第3話 成功者のスピーチ
高校受験が終わってから一週間──ついに、あの胸が高鳴る日がやってきた。合格発表だ。
学校からは、各自が志望した高校への合否通知がメールで届く仕組みになっている。
朝早くから私は机に向かい、すでにパソコンの画面は開かれていた。マウスのポインターはメールの受信ボックスに浮かび、指先はじんわりと汗ばんでいる。そして、「合否結果のお知らせ」と書かれた件名のメールがポンッと現れた瞬間、心臓の音がひとつ大きく跳ねた気がした。
私は、そのメールを開いた。
合格校──萃光高等学校。
その瞬間、世界が一秒だけ静止して、次の瞬間には胸の奥で花火が打ち上がったみたいに、喜びと震えが一気に広がっていった。私はほとんど駆け出すようにリビングへ向かい、朝食を作っていた母に叫んだ。
「受かったよ! 萃光!」
母は振り返り、目を見開いて言った。
「ほんとに?」
「ほんとだよ!」
次の瞬間、父が部屋から顔を出し、その声を聞いてすぐに駆け寄ってきた。私たち三人はキッチンの真ん中で、感情があふれて軽く抱き合った。母の目はうっすら潤んでいて、父も肩をぽんと叩きながら笑って言った。
「よくやったな! さすが俺たちの娘だ!」
その夜、私たち家族は特別に、街の高級レストランへ行って合格のお祝いをした。暖かい照明が木目のテーブルにやわらかく反射し、お皿の上には普段めったに食べられないような料理が並んでいた。手にしたレモンソーダの味も、いつもより甘くて、炭酸の泡さえきらきらと輝いているようだった。
「これは、あなたが努力して掴んだ結果。運なんかじゃないのよ」
母はそう言って、誇らしげに私を見つめてくれた。
私はうなずいた。分かってる。この結果は偶然なんかじゃない。深夜まで勉強し続けた無数の日々、何度も挑戦した模擬試験、そして息もできないほどのプレッシャーの中で、それでも諦めずに前を向いた時間──すべてが、この瞬間のためだった。
もうすぐ、私は高校生になる。しかも、あの全国屈指の進学校・萃光高等学校の生徒として。
それを思うだけで、胸の奥がじんわり熱くなる。期待と高揚がじわじわと満ちてくる。そして私の心も、静かに、新しい旅の始まりを迎える準備を始めていた。
***
それから二週間後──私たちの中学生活の最後を飾る「卒業式」がやってきた。
その朝、私は制服をきちんと着て、懐かしい教室へ向かった。教室にはすでにクラスメイトたちが集まり、それぞれが別れの言葉を交わしながら写真を撮ったり、記念ノートにメッセージを書き合ったりしていた。すべてが、「終わり」の空気に包まれていた。
担任の先生が教室に入ってきて、手に成績表の束を抱えていた。少し寂しそうな笑顔を浮かべながら、私たちに語りかけた。
「今日は、この教室でみんなが過ごす最後の日です。そして、これから始まる新しい道の第一歩でもあります。みんなとこの時間を共有できて、先生は本当に嬉しく、そして誇らしいです」
そう言って、先生は一人ずつ成績表を配り始めた。私の番になったとき、先生は立ち止まり、私を見てにっこりと笑った。
「おめでとう、結城さん。今回も学年一位、そして萃光高校にも見事に合格です。今日の卒業式では、生徒代表としてスピーチをお願いしますね」
その言葉と同時に、教室には拍手が沸き起こった。
私はすぐに立ち上がり、軽くお辞儀をして言った。
「ありがとうございます。みなさんも、本当にありがとう」
その瞬間、私の胸の中には、言葉では言い表せないような満たされた気持ちが、そっと広がっていった。
順位や合格という結果だけじゃない。私は分かっている。この道を、私は一歩一歩、自分の足で、ちゃんと歩いてきたんだ。
その後、私たちは整列して講堂へと向かった。
講堂の中は厳かであたたかい雰囲気に包まれていて、前列には先生や来賓の席が並び、後方には式に参加する保護者たちがずらりと座っていた。「卒業式」と大きく書かれた横断幕が風にそよぎながら揺れていて、まるで私たちに「さよなら」と告げているようだった。
先生から合図を受けた私は、深く息を吸って、ゆっくりと壇上へ歩を進めた。
