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君の名前を、私が書き換える  作者: 雪見遥
第2章 2022年4月
19/24

第10話 謎

 家に戻った私は、そのままベッドに倒れ込んだ。今日の実験はようやく終わった。表面上は何も大きな変化は起きていないように見える。けれど一つだけ確かなことがある——未来の記憶は、三年前のこの時点でも確かに役立つのだ。


 ただ……たとえそれが分かったとして、何になるのだろう。この発見は、私に明確な帰り道を示してはくれなかったし、どうすれば元の時間に戻れるのかも教えてはくれなかった。


 小さくため息をつく。なぜか脳裏に、あの遺書の光景がまた浮かび上がる。


 鮮明に覚えている——あの手紙を読み終え、そっと元の場所に戻した瞬間、時間が何かに引き裂かれたように歪み、私は無形の渦に呑み込まれた。気がつけば、既にこの懐かしくも異質な時間に立っていた。


 ……もしそうなら、あの遺書そのものが、このタイムスリップの引き金だったのだろうか? まさか、そんな非科学的な話……。だが、あり得ない要素を排除していけば、残る唯一の可能性は、それしかなかった。


 もしこの仮説が正しいなら——あの遺書こそが、私を元の時間線に戻すための鍵。そして、もっと重要なのは、この「渡った目的」とも深く関わっている可能性が高いということだ。


 けれど、その遺書に書かれていた情報はあまりにも限られていた。ただ感情のままに綴られた、混乱した吐露。成績の悪い生徒が何度も繰り返し書いていた——「ごめんなさい」「みんなを失望させた」「私は本当にダメだ」……まるで自分の人生に死刑宣告を下すかのように、一切の逃げ道を残さず。


 最後の署名も、滲んでいてほとんど判別できない。かろうじて「南……〇……千……〇……」という曖昧な筆跡が見えるだけ。二文字は涙に滲んだように掠れてしまい、どう思い返しても完全な名前を組み立てられなかった。


 私はそのぼんやりとした名前をスマホに打ち込み、何か手掛かりがないかと検索してみた。校内、自殺、遺書……そんなニュースに繋がるかと思ったけれど、何も出てこない。


 それも当然だ。情報が断片的すぎて、まるで記憶の海で針を探すようなもの。それに当時の出来事に関する記憶自体、もう霞んでしまっている。


 ただ一つだけ確かなのはあの頃、確かにニュースで報道されていたということ。そして、その事件が起きたのは……ちょうど私が高校受験を控えていた時期だった、ということ。


 タイムスリップする前、朝倉さんが「倉庫での自殺事件」に触れていたことを思い出す。そのときは気にも留めなかった。だが、後に倉庫で遺書を発見し、読み返していたとき、脳裏にふとよぎったのだ——もしかして、これは当時ニュースになった自殺者が残したものなのではないか、と。


 今になって、ようやく気づいた。あれは「もしかして」なんかじゃない。あの遺書は、確かにあの人が残したものだったのだ。


 けれど今の私は中学三年生。高校受験まではまだ時間があり、あの出来事はまだ起きていない。言い換えれば、あのとき筆を取り、遺書を書き、最後に命を絶ったあの人は……今も生きている。この世界に、私と同じ時間軸に存在している。


 もしあの手紙が自殺した生徒の遺書で、そして私がそれを読んだからこそ、この時間へ引き戻されたのだとしたら。天が私をここへ戻した理由は——彼女に遺書を書かせないため? 彼女に死を選ばせないため? 彼女の人生を、あの悲劇の結末から救い出すため……なのだろうか。


 深く息を吸い込む。けれど胸はますます重く、沈んでいくばかりだった。


 ……だけど、私は彼女が誰なのかすら知らない。まして、どうやって近づけばいいのか、どうやって見つければいいのか、そして私に何ができるのか、まるで分からなかった。


 自分の命すら投げ出そうとした人間を……私に救えるのだろうか。それに、もし「時間を越えて来た私」が過去に無闇に干渉したら、予測不能なバタフライエフェクトを引き起こしてしまうかもしれない。もし私が一つでも間違えれば、今ここにある人も、出来事も、感情も、そのすべてが消えてしまうのではないか。


 始める場所すら分からず、行くべき道も見えない。目の前の謎は幾重にも積み重なり、濃い霧のように私を覆い尽くしていた。


 ——その霧の中で、ただ一つだけ確かなことがある。あの人は、まだ生きている。

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