民衆が「悪逆非道な皇帝は倒された」と喜ぶ中、俺は倒されたその皇帝に転生させられた。
空は快晴。
その晴れ渡った空を、少しでいいからオレの曇った心にも分けてほしいくらいだ。
ここは現実世界じゃない。
ガラス製の筒の中。
前世であったボトルシップのように、瓶の中に造られた小さな模型の別荘地に閉じ込められている。
まあ、前世でのボロアパートからすれば天国みたいなものだが。
この箱庭に閉じ込められた理由は二つ。
逃走を防ぐこと、そして暗殺を防ぐこと。
仮に運よく脱走できたとして、皇城は構造は迷路のように入り組んでいる。
後宮に籠ってばかりいた元々の皇帝は、自分がいる城の構造を把握していなかったので、確実に迷う。
迷うだけならまだいい。
恨みを買いまくった身では、途中で暗殺されるのがオチだ。
思わずため息を吐く。
「皇帝陛下。お食事の用意ができました」
「……」
声がしたので振り返る。
三つ編みにした銀髪は腰の所まで伸びていて、肌は褐色、ロングスカートのメイド服が妙に似合っている。
ウェール・エルトラト。
オレを転生させた元凶たる死霊術師。そして監視役だ。
「皇帝陛下――か。白々しいことを言う」
「貴方様は間違いなくゴルヴィアス帝国の皇帝です」
「ハッ。肉体はそうだが、魂は違う!」
「この国の人々が求めるのは生きた皇帝。生きてさえすれば中身はどうでも構わないのです。
そもそも死ねば、皆等しく意思のないものとなるのですから……」
淡々とウェールは言う。
前髪が両目を覆い隠しているが、隙間から冷たい瞳が垣間見える。
……あまり好きなタイプの目ではない。
このまま空を眺めていても不毛か。
ウェールが先導する形で、屋敷の中へと入った。
屋敷はライトノベル等であるような公爵が住むような大きな屋敷で、部屋は数十に及ぶ。
その中でオレが使用するのは寝室、風呂、書斎。そして晩餐室ぐらいだ。
晩餐室に入ると長方形のテーブルの上座に、料理が並べられている。
出来立てなのか湯気が立っていた。
椅子に座ると、背後にウェールが立つ。
「――ウェール。お前も一緒に食べろ」
「私は皇帝陛下と食を並べられる身分ではありません」
「だからどうした。
これは皇帝命令だ。
お前が少し前に言ったことだ。オレは「ゴルヴィアス帝国の皇帝」だと」
「…………かしこまりました」
躊躇ったようだが、ウェールは頷いた。
正直、一般庶民で独身だったオレは、一人で食べるのは慣れている。
ただ後ろに立たれて無言で食べるのは慣れない。
ウェールは、皇帝用とは明らかに違う位置の椅子に腰を下ろした。
テーブルの端。距離を測るような、慎重な所作だ。
互いに食事を摂る。
会話はなく、広い晩餐室に食器の音だけが響く。
その重い空気に耐え切れず、ふと呟いた。
「公開処刑まで、残り一か月、か」
ウェールは手を止めて、顔をオレへ向けると頷いた。
「はい。諸王が調整を行うには、それだけの時間が必要です。
一か月後。皇帝陛下は、帝都の広場で処刑されます。
処刑された後は、死体は放置。臍に蝋燭が立てられ、蝋がなくなるまで放置されます。
放置されている間、民衆は遺体を好きにすることができます」
相変わらず、遠慮がない。
だが、淡々と事実だけを告げるその態度は、変に取り繕われるよりも信用できた。
それにしても……まさかオレが、三国志に出てくる悪人・董卓と同じような事になるとは……。
前世で普通に生きていた――ハズなんだけどなぁ
「それまでは、ここでの箱庭生活か……」
スープを口に運びながら、天井――いや、ガラス越しの空を思い浮かべる。
実際は室内。見える天候は幻術で作られたまやかし。
ここに入れられる前に見たのは、部屋中の壁に隙間なく配置された兵士の姿だ。
万が一、ここから出ても配置された兵士によって取り押さえられるのオチだな。
……酒池肉林を堪能していたこの体は、お世辞にも戦いに向いた肉体はしてなかった。
「なあ、ウェール。お前はなんでオレと一緒に、この中に入ったんだ?」
「邪魔者だからですよ」
「邪魔者?」
「ええ。私は数少ない皇帝陛下が死んだことを知っている者です。
そして死んだ肉体に、別人の魂を容れた――死霊術師。
そんな秘密を抱えているのですから、外に出しておくよりも、皇帝陛下と一緒に閉じ込めておいた方がいいという、王侯の判断です」
感情の篭っていない声でウェールは言う。
「それに皇帝陛下――。死ぬ時は、一緒に死んであげますので安心して下さい」
「……どういうことだ」
「死霊術師なんかは信用が足らないのでしょう。
皇帝陛下が処刑された後に、私も殺されるでしょう。
早い話が口封じですよ。
まあ、皇帝陛下の元で好き勝手に術を使ったのですから、別に後悔はありません」
死霊術は禁術とされ一般的に忌避されている。
故に使用する機会はなかったようだが、皇帝の元では自分の術を存分に使用できたという。
……僅かにある記憶の残滓では、ウェールは瀕死の人物の魂を、皇帝の命令で蛙や蛞蝓に容れるということをやっていた。
その瀕死の人物は、皇帝の気紛れで殺されかけた相手だ。
「……お前はいいよな。好き勝手できたうえで納得して死ねるんだからな」
オレは何一つ納得していない。
異世界転生を強制させられ、転生先は詰んだ皇帝で、帝国のための人身御供?
