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君の名前を、私が書き換える  作者: 雪見遥
第1章 努力すれば成功できる、あの頃の私は、そう信じていた
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前書き 私を「バカ」と呼ぶ前に、どうか、最後まで聞いてほしい

 これは、ふたりの物語だ。


 ひとりは歩くのが速くて、ひとりはいつもゆっくり。ひとりはいつも一番で、ひとりは簡単な文章すらよく間違える。ひとりは気持ちを言葉にするのが苦手で、ひとりは「好きだよ」と言うために、手紙を三回も書き直した。


 だけどこれは、私たちが生きている「社会」の物語でもある。


「努力すれば報われる」と言い続ける社会。点数で子どもの価値を測ろうとする社会。生徒の自殺を耳にしたとき、最初の言葉が悲しみではなく「それは本人のストレス耐性が足りなかったせいだ」と口にする社会。


 私たちは、あまりにも慣れすぎてしまった。


 一番を崇拝することに。「速い」を賢さの証にして、「正しい」を価値の基準にして。たった一つの物差しで、すべての人の人生を測ろうとすることに。


 でも――忘れてしまってはいないだろうか。人は、制度に合わせるために生まれてきたわけじゃないということを。


 この物語には、読み書き障害のある女の子が登場する。彼女は一生懸命に学び、懸命に生きている――それでも、いつも誰かより半歩遅れてしまう。彼女は怠けているわけでも、バカなわけでもない。ただ、これまで誰ひとりとして、彼女の歩みに合わせて「待ってあげよう」と思ってくれなかっただけなのだ。


 そして、もうひとりの登場人物は、いわゆる「優等生」。体制のど真ん中に立ち、褒められ、羨ましがられながら生きてきた彼女。でも、そんな彼女はずっと知らなかった。誰かを「本当に理解する」ということが、どういうことなのかを。


 彼女が、あの文字をふにゃふにゃに書く少女に出会ったとき――初めて、こう思った。「私がこれまで学んできたことって、人を愛する方法なんて、教えてくれなかったんだ」って。


 これは、ヒーローが誰かを救う物語じゃない。誰かが誰かの「光」になる物語でもない。ただの「出会い」――それだけで、変わっていったふたりの物語。


 ひとりは、「完璧」であることを手放すことを学び、ひとりは、顔を上げることを覚えた。ひとりは、「待ってるよ」と言えるようになり、もうひとりは、「私も、待ってほしい」と伝えられるようになった。


 もしあなたが私に聞くとしたら、「この物語で一番伝えたいことは何ですか?」と。


 私は、こう答えるだろう。これは、教育に反対する物語じゃない。学ぶことを否定する話でもない。ただ――すべての人をひとつの物差しで測ろうとし、正解だけで人の価値を決めてしまう、その制度に疑問を投げかける物語だ。


 この世界に本当に必要なのは、「一番」になれる誰かじゃないかもしれない。必要なのは、誤字だらけの手紙を、最後までちゃんと読んでくれて、それでも笑ってこう言ってくれる人。「私も、好きだよ」って。


 本当の教育とは、「一番」をつくることではない。人にはそれぞれ、違うスタートラインがあるということを理解することだ。本当の強さとは、一度も壊れなかったことではない。「消えてしまいたい」と思った夜を越えて、それでもなお、「ここにいること」を選んだ、その勇気のことだ。本当の愛とは、美しい言葉を並べることじゃない。彼女がその一言を言い終えるまで、どれだけ時間がかかっても、黙って待とうと思える――その気持ちのことだ。


 誰だって、愛される価値がある。


 うまく話せなくても、字を間違えても、泣きすぎて声が出なくても。歩くのが遅くても、なかなか覚えられなくても――あなたには、あなたの手を離さずにいてくれる誰かが、いていい。


 もしあなたが、自分を疑ったことがあるなら。もし学校の廊下の片隅で、「この世界に自分なんて必要ないんじゃないか」と思ったことがあるなら。


 どうか、忘れないで。間違っているのは、あなたじゃない。まだこの世界が、あなたの声の聞き方を知らないだけ。


 でも、いつかきっと。誰かがあなたのところへやって来て、そっとこう言ってくれる。


「大丈夫。ゆっくりでいいよ。君の言葉を、ちゃんと待ってる」


 ――それが、「君の名前を、私が書き換える」という物語が、あなたに一番伝えたいことです。

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