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君の名前を、私が書き換える  作者: 雪見遥
第2章 2022年4月

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第1話 私、もしかしてタイムスリップした

 喉が、まるで砂漠の熱風に焼かれたように乾いていた。目を開けた瞬間、私はまだあのあまりにも現実的な夢から完全に覚めていないような気がした。頭が重くて膨らんでいて、意識の最深部、海の底から少しずつ這い戻ってくるような感覚だった。


 脳裏には、あの手紙の影が残っている——乱れた文字、涙で滲んだインク、そして叫ぶように書き殴られた言葉の数々。


 ……南……〇……千……〇……? 違う、その名前……一体何だった?


 私はまばたきをして、ゆっくりと視線を上げた。目に飛び込んできたのは、真っ白な天井だった。電球の縁に数本の埃がぶら下がり、朝の光を受けて淡く柔らかな霧のような光を放っていた。懐かしすぎて、なぜか不安になる。


 ……そうだ、ここは私の部屋。


 私はびくっと震えた。頭はまだ完全に覚醒していない。


 最後に意識があったのは、学校の倉庫だった。あの光、現実を引き裂くような奇妙な引力の感覚……あれは一体何だったの? まさか、全部ただの夢……だったの?


 私は目をこすりながら、瞼の奥に残る霧と頭の中の疑問を一緒に拭い去ろうとした。ゆっくりと身体を起こす。


「……おかしいな……」


 小さくつぶやく。


 いつも通りに伸びをして起き上がろうとしたその瞬間、部屋を見渡して思わず動きが止まった。


 首を巡らせて周囲を見渡す、隅々まで、時間に封印されたように懐かしさが詰まっていた。壁には中学時代に大好きだったアニメのポスター、机の横には古いスタンドライト、そして何度も徹夜を共にした白く擦り切れたペンケース。


 ……おかしい、これ、中学の頃の私の部屋じゃないか?


 背筋を氷のような戦慄が駆け上がり、慌てて上体を起こした拍子に肘が机の角に当たりそうになる。大きく揺れた机につられて何冊かの教科書もずれて音を立てた。


 呆然としながら手を伸ばし、そのうちの一冊を手に取る。表紙に指が触れた瞬間、全身が何かに囚われたように固まった。


『中三国語』


「は? なにこれ……」


 慌ててページをめくると、中にはびっしりと書き込まれた文字——どれも自分が予習のときに書いた字だ。あまりにも見覚えがありすぎて、思わず逃げ出したくなる。


 諦めきれずに机の表面に手を当てる。木目のザラつき、削れた感触、指先に伝わる摩耗の跡、刻まれた傷——全部が「これは現実だ」と囁きかけてくる。机の角に自分がカッターで付けてしまったあの細い傷も、そのままだった。


 夢じゃない。仮想現実のシミュレーションでもない。これは現実だ。


 慌ててスマホを掴み、電源を入れる。画面が点いた瞬間、日付が目に飛び込んできた——2022年4月1日。


 手が震え、頭を鈍器で殴られたような衝撃が走る。耳鳴りが一気に広がった。


「……ありえない……? 2022年……待って、これ三年前じゃん!?」


 スマホの画面を凝視するほど、血の気が引いていく。これ、高一の誕生日に買ってもらった新しい機種じゃない、中三のとき使ってた古いスマホだ。画面の角には小さなヒビ、壁紙は当時ドハマリしてた猫アニメ『にゃんこのお天気家族』のイラスト。


 高校に上がってからはすぐに変えたんだ。幼稚だと思われたくなくて、せっかく頑張って作り上げた「優等生」のイメージを壊したくなくて。もっと大人っぽく見られて、信頼される自分でいたくて。


 震える指で画面をスライドさせる。写真フォルダ、連絡先、通話履歴、メモアプリ——どれも「14歳の私」のまま。高校の友達は一人もいない。最近使ってた模試のスクショも、ついこの間撮った写真も全部消えていた。


 大きく息を吸った瞬間、心臓がぎゅっと収縮した。


 ついさっきまで確かに2025年、高校三年生としての日常を送っていたのに。なのに今、目の前のすべてが無言で告げている——「今は2022年、三年前に戻ってしまった」って。


 頭の中では無数の警告灯が狂ったように点滅してるのに、どれひとつとして納得できる説明には繋がらない。あの光、あの一瞬で身体を裂かれるような感覚、あれは本当に夢じゃなかったの? 何だったの? リセット? 巻き戻し? それとも……。


 私はベッドの縁に座ったまま、シーツを握りしめた指先が小さく震えるのを止められなかった。


 窓の外から漏れる日差しが薄いカーテンを通り抜け、部屋の塵を淡く照らしている。まるで時間そのものが止まってしまったかのように、静かで、冷たい。


 この瞬間から——運命は、そっと幕を開けたのだ。

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