が一番覚えてる」


マモルは少し間を置いた。


「鶏肉を皿の端に寄せていること」


アンナが黙った。ルーカスが雨を見たまま動かなかった。


しばらく、誰も何も言わなかった。


雨の音がした。


アンナがルーカスを見た。ルーカスは雨を見ていた。


それだけだった。



その翌朝、ルーカスが食堂に来た。


いつもより少し遅かった。目が半分しか開いていなかった。水を一杯飲んだ。それからいつも通り弓の確認をした。弦の張りを指で確かめて、矢を一本抜いて羽根の状態を見た。問題ないと確認して、また戻した。


朝飯を食べた。


鶏肉を残した。


アンナが自分の皿から鶏肉をルーカスの皿の端に寄せた。


ルーカスが何も言わなかった。


アンナが何も言わなかった。


それだけだった。


マモルはそれを見ていた。覚えた。消えなかった。



ルーカスが死んだのは、半年後だった。


崖の上での依頼だった。新種の魔物だった。予想より速かった。ルーカスが引きつけた。後ろのアンナを、マモルを、誘導した。


崖から落ちた。


魔物に押された。あっという間だった。


アンナが声を出そうとした。声が出なかった。


マモルは崖の縁を見た。ルーカスはいなかった。


風の音がした。


アンナがその場に座り込んだ。膝の上に手を置いた。動かなかった。


マモルは崖の縁に立ったまま、何も言えなかった。


夜中に一人で弓の動作を繰り返していたことを思った。百回以上。誰にも言わなかった。


朝、弦の張りを確かめていたことを思った。今朝のことだった。



三日後。


パーティーに別の二人、トムとエルナが加わっていた。四人で朝飯を食べていた。


「ルーカスって、誰だ?」


「知らない」


アンナだけが、少し首を傾けた。


「……なんか、聞いたことある気がする」


マモルは息を止めた。


「でも誰だっけ」


アンナが自分の胸を押さえた。眉が少し寄った。視線が宙を泳いだ。


「……なんか、変な感じ」


アンナの手が、まだ胸の上にあった。


「気のせいかな」


アンナが首を振って、また朝飯に戻った。


朝食の皿に鶏肉があった。アンナは食べた。普通に食べた。


何も残さなかった。


マモルは何も言わなかった。


ルーカスのことを、頭の中で思った。


弓を引く動作を繰り返していた夜。百回以上。鶏肉を残したこと。一秒で前を向くこと。アンナの皿の鶏肉を、黙って受け取っていたこと。


全部、覚えていた。


アンナの頭の中から消えた兄を、マモルだけが覚えていた。



その夜、アンナに声をかけた。


「ルーカス、という人間のことを聞いたことがありますか」


アンナはしばらく黙った。


「……聞いたことがある、気がします。でも誰か分からなくて」


「あなたの兄です」


アンナが止まった。


「兄、ですか」


「はい」


「……私に、兄がいたんですか」


「いました」


アンナは少し間を置いた。胸を押さえた。さっきと同じ動作だった。


「なんで覚えてないんですか、私」


アンナが黙っていた。


「……どんな人でしたか」


マモルは少し間を置いた。


「弓が上手でした。走りながら射っても当てました。夜中に一人で練習していました。誰にも言いませんでした。鶏肉だけ残しました。子どもの頃に飼っていたからだと、小声で言いました。あなたに射角が浅いと言い続けていました。一秒後には何事もなかったように前を向きました」


アンナが黙っていた。


「最後に、あなたを逃がしました」


アンナがまた胸を押さえた。今度は少し長く、そのままでいた。


それだけだった。

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