第2話 カルロスのパーティー
最初のパーティーは、三人組だった。
リーダーのカルロスは剣士で、二十二歳だった。肩幅が広く、声が大きく、よく笑った。おかしいことがあると、まず鼻から息を吐いた。それから声が出た。照れているときは後頭部を掻いた。剣の柄に小さな傷があった。
「子どもの頃、初めて買ってもらった剣なんだ。捨てられなくて」
「そうですか」
「笑うか?」
「笑いません」
カルロスは少し間を置いてから、鼻から息を吐いた。それから笑った。
「お前はそういうやつだな」
「そういうやつ、ですか」
「うん。そういうやつ」
何を指しているのかはっきりしなかった。カルロスも説明しなかった。ただ、悪い意味ではないような言い方だった。
好きな食べ物は硬いパンだった。
「歯ごたえがあった方が食った気がする」
「柔らかいパンは好きじゃないですか」
「嫌いじゃない。でも食った気がしない」
そう言って、宿の夕飯に出た固いパンを二枚取った。満足そうだった。
◆
もう二人は、ゴットとシーナだった。
ゴットは二十四歳の斧使いで、体が大きく、口数が少なかった。食べるときは黙って食べた。戦うときは黙って戦った。特に感情を表に出さなかったが、カルロスが妙なことを言うと、少し眉が動いた。それだけだった。
シーナは十九歳の魔法使いで、詠唱が早かった。よく本を読んでいた。宿に戻るとすぐ本を開いた。読みながら何かを書き留めた。何を書いているのかは、他の誰も知らなかった。
マモルは荷物持ちと地図係として雇われた。
「戦えないのは分かってる。でも道を覚えてくれると助かるんだ」とカルロスは言った。「俺、方向音痴で」
「鼻から息を吐いたあと笑う人間が方向音痴なのか、と思いました」
「それ、どういう意味だ?」
「特に意味はないです」
カルロスが鼻から息を吐いて、笑った。
◆
戦闘が始まると、マモルは後ろに下がった。
全部を見ていた。全部を、覚えていた。
カルロスの剣の軌道。右から入るときの踏み込みの角度。左に回り込むときの重心の移し方。二撃目の前に必ず一瞬顎が引く癖。全部、覚えた。
ゴットの斧の振り方。ためを作るときの肩の位置。横薙ぎのときと縦に振り下ろすときで、足の向きが変わる。
シーナの詠唱の速さ。集中しているときは口の動きが小さくなる。連続で詠唱するとき、二回目の前にほんの少しだけ間が入る。
使えなかった。
全部覚えた。使えなかった。後ろで縮こまって全部見ていて、全部頭に入っていて、それでも何もできなかった。
一度だけ、声を出しかけたことがあった。
カルロスが二体同時に相手をしていた。右の一体を押し込んでいる間に、左の一体が回り込もうとしていた。カルロスの視線は右に向いていた。気づいていなかった。
マモルは口を開いた。
「左——」
カルロスが自分で気づいた。左に半歩動いて、剣を流した。間に合った。
声は届かなかった。届く前に終わっていた。
「まあ、いてもいなくても同じか」
ゴットがある夜、酒を飲みながら言った。悪意はなかった。ただの感想だった。
マモルは頷いた。
「そうですね」
否定できなかった。
◆
三日目の昼飯のとき、カルロスが言った。
「お前、メシ食うの遅いな」
「そうですか」
「気になってるわけじゃないけど、なんか」
「なんか、何ですか」
「ゆっくり食うよな、と思って」
「急いで食べる理由がないので」
カルロスは少し考えてから、鼻から息を吐いた。
「そういうやつだな、やっぱり」
また同じことを言った。マモルは今度も、何を指しているのか聞かなかった。
その夜、カルロスが後頭部を掻きながら言った。
「明日、Bランクのダンジョンに入ろうと思う」
「いつもより一段上です」
「分かってる」
「問題はありますか」
「あると言えばあるし、ないと言えばない」
「どちらですか」
「行けばわかる」
そう言って、硬いパンをもう一枚取った。満足そうだった。
翌朝、ダンジョンの入口の前でカルロスが振り返った。
「お前は後ろにいろ。声だけかけてくれればいい」
「声を、ですか」
「気づいたことがあったら言え。見てるだけより使いようがある」
マモルは少し間を置いた。
「試してみます」
カルロスが鼻から息を吐いて、中に入った。