壇上に立ち、見慣れた先生やクラスメイトの顔を見渡してから、私は軽く一礼し、挨拶を始めた。
「皆さん、こんにちは。三年一組の結城美月です。本日、こうして生徒代表としてお話しする機会をいただき、大変光栄に思っております。この場をお借りして、学校関係者の皆様に心より感謝申し上げます」
「今回、私は学年一位という成績を収め、かねてからの憧れだった萃光高等学校に無事合格することができました。中には、これは生まれ持った才能の結果だと思う人もいるかもしれません。でも私にとって、この結果は、長年積み上げてきた自律、時間の使い方、そして何度も修正しながら歩み続けた努力の積み重ねによるものです」
「幼い頃から、私は『勉強を頑張れば、人生に価値が生まれる』と教えられてきました。私にとって成績とは、単なる点数ではありません。それは、自分が見てもらえる存在かどうか、周囲の期待に応える価値があるかどうかを証明する指標でもありました」
「だから私は逃げずに、怠けずに、すべての試験を自己確認の場として受け止めてきました。誰かと比べるためではなく、私は『努力は数値化できる』、そして『成功は予測可能なもの』だと信じていたからです」
「もちろん、これまでの学生生活の中で、私にも挫折やスランプはありました。一つの教科で思うような結果が出せなかったとき、自分のノートを何度も見直して、どこが足りなかったのかを繰り返し反省しました。でも、私は決して疑いませんでした──努力を惜しまなければ、必ず結果はついてくる。諦めなければ、理想にたどり着ける日が来るって」
「今日は少しだけ、私が日頃取り組んできた学習方法を共有させてください。授業中は、論理的で体系的なノートを取るよう心がけました。授業後は分からなかった部分をすぐ先生に質問して、曖昧なままにしないよう努めました。苦手な科目に関しては時間配分を見直し、集中的に練習し、自分に合った学習リズムを探し続けました」
「私はいつもこう考えています。努力とは、ただの繰り返しではなく、“自分を知り、修正し続けること”が土台になって初めて意味を持つものだと」
「もし今、自分の成績に満足できていない人がいたら──ぜひ一度、静かに自分に問いかけてみてください。『本当に全力を尽くせているだろうか?』『改善の余地はないだろうか?』『もっと効率的に、時間と集中力を注げる方法はないだろうか?』と」
「学生として、私はこう信じています。学び、成果を出すことは、この年齢における最も基本的な責任です。それはプレッシャーではなく、私たちが“自分の手で掴み取れる現実”です」
「学ぶということは、ただ試験のためでも、進学のためだけでもありません。自分の人生を選び取る力を持つため──将来の選択肢を一つでも多く持てるようになるため。そして、どんな世界にも胸を張って立ち向かえる自信を身につけるためです」
「今日この壇上に立てていることを心から感謝しています。私を支えてくれた両親、幼い頃から大切に育ててくれて、いつも見守ってくれたこと。すべての先生方、厳しさも、優しさも、すべてが私の成長につながる大切な糧でした」
「これからも私は、あらゆる成長のチャンスを逃さずに掴み取っていきたいと思います。皆さんの期待や信頼に応えられるように、そして、これまで努力してきた自分自身にも、恥じないように」
「最後に、ここにいるすべての皆さんに伝えたいことがあります。あなたの今の力がどこにあったとしても──もし、私と同じように、全力で向き合って、逃げずに、諦めずに挑み続けることができたなら、きっとあなたにも、あなただけの成果が見えてくるはずです」
「ご清聴、ありがとうございました」
私は再び深く一礼した。
拍手が講堂に響いたその瞬間、私は壇上を降りて自分の席へと戻った。耳には、祝福と承認の拍手がいつまでも残響のように響いていた。
その日は、やわらかな陽の光が差し込み、講堂に吊るされた大きなカーテンが春風にふわりと揺れていた。
こうして、私の中学生活は──拍手の中で、静かに幕を閉じた。




