第四話 元勇者、エルフ少女の過去を知る
森の奥で、私は次の復讐計画を練っていた。元仲間たちへの軽い嫌がらせは、所詮は序章に過ぎない。やつらはこの森に必ず戻ってくる。その時に備えるためにも、まずはこのゴブリン社会に溶け込み、少しでも日々の生活を豊かにする。オルトに教わった通り、手間を惜しまず、命を大事に。これはその最初のステップだった。
そんな時、私は再び彼女と出会った。透き通るような肌と、森の湖のように澄んだ瞳を持つ、あのエルフの少女だ。彼女はひどく落ち込んでいた。一人で森を彷徨い、その足取りは今にも倒れてしまいそうだった。
迷いはなかった。私は彼女に近づき、声をかける。
「大丈夫か?」
私の声に、彼女は驚いて顔を上げた。ゴブリンが人語を話すことに、彼女は一瞬目を見開いたが、私だと分かると安堵の表情を浮かべた。
「あなたは……あの時の……ゴブリン?」
「ああ。ここは安全だ。他のゴブリンも君を心配している。傷が治るまで少し休んでいくといい。」
私は彼女を、人目につかない岩陰の小さな洞窟へと案内した。木々の葉で巧みに隠されたその場所は、彼女にとっての新たな安息の地となった。私は折を見て洞窟を訪れるようになった。
こうして奇妙な共同生活が始まった。私は彼女に、冒険者として、またゴブリンとして培った知識を教えた。
最初に教えたのは、火の起こし方だった。乾燥した木片と火打ち石を使って、小さな炎を生み出す。彼女は目を丸くしてそれを見つめた。
「すごい……! 精霊に頼らなくても、こんな風に火がつくんだ!」
「ああ。精霊は確かに便利だが、私たちゴブリンは自然の恵みを活かして生きている。」
彼女はきらきらと目を輝かせ、私の言葉を繰り返した。
次に、安全な食料の見分け方。私は毒キノコを指差し、「これは駄目だ」と教える。次に食べられるキノコを指し、「これは大丈夫」と伝えた。彼女は熱心に私の言葉に耳を傾けた。
「ありがとう。……ねえ、あなたの名前は?」
「……今は、カエリと名乗っている。今はただの、どこにでもいる凡庸なゴブリンだ。」
かつての仲間から蔑まれ、存在をなかったことにされた私には、もはや名など必要ないと思っていた。カエリという名にも愛着はない。しかし、彼女は首を傾げた。
「そう……でも、あなたはすごく優しいし、色々なことを知っているわ。私、リリっていうの。」
彼女はそう言って、私の手にそっと触れた。その温かさに、私の胸の奥がじんわりと温かくなった。
そして、動物から身を守る方法。危険な獣の痕跡、それらを避けるためのルート。私の教えは、リリにとってすべてが新鮮な発見だった。
ある日、リリは意を決したように話し始めた。
「私はエルフだった。でも、もう違うの。私の一族は、森の精霊と心を通わせ、精霊の力で暮らしていた。でも、私は……精霊の力がうまく使えなかった。」
リリは悲しそうに自分の手を見つめた。
「みんなのように、木々を成長させたり、水を浄化したり、そんなことができなかったの。だから、私は精霊に頼らず、人間と同じように森の恵みを直接利用する方法を学ぼうとした。でも、それは部族のしきたりに背くことだった。」
リリの言葉は、私の心を深くえぐった。魔法が使えないというだけで、私は仲間たちから蔑まれ、足手まといだと陰口を叩かれ、最後には存在をなかったことにされた。リリの境遇は、私とあまりにも似ていた。
「長老たちは、私が精霊を軽んじていると怒った。私の家族も、友人も、みんな私から離れていった。そして……ついに、私は部族から追放されたの。」
リリは嗚咽を漏らし、その瞳から大粒の涙をこぼした。
「私にはもう、どこにも行く場所がないの……」
私は何も言わず、ただリリの隣に座り、そっと彼女の肩に手を置いた。リリは驚いたように顔を上げたが、すぐに安心したように私の肩にもたれかかった。
「……あなたのそばにいたい。あなたは、私を一人にしない?」
リリは顔を上げ、懇願するように私を見つめた。
私は強く頷いた。
私には復讐という暗い目的がある。だが、その傍らに、光を灯す存在ができた。孤独な異種族として、互いの傷を癒し合い、支え合う。それは、私たちが再び立ち上がるための、新たな力となるだろう。
私はリリの手をそっと握りしめた。彼女の温かさが、私の心に、新しい希望の光を灯した。
「大丈夫……もう、一人じゃない。」
リリは私の言葉に涙をこぼしたが、その表情は安心に満ちていた。私たちは、孤独な異種族として、新たな絆を育みながら、困難な道を歩み始める。
森の遠くからは、元仲間たちの焦燥した声が、まだ聞こえてくる。しかし、もはやそれは私たちの新しい生活を邪魔するものではなかった。私たちはここから、希望と復讐の予感に満ちた、新たな物語を紡いでいく。
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