◆
Bランクのダンジョンは、Cランクより暗かった。
天井が高かった。足音が響いた。魔物の気配が違った。動きが速く、読みにくかった。
カルロスは慎重に動いた。ゴットが横を固めた。シーナが後方から詠唱した。
マモルは後ろで全部を見ていた。
通路の幅。天井の高さ。魔物の動きの癖。左の壁際に出るとき、必ず一瞬立ち止まってから動く。そういう細部が積み重なっていった。
カルロスが前方の一体と打ち合っていた。後方から別の一体が来た。
「後ろ、三歩」
声が出た。
カルロスが三歩下がった。魔物の爪が空を切った。カルロスが体勢を立て直して、剣を入れた。
振り返らなかった。ただ、少し肩が動いた。
戦闘が終わってから、カルロスが言った。
「さっきの、助かった」
「覚えていただけです」
「それでいい」
それだけだった。
マモルは何も言わなかった。頭の中で、さっきの場面を繰り返した。カルロスが三歩下がったこと。爪が空を切ったこと。
使えた。
初めて、使えた。
ただそれだけのことだったが、消えなかった。
◆
二ヶ月目に、カルロスが右腕を切られた。
深くはなかった。ただ縫わなければならない傷だった。神官のいる詰め所で処置してもらって、包帯を巻いて、その夜はもう動けなかった。
「カルロス、大丈夫か」とゴットが聞いた。
「大丈夫だ」とカルロスが言った。
それだけだった。
マモルは宿の部屋の隅で、それを聞いていた。
翌朝。カルロスは一番早く起きてきた。右腕に包帯が巻いてあった。動かすと痛そうだった。食堂に座って、いつも通り硬いパンを取った。右腕で持った。
少し、顔が歪んだ。
それだけだった。
「痛くないですか」
「痛い」
「柔らかいパンにしたらどうですか」
カルロスは鼻から息を吐いた。それから笑った。
「食った気がしない」
包帯の上からゆっくり噛んでいた。痛そうだった。ただ、いつもと同じ顔で食べていた。満足そうだった。
三日後には包帯が外れた。七日後には全部、使えるようになった。カルロスはそれをあまり気にしていなかった。
マモルはその傷の治っていく過程を全部、覚えていた。
包帯の巻き方。縫い目の数。三日目の朝に少し色が変わったこと。七日目に動かしてみて、問題ないと確認したときの顔。
覚えた。使えなかった。ただ消えなかった。
◆
四ヶ月が過ぎた。
マモルはカルロスのことをずいぶん覚えた。
笑い方だけじゃなかった。朝一番に起きてきたときの顔。眠そうで、少し不機嫌で、それでも仲間に声をかけることを忘れない。戦闘中に仲間が追い詰められたとき、自分が前に出る前に一瞬だけ状況を確認する目の動き。確認したら迷わなかった。
硬いパンへの執着は本物だった。柔らかいパンしか出ない宿に泊まったとき、少し黙って食べた。それだけで、珍しく黙っているのだと分かった。
剣の柄の傷は、よく見ると小さく「K」と刻んである。子どもの頃の自分がやったのだろう。聞かなかった。聞く必要もなかった。
ある夜、食堂でカルロスが言った。
「お前、最近うまくなったな」
「何がですか」
「声の出し方。戦闘中」
「覚えているだけです」
「それでいいんだよ」カルロスは硬いパンを一口噛んだ。「俺たちが動いて、お前が覚える。それでいい」
マモルは何も言わなかった。
「お前がいると助かってる。本当に」
後頭部を掻いた。照れているときの癖だった。
マモルはそれを、覚えた。
◆
四ヶ月目に、カルロスが死んだ。
Bランクダンジョンの第五層だった。
新種の魔物だった。来た方向が読めなかった。マモルが気づいたとき、すでにカルロスが前に出ていた。
「走れ」
それだけ言った。声が大きかった。いつもより大きかった。
マモルは走った。ゴットが走った。シーナが走った。入口まで逃げ切って、振り返ると、カルロスはいなかった。
ゴットが一度だけ入口の方を見た。それだけだった。
シーナは本を持ったまま立っていた。
マモルは何も言えなかった。
声を出せばよかった。覚えていたはずだった。新種だったから読めなかった。読めなかったから間に合わなかった。
そういうことだった。
カルロスの剣の柄の傷を思った。「K」という文字。丸い、下手な字だった。




