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この世界で得たもの


「ふぅ……大口叩く割りに、たいしたことない奴らだったな」


「相変わらず強いなぁ、マスキュラーは」


 そう言って笑うのは、先ほど襲撃を受けたばかりなのに未だに椅子に座り続けている、肝の太い銀髪の少女だった。

 快活に笑っている彼女の頭からは、ぴょこんとアホ毛が飛び出している。


 彼女は俺がひょんなことから拾うことになった少女で、名前はミリア。

 俺がスラムで派手に暴れ回らなくちゃいけない理由になった少女は、こちらに全幅の信頼を向けた笑みを浮かべながら、短い足を椅子の上でバタバタと動かしている。


「どうかしたか、ミリア」


「……ううん、私って幸せだなぁと思って」


「……そうか」


 ニコニコと笑う彼女を見て、俺は以前のことを思い出す。

 彼女と――『ソード・オブ・ファンタジア』のサブヒロインであるミリアと出会った、あの日のことを……。






 ミリア・ラングルス。

 『ソード・オブ・ファンタジア』において、彼女はストーリー中の攻略が可能な、いわゆるサブヒロインの一人だった。


 ミリアは幼少期に、とあるギャングの一員に母を殺される。

 彼女は報復のためにあえてギャングの内側に構成員として内側へ入り込み……最終的にはボスを暗殺し、復讐を果たす。


 復讐を達成した彼女はそこまで共に歩んできた配下を見捨てることができず、結果としてその勢力はどんどんと大きくなり、スラムの中で頭角を現していくことになる。


 そして新たに作り上げたファミリーが他の街にまで影響力を及ぼせるほどにになったところで主人公と邂逅。

 戦いと説得の末改心することになり、その後は彼の手駒となって勇者の活動の裏で暗躍を続けるようになる……というストーリーだ。


『なんで……なんでもっと早く、来てくれなかったんだ……私と、母さんのところにっ!』


 完全に悪に染まりきれなかったミリアが、心の中にある膿を後悔と懺悔として吐き出すシーンは、俺も涙無しでは見ることができなかった。


 そしてなんの因果か、俺はミリアと出会ってしまったのだ。

 それも……彼女の母親が未だ健在な段階で。


 本来この世界のことを考えるのなら、放置をするのが正解だったのだろう。

 そうすれば『ソード・オブ・ファンタジア』と同じ悲劇が彼女を襲い、勇者は強力な諜報能力を手に入れることができた。


 ――ある母親と少女の不幸と、引き換えに。






「良ければ……俺んところ、来るか?」


 ボロボロの布きれを身に纏ったミリアを見つけた時、俺は気付けばそう切り出していた。


 恐らくろくに食事もできていないのだろう。

 布越しに見てもガリガリで、髪も痩せ細り、頬もこけていた。


 彼女は絶望に染まった光のない瞳でこちらを見上げながら……それでもこくりと、小さく頷いた。


 助けを求めている少女がいる。

 そして俺には、助けられるだけの力がある。

 迷う理由なんて、一つもなかった。 


 強い使命感に動かされたわけでも、英雄願望があるわけでもじゃない。

 ただ気付けば、身体が動いていたのだ。



♢♢♢


「おいお前ら、とりあえず衣類は引っぺがして一箇所に集めとけ。死体は適当にそこら辺に投げとけ」


「へい、兄貴ッ!」


「兄貴はやめろ、俺はまだ十六だぞ」


 『了解です、兄貴!』と何もわかっていない顔で返すのは、腕にバンダナを巻いたルークという少年だ。

 彼もまた、俺がミリアと同様助けたやつのうちの一人だ。


 このスラムは、控えめに