第3話 三日後
三日後。
ギルドの食堂で朝飯を食べていた。ゴットが向かいに座った。
「今日から別のパーティーに入ることにした」
「そうですか」
「まあ、しょうがないからな」
「何がですか」
ゴットは少し間を置いた。それから、平静な顔で言った。
「カルロス? 誰だ?」
マモルは手を止めた。
「……え」
「カルロスって、誰だ?」
ゴットの顔に、混乱はなかった。ただの疑問として聞いていた。知らない名前を耳にしたときの、普通の顔だった。
「一緒に戦っていた人間です」
「俺が?」
「はい」
ゴットはしばらくマモルを見た。嘘をついているとは思っていないようだった。ただ、思い出せない顔だった。
「……覚えてないな」
「そうですか」
「悪い」
「いいえ」
ゴットは立ち上がって、食堂を出た。新しいパーティーの仲間が入口で待っていた。ゴットは何事もなかったように合流した。振り返らなかった。
その日の夕方、シーナに会った。
「ねえ、カルロスって知ってる?」と聞いてみた。
「知らないです」とシーナが言った。
「パーティーを組んでいた人間です」
「誰と組んでいたんですか」
「あなたたちと」
シーナが首を傾けた。
「……私、そんな人とパーティーを組んでいたんですか」
「はい」
「それはいつですか」
「四ヶ月ほど前から、先日まで」
「先日、何かあったんですか」
マモルは少し黙った。
「……なんでもないです」
シーナが不思議そうな顔をしていた。本を胸に抱えたまま、少しの間そこに立っていた。それから「そうですか」と言って、歩いていった。
◆
受付の女性に聞いた。
「この世界では——人は死ぬと三日で忘れられます」
女性はごく普通の顔で言った。説明するのに慣れている顔だった。
「三日で、ですか」
「はい。死者の記憶は、周囲の人間から自然に消えていきます。三日かけて、完全に。台帳のような文字に残したものは消えませんが、人の頭の中からは」
「完全に、ですか」
「完全に。ただ」女性は少し間を置いた。「神の祝福、と呼ぶ人もいます」
「祝福」
「はい。死者を悼み続けることは苦しみです。忘れることで、生きている人間が前に進める。神の善意だと考える人間も多くいます」
マモルは何も言わなかった。
女性は続けた。
「もちろん、それを呼ばない人間もいます。ただ、多くの人間はこの仕様に慣れて生きています。どちらが正しいとは言えませんが」
「祝福だと、あなたは思いますか」
女性は少し考えてから答えた。
「……私は、そう思っています」
静かな、確信のある声だった。
「カルロス、という名前を知っていますか」
女性がペンを止めた。
「台帳で確認しますか」
「いいです」
「……そうですか」
女性はしばらく、マモルを見た。何かを言おうとして、やめた。
「ご不便をおかけしました」
「いいえ」
マモルはそれ以上、何も聞かなかった。
◆
大通りを歩いた。
カルロスのことを、思った。
肩幅が広かった。声が大きかった。よく笑った。鼻から息を吐いてから笑った。後頭部を掻いた。硬いパンが好きだった。歯ごたえがあった方が食った気がすると言った。剣の柄に傷があった。「K」という文字が刻んであった。
全部、覚えていた。
消えていなかった。
石畳を歩きながら、それを確認するように思った。カルロスの声。顔。笑い方。四ヶ月の、細部。
ゴットの頭の中にはない。シーナの頭の中にもない。三日前まで一緒に食事をして、一緒に戦っていた人間のことを、二人はもう知らなかった。それが嘘や忘却ではなく、世界の仕組みとして起きていた。
マモルだけが、それを知っていた。
知っていて——どこか、重かった。
カルロスが「そういうやつだな」と言った言葉を思った。何を指していたのかは、今も分からなかった。聞けばよかった、とは少し思わなかった。聞いても、たぶんカルロスはうまく答えられなかっただろうと思った。そういう人間だった。
そういう人間だったことを、自分だけが知っていた。
露店の前を通った。硬いパンが積んであった。
立ち止まった。
一つ買った。
かじった。歯ごたえがあった。食った気がした。
◆
その夜、宿の安い部屋で横になった。
天井の木の節が三つあった。昨日も見た。一昨日も見た。それより前も、ずっと同じ天井があった。
頭の中が、重かった。
カルロスだけじゃなかった。これまで道で見た人間の顔。露店の品物の並び方。酒場で聞いた会話の断片。全部、消えずにそこにあった。
重くなっていく、と思った。
これからも覚え続ける。消えない。ずっと、重くなっていく。
それが何のためなのか、まだ分からなかった。
次のパーティーを探す必要があった。また誰かと組む。また覚える。また誰かが死ぬかもしれない。また自分だけが覚えている。
そういうことが、続く。
ただ、カルロスのことが消えていない事実だけがあった。
鼻から息を吐いてから笑う。後頭部を掻く。硬いパン。剣の柄の「K」。「お前がいると助かってる」という言葉。後頭部を掻いた、あのときの顔。
覚えていた。
祝福とは思えなかった。




