第19話 どうして、いつも文字がはっきり見えないの?
(南條千雪)
私は一人、机の前に座っていた。外はもう暗く、明かりも強くない。そのくらいの明るさのほうが、目の奥に残る赤みを隠せる気がした。
塾から帰ってきてから、ずっとここに座ったまま、どれほど時間が経ったのか、もう分からない。机の上には宿題のプリントがきちんと広げられ、鉛筆も手に握っているのに、指先はこわばり、関節が白くなるほど力が入っていた。
教科書の一行を、何度も、何度も見つめる。文字は確かに、はっきり印刷されているはずなのに、見えない。盲目というわけじゃない。ただ、私の目の中で、それらは歪み、ぼやけ、重なり、跳ね始める……。あるときは、水面に散った墨みたいにかき乱され、あるときは重なり合った落書きみたいに見える。無機質な黒い文字のはずなのに、目の前で揺れ動き、跳ね回り、まるで生きているみたいだった。
それが何の字なのか、はっきり分からない。それでも私は歯を食いしばり、無理やり書き写す。書いているうちに、自分の書いた文字がどれもおかしいことに気づいた……。線は歪み、傾き、いくつかは左右が逆で、鏡に映したみたいな筆画になっている。向きが違い、筆順も乱れていて、間違いだと分かっていても、どうしても直せなかった。
私は手を止め、もう一度その行を見る。歪み、横にも縦にも跳ねる文字の列。その光景は、まるで一つの笑い話みたいだった。
「どうして……どうして、こんなふうに……」
小さく呟いた声は、潰れた泡みたいに掠れていた。すると、ふいに頭の中に先生の顔が浮かぶ。クラス全員の前で机を叩き、怒鳴りつける声。
「お前は毎回これだ! 授業は上の空、成績は悪い、宿題はぐちゃぐちゃ! 一体どうするつもりなんだ? もっと努力しろ! こんなの、もう見たくない。分かったか!」
それから、お母さんとお父さん。食卓の薄暗い明かりの下で、二人は視線を交わし、眉をきつく寄せていた。
「今年が最後なんだよ。高校受験……一体どうしたいの? 私たち、残っていたお金を全部塾に使ったのに、どうしてまだこんななの……」
疲れていて、重たい声。それはまるで、どうしようもない判決みたいだった。
私は……私は、ちゃんと頑張ってるのに。頭に浮かぶのは、塾にいたあの女の子。質問に答えるときも迷いがなく、先生に好かれ、周りの生徒たちが自然と集まってくる。賢そうで、ノートは整っていて、成績もきれい。一目見ただけで、「勉強が得意な人」だと分かるタイプ。
——本当に……羨ましい。
それに比べて、私。書くのが遅いのは、間違えるのが怖いから。でも、書き上げてもやっぱり間違っている。ノートはいつも最後まで写しきれない。単語は何度も覚えたはずなのに、頭の中でどうしても順番が整わない。
勉強していないわけじゃない。やっているのに、書き取りはいつも不合格。宿題をしていないわけじゃない。でも、出したものは決して「努力」として見てもらえない。
私は鉛筆を強く握りしめ、手のひらが赤くなる。肩が震え始め、呼吸が途切れ途切れになる。いつの間にか、涙が落ちていた。一滴、また一滴と、プリントの上に落ちていく。ただでさえ汚い文字が、涙で滲み、ぐちゃぐちゃに溶けていく。もう、どうしようもなかった。
唇を噛みしめ、必死に声を殺す。でも涙は言うことを聞かず、紙に、鉛筆に、震える手に落ち続ける。
どれだけ書けばいいのか。どれだけ覚えればいいのか。どれだけ直せば、「普通」の人間になれるのか。
分からない。
ただ一つ分かるのは頑張れば頑張るほど、私は笑いものみたいになっていくということ。周りは私を責め、重荷みたいに扱う。そして私自身も、少しずつ疑い始めていた。
私は……本当に、存在しないほうがよかったんじゃないか、と。




