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君の名前を、私が書き換える  作者: 雪見遥
第2章 2022年4月

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第2話 14歳の胸で証明する、私は本当にタイムリープした

 ……ありえないでしょ?


 理性と論理を信じて生きてきた私が、今ベッドの端に座り込んで、完全に混乱していた。タイムトラベルなんて、小説や漫画、SF映画の中だけの荒唐無稽な設定だと思ってたのに。私はずっと真面目に勉強して、現実をきちんと生きようとしてきた人間だよ? どの教科書にも「人体は予告なく時空跳躍を行います」なんて書いてなかったでしょ!?


 ……いや、何かがおかしい。下を向いた瞬間、雷に打たれたみたいな直感が走った。なにか……すごくおかしい……待って。


 ためらいながら、ゆっくりとパジャマの裾をつまんで持ち上げ、視線を胸元に落とす。そして三秒間、完全に固まった。顔が一瞬で崩壊する。


 え……!? なにこれ……いや、正確には何もないじゃん!? これ、中三の頃の「ブラは社会礼儀の象徴」だったあの胸じゃない!? 「ブラつけてても誰も気づかない」レベルだったあの胸じゃん!? 


 これタイムスリップどころじゃなくて——身体そのものが退化してるんだけど!! 今の私、中学生なの!?


 確認するために、震える手をそっと胸に当てる。時間が三秒間、完全に止まった。


 ……え?


 呆然としたまま触れると、そこは抵抗ゼロ、曲線ゼロ、手応えゼロの平坦な荒野で、何も起きてないかのような静寂が広がっていた。あまりにも懐かしすぎて胸が痛む。これ完全に中学時代の「荒野バージョン」胸だよ。


 諦めきれずにもう一度押さえる。さらにもう片方の手も参加して徹底捜索。挙句、顔を伏せて至近距離で現場確認。


 ……やっぱり空っぽ。どう頑張っても希望は絞り出せない。


 嘘でしょ!? この数年ちゃんと頑張って育てたんだよ!? 別に巨乳系じゃなくても、女子の中では胸を張れる(いや、張りすぎない程度だけど)くらいにはなったのに!?


 私の脂肪はどこ行ったの!? これからどうやって生きろっていうの!? 心の中で叫びそうになりながら、理性は絶望の淵でかろうじて息をしていた。


 あまりにも酷くない!? タイムスリップして14歳に戻された上に、私が必死に育てた青春の資産まで回収するとか!? この世界、努力して成長した女性にあまりに無情すぎるでしょ!?


 羞恥心と現実のギャップが、絡みつく毒蛇のように胃から脳まで這い上がってきて、息が詰まりそうになる。


 ふらつく足取りで立ち上がり、幽霊みたいに重心を失ったまま鏡の前へ歩く。


 ……鏡の中の少女は、頬が丸くて、ほんのり幼さを残していた。あごのラインはまだ甘く、目はあどけなく、髪も短めに切りそろえられていた。それは——私がいつも見慣れていた高校生の顔じゃなかった。


 14歳の私だ。


 鏡の中のその顔をじっと見つめながら、頭の中では「科学的じゃない」「おかしい」「理屈に合わない」という無数の弾幕が流れていた。


 私は無理やり呼吸を整え、冷静さを装って論理的に分析を始めた。記憶を保持したまま肉体年齢だけが巻き戻り、環境は過去の状態を高精度で再現、五感も鮮明で現実意識をどう試しても「目覚め」させられない——これは夢じゃない。幻覚でもないし、トラウマ反応による一時的な解離症状とも思えない。ならば結論はひとつしかない。


 私、結城美月は、本当にタイムスリップした。そして戻った先は十四歳の自分。


 私は両手で顔を覆った。現実が崩壊するブラックホールに吸い込まれるような感覚だった。


「これ、絶対に運命が仕掛けた最大の悪戯でしょ……」


 目の前に映る顔は、まだ磨ききれていないガラス玉みたいに青くて幼い。胸なんて、まるで付箋をそのまま貼れそうなくらい平ら。


 私、結城美月。17歳の模範生で、理性と知識を何より信奉してきた人間が、今は14歳の体に戻って、再び中学生として生きることになった。全く論理も説明もつかない、そんな時間跳躍に巻き込まれてしまったんだ。


 理性は「これは超常現象だ」と告げてくる。感情は「この時期をもう一度やり直すんだよ、しかも胸も成長してないバージョンでね」と囁いてくる。


 世界が狂ったのか。私が狂ったのか。


 ……いや、どちらでもない。狂っているのは、きっと運命そのものだ。

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