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君の名前を、私が書き換える  作者: 雪見遥
第2章 2022年4月
20/24

第11話 中学生らしくしなきゃ

 三年前の自分に戻ってから、私は立ち止まって迷っている時間などなかった。あの遺書の謎も、ひとまずは心の奥にしまい込むしかなかった。


 中学三年生としての生活が始まって一週間。私はすぐに授業や校則に縛られた14歳のリズムへと引き戻されていた。早起き、指定の制服、掃除当番、朝礼、そして慌ただしい昼休み……。毎日は学校のチャイムに細かく刻まれ、呼吸さえも時計の針と同調しているように感じられた。


 みんなと同じように行動し、「何も変じゃない自分」を演じる。かつての結城美月のように。


 先生が壇上で「これは高校進学に直結する大事な内容だ」と何度も強調するたびに、私の中の17歳の自分は静かに呟いていた。「分かってるよ、それはもう経験済みだから」と。


 クラスメイトたちが「宿題が多すぎる」と愚痴をこぼしながら、迫ってくる模試に不安を募らせている時、私はその気持ちを理解はできても、その恐慌にはどうしても入り込めなかった。だって私は知っている。この道がどれほど長く、後ろにどれほどの苦しみが待っているのか、本当に人を押し潰すものが、まだまだ先にあることを。


 昼休みになると、みんなはアイドルの話や漫画の更新、校内の噂話に夢中で盛り上がる。私は頷いたり、一緒に笑ったりもするけれど、時々ふと「子供っぽいな」という言葉が頭をよぎってしまう。すぐにその考えに気づき、慌てて押し込める。気づかれてはいけない、変だと思われてはいけない、「全てを見透かした大人の顔」なんて絶対に出してはいけないのだ。


 四月中旬、桜の花びらがほとんど散りかけていた頃、私は少しずつ中学生のリズムに慣れてきてはいたものの、やっぱり無意識にボロが出てしまう。


 教室で誰かが追いかけっこをして、笑い転げていると、私は思わず眉をひそめてしまう。「何がそんなにおかしいの? 受験の準備を真面目にした方がいいのに」と。廊下で二人の生徒が口喧嘩をしているのを見れば、気づかぬうちに「大人の目線」でどちらが子供っぽいかを裁いてしまう。誰かに宿題のやり方を聞かれれば、「上から目線」にならないよう、声色や言い方に気をつけなければと自分に言い聞かせる。


 休み時間になると、わざと歩幅を落とし、月島愛たちと並んで歩くようにして、浮いて見えないように気をつける。昼休みには、読んでいた課外書をそっと閉じ、彼女たちが話している流行りの話題に加わろうとする。今の私にとってはもう新鮮味のない話題でも。


 私はブラックコーヒーを飲む。この習慣は本来なら高校に入ってから始めたものだ――夜遅くまで勉強するために。けれど、教室で初めて飲んでいる姿を見られた時、皆にものすごく驚かれた。「大人しか飲めない苦いものを平然と飲んでるなんて!」と。私はただ乾いた笑いを浮かべて「慣れちゃった」と返すしかなかった。わざと少し早熟に見せつつも、突飛に見えない「自然な自分」を演じるために。


 放課後には、私も笑顔で言う。「今度一緒にスイーツを食べに行こうね」そんな、ごく普通で、ごく青春らしい約束を。


 私は本当に努力している。けれど、心の奥に響くあの声は止まることがなかった。これは「17歳の記憶を抱えたまま、もう一度やり直している私」。私は秘密を抱えている。誰にも言えない、重たい秘密を。


 周りから見れば、私は相変わらず真面目で、規律正しくて、頼れる学級委員の結城美月かもしれない。けれど、私だけは知っている。この心は、すでに一度この道を歩き終えていることを。


 放課後の帰り道、私は鞄を背負いながら、何度も歩いたことのある道を踏みしめていた。夕陽は学校の外壁に差し込み、長い影を地面に引き伸ばす。それはまるで、足元に敷かれた一本の真っ直ぐで、けれど孤独な軌道のようだった。


 深く息を吸い込み、自分に言い聞かせる。溶け込むんだ、自然に振る舞うんだ。本物の14歳の中学生みたいに。


 けれど次の瞬間、その馴染み深い意識がまた頭をもたげる。私はもう「元の結城美月」じゃない。表面上は、他の誰とも変わらないように見えるけれど、ただ私だけが知っている。この青春を、一度もう歩き終えたことを。


 ここにあるすべては、未知じゃない。私にとっては、ただの再生なのだ。


 私がここに戻ってきた本当の目的は、ただもう一度中学生活をなぞることじゃない。あの遺書——署名は滲み、判別できない文字。けれど一人の命を深淵へと追い詰めるには十分だった手紙。謎を解き、悲劇を止める。それこそが、今ここに存在する理由。


 ——けれど今の私は、まだ何一つ手がかりを持っていない。


 夕陽はゆっくりと沈み、空の光は時のポケットに収められていく。影はさらに長く、さらに孤独に伸びていく。それはまるで、今の私の心そのもののようだった。

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