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ゼロ適性召還士と記録されない契約獣  作者: 暁月奏真
第1章 星環ノ試練篇
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第30話 星環ノ剣槍



 銀の鎖が、静かに軋んでいた。


 それはまるで、世界の理そのものを律するような――崩れることのない断罪の証。リュミエール・クラヴィスの四肢を縫い止めるその光は、暴力でも激情でもない、ただ正しさという名の冷たい光だった。



「……ああ、やられちゃったなあ」



 縛られた少女は、困ったように、けれどどこか楽しげに笑った。


 暴れるでもなく、叫ぶでもなく。ただ、諦観とも違う。その状況を眺めているだけの目をしていた。白銀の光を纏うルクが、一歩だけ歩み寄る。風が止む。空間が静まる。



「動かないんですね。……もう少し暴れてくれるかと」



 ルクの声は、あくまで穏やかだった。それはまるで、何の感情も交えずに事務的な感想を述べるような声音。だがその内側には、確かに冷徹な分析と警戒が同居していた。


 彼女の視線はリュミエールに向けられている。だが、ただ見ているのではない。敵の呼吸、目線の動き、指先の微細な反応までも一つ残らず観察し、次の一手を読み解こうとしていた。


 そんなルクに対し、リュミエールはまるで力を抜くように、首を小さく傾げてみせた。その顔に浮かんだ表情は、やはり笑みだった。それもいつものように、目元は笑っていない。



「暴れても無駄って、すぐにわかっちゃったからね」



 軽く口元を吊り上げながら、リュミエールは自分の手首に絡みついた銀鎖をちらりと見下ろす。


 そこには焦りも、怒りもない。ただ、静かな諦観のような、あるいは自分の敗北すらも冷静に観察しているような、そんな目をしていた。



「これ、イリーナどうやって破ったんだろ」



 リュミエールは、僅かに肩を竦めながらも、鎖に繋がれた手足へと視線を落とす。その顔に浮かぶのは、怒りでも苛立ちでもない。ただ純粋な疑問だった。


 まるで、自分の身に起きた敗北の事実さえ、観察対象の一部であるかのように。それが彼女、リュミエール・クラヴィスという存在の、異質さでもあるのだろう。



「魔力の消耗のせいでしょうね。本来の貴女なら、容易に抜け出せた筈です」



 ルクは淡々と告げながら、指先で静かに宙をなぞった。


 その軌跡に沿って、白銀の光が淡く灯り、空間に複数の魔術陣が描かれていく。その言葉に、リュミエールは否定する様子を見せなかった。ただ一つ、短く笑っただけだった。



「では、トドメです」



 ルクの声が、今度は明確に終わりを告げる響きを持った。周囲に展開された魔術陣が、螺旋のように回転を始める。


 空気が震えた。風が止まり、音が沈む。その瞬間だった――



「させないよ!」



 鋭く響いた声が、静寂を裂く。


 レイン・クロフォードと対峙していた筈のイリーナが、突如として戦場の空気を切り裂いた。


 叫びとともに、地面を踏みしめたその足が、土を穿つように蹴り上げる。


 紅蓮の炎がその身体を包む。黒き鎧が唸りを上げる。吹き荒れる熱風が、距離をものともせずにルクの方へと押し寄せてくる。



「――ええ、わかっています」



 ルクの声は静かだった。けれど、その言葉の奥には確かな“確信”が宿っていた。まるで全てを見通していたかのように、彼女はリュミエールを見据えたまま、目線すら逸らさない。


 一方、戦場のもう一端。


 イリーナの背後――そこに立っていたレインは、僅かに口元を吊り上げていた。


 あたかもこの瞬間を待っていたかのように。まるで、仕掛けられた一手が、今こそ解放されることを、心から愉しんでいるかのように。



星影流(せいえいりゅう)影走術(えいそうじゅつ)――『星紡(せいぼう)』!」



 その声が響いた瞬間、空気が裂けた。


 次の瞬間、ルクとレインの立ち位置が、視覚すら追いつかぬ速さで入れ替わっていた。


 イリーナは確かに、ルクへ向かっていたはずだった。全身全霊の殺意を向け、一直線に駆け抜けていたはずだった。だが気付けば、その目前にはルクの姿はなく。


 代わりに、そこには確かな殺気を湛えたレインが立っていた。予測の範囲を超えた、異常な挙動。その現象に、リュミエールの瞳が僅かに揺れる。


 これまでの試合で一度たりとも崩れなかった、あの余裕そうに全てを見透かしていたかのような、無垢な表情に小さな驚きの色が差した。



「星影流・穿閃術(せんせんじゅつ)……!」



 だが、その言葉を漏らすより早く、レインの剣は動いていた。疾風の如く踏み込むその姿は、もはや視認の範疇を超えている。全身を鎖で拘束されたままのリュミエールに、逃れる術などあるはずもなかった。



「『星穿(ほしうがち)!』」



 一閃。刃が光を裂く。


 リュミエールの身体が、吹き飛ぶ。



「ぐは……っ!」



 断末魔のような呻きが喉から漏れる。レインの放った一撃は、確かにその身を貫いた。拘束を解かれるより先に、彼女はその場に膝をついた。


 それとほぼ同時。


 禁契召印陣(テオグラフ)。リュミエールとイリーナが同調して展開していた特異な術式が、維持不能となり、崩壊を始めた。空間を包んでいた圧力が薄れ、異形の召還獣の気配が霧散していく。


 イリーナの背を守っていた鎧が、消えた。


 そして、その瞬間。



「貴女の相手は私です。イリーナさん。――『星刻槍アステリオン・スパイク』!」



 白銀の光が、一直線に奔る。


 ルクの放ったそれは、まさしく星の導を刻む“神槍”の一撃だった。冷徹なまでに収束された魔力が、細く、鋭く、そして迷いなくイリーナの背中を目掛けて突き進む。


 だが、その変化に気付いたイリーナも、反応を試みようとした。


 仲間の敗北。術式の解除。防壁の消失。すべての異変を一瞬で察知し、振り返ったその顔に、僅かに焦りの色が浮かぶ。



「しまっ――」



 その声が口から溢れた瞬間だった。言葉を紡ぎきるより早く、輝槍がその身を貫いた。


 閃光が弾ける。衝撃が、肉体を吹き飛ばす。爆ぜるような音と共に、イリーナの身体が宙を舞い、地へと叩きつけられる。


 その瞳に、一瞬だけ「なぜ」の問いが浮かんだ気がした。だが、もう遅かった。

※次回同日20時更新予定!

土日は毎日3話更新(8時・14時・20時)、

平日は毎日2話更新(8時・20時)で投稿中


通勤・通学の合間や、夜の読書タイムなど、

隙間時間に読んでいただけたら嬉しいです。


感想・ブクマ励みになります。

どうぞよろしくお願いします!

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