ふざけるな!!
「――皇帝陛下。私が憎いですか?」
「憎まれていないとでも思ってるのか」
「私は人の感情の機微に疎いので分りかねますが……。
憎いのでしたら、私を殺すことはできますよ。
私は皇帝陛下の奴隷。心臓に魔法印が施されているので、皇帝陛下が望み、そう命令すれば、私は死にます。
どのみち死ぬ運命です。皇帝陛下のお気持ちが晴れるのでしたら、どうぞ」
ウェールは淡々と言うと椅子から立ち上がり、両手を掌を前に組んだ。
……もしも命令すれば、ウェールは簡単に死ぬ。
そして死刑までの一ヶ月間、ウェールの死体と一緒に過ごすことを考える。
会話する相手もいない。
美味い料理を作る相手もいない。
前世はコンビニやスーパーの弁当で、自炊はほとんどしなかった。
この世界にはスマホなんて便利なものはないので、インターネットで調理のやりかたを検索することも出来ない。
つまり素人が異世界の食材で作った料理なんて、高確率でまずいに決まっている。
「……オレはお前は殺さない。
確かに一時は気が晴れるかもしれないが、その後はオレが後悔して病みそうだ」
「そうですか。つまり時間をかけて嬲っていくというわけですか」
「なんでそうなる……。
お前に求めるのは2つだ!
オレの会話相手! それと美味い料理を作れ!」
「……それだけですか?」
「ああ。なんだ……他に何がある」
「夜伽も可能です」
「……………必要ない」
皇帝は後宮に何万もの女性を入れたようだが、オレはそんなに性欲は強くない。
それに、ウェールはオレをこの境遇に陥れた張本人。
そんな女とするつもりはない。
「かしこまりました。皇帝陛下。
貴方様が望むように致しましょう」
「ああ。そうしろ」
逃げ場はない。
生き延びる道も……きっとない。
理不尽だと思う。
それでもオレは――
処刑まで……残り二十八日
本作は
「運命を覆す物語」ではなく、
「覆せない運命の中で、どう在るか」を描いた短編です。
救いのある結末や大きなどんでん返しはありません。
処刑を待つ皇帝に転生させられた男と、転生させた死霊術師と過ごす時間を書きました。
ここから先はウェール視点の余談となります。
こういうことだったのかと見て下さい。
〇×△□
「余は死ぬのか、ゴースト」
皇帝の寝所。
横にいる裸の皇帝陛下は、私に聞いてきた。
私の名前は、ウェール・エルトラト。
死霊術師で皇帝陛下は、「ゴースト」という称で呼ぶ。
皇帝陛下の問いに淡々と答える。
「外の世界では『皇帝、討つべし』と誰も彼もが声をあげていると聞きます。
このままでは遠くない未来、殺されるでしょう」
「ふん。余は皇帝だというのに、臆面もなくいう」
「皇帝陛下が望まれましたので」
お気に召さなかったのか、皇帝陛下はつまらなそうに鼻を鳴らした。
しばらく沈黙が場を支配した。
少しして皇帝陛下が呟く。
「今だからこそ言う。
余は皇帝なぞになりたくなかった。
愚か者共が殺し合い、居なくなり、臆病で無能な余がなる羽目になった。
――余は、ただただ普通に生きたかったのだ」
「では、生きてみますか?」
「なに?」
「私が此処にいるのは皇帝陛下の望みを叶えるのが役目。
もしも普通に生きたいと望むのであれば――」
起き上がり、皇帝陛下は両手で、私の両肩を押す。
虚無だった瞳に、僅かに光が宿った……気がする。
「やれ。これは皇帝命令だ!」
「――かしこまりました。皇帝陛下」
……
……
……
ベッドに横たわる皇帝の肉体。
魂を抜き取り、異なる世界へ転生させた。
転生先はどんな世界か想像がつかない。
けど、望まなかったとはいえ、皇帝という頂点の位を得る豪運の持ち主。
きっと望まれた生を送られる事だろう。
「おい。そこの卑女。皇帝陛下はどうなされた」
皇帝の寝所へ、数名の宦官が入って来た。
私はそちらに目を向けずに、皇帝の肉体を見ながら呟く様に言った。
「反乱軍を恐れるあまり、心を病み、お亡くなりになられました」
「なんだと!」
私は宦官に突き飛ばされ、体を床に倒した。
宦官は震えながら皇帝の身体を触る。
転生させて半日が立っている。
冷たくなっている頃合いだろう。
「宮医を呼べ!! その卑女は牢へ放り込んでおけッ!!」
こうして私は皇城の地下へ投獄された。
皇城の様子は、彷徨う亡霊たちが教えてくれる。
《宦官たちは己の身可愛さに、反乱軍の王侯に皇帝の死を知らせたようだ》
《王たちは大慌てで皇城に来たわ! 我が妻を寝取られた時のようなさまだったぞ》
《皇帝の亡骸は腐敗を防ぐ様に凍てつかせて、水の中に保管されているわ》
《王侯たちは皇帝をどうするか連日話し合っているみたい。討つべき皇帝がいなくなったのだから、仕方ないわよね》
《死体を見せた所で民衆は納得するかしら》
《無理だろう。皇帝の命令で隠したと思われるだろうよ》
《そうじゃのう! 必要なのは生きた元凶の皇帝。王侯たちもその結論に至ったようだ》
亡霊たちが言うと同時に、私は牢から出された。
向かった先に居たのは、冷凍された皇帝陛下の亡骸。そして王侯達。
王侯達の一人が私に向けて命令を下した。
「皇帝陛下の肉体に魂を戻せ」
「亡くなって時間が経ちすぎています。
皇帝陛下の魂は、もうこの世界には存在しません」
「ならば、誰でもいい。
皇帝の肉体が動きさえすれば、それは生きているということになる
それとも――皇帝陛下に死霊術を使う事は恐れ多いと拒否するか」
「――いいえ」
禁術として忌避された死霊術。
普通では使いたくても使う事が出来ない。
だから、私は死霊術を使いたい一心で、皇帝陛下の奴隷になった。
きっと色々と知り過ぎた私は、王侯たちによって殺されるだろう。
最後まで死霊術を行い、そして結果、死ねるというのなら――悪くない。
魔術師たちが凍り付いた皇帝の遺体を解凍していく。
そして私は、皇帝の身体へ魂を要れる。
この皇城には、権謀術数の果てに死んだ亡霊が数多いる。
空の器にいれる魂には事欠かない。ハズだった。
「あ、あっ。ぅぅ。ここは、どこだ。オレは、一体、ぅっ」
「おはようございます、皇帝陛下」
「皇帝陛下……。お前は、何を、言って、いる」
「ゴルヴィアス帝国皇帝、ヴィシュア・マハーカーラ・ゴルヴィアスさま。それが貴方さまの名前です」
淡々と目覚めた皇帝に言った。
まさか。まさか。
こんなことが起こるなんて想像もしなかった。
皇帝陛下の亡骸に入った魂は、異界に転生させた皇帝本人の魂だった。
魂には指紋のように魂紋と呼ばれるものがある。
指紋と同じように似ている物はあれど、同一のものは存在しない。
間違いなく異界に転生させた皇帝本人の魂。
長年、傍にいた私が見間違うわけがない。
蘇った皇帝陛下は、公衆の前で死刑されるまで特殊な箱庭空間に幽閉されることになった。
皇帝の奴隷であった私は、世話役や監視役など色々な命令を帯びて一緒にいることになる。
生前。皇帝陛下が好きだった料理を作り上げて屋敷の外に出た。
入口前の階段に座り、幻術で作り出された空を見上げる皇帝陛下に話しかける。
「皇帝陛下。お食事の用意ができました」
「皇帝陛下――か。白々しいことを言う」
皇帝本人は力強く、しかし冷ややかに答える。
「貴方様は間違いなくゴルヴィアス帝国の皇帝です」
「ハッ。肉体はそうだが、魂は違う!」
私は心の中で、静かに呟いた。
――いえ、貴方様は正真正銘。心身共にこの国の皇帝陛下です。
それだけを胸に秘め、私を皇帝を見つめた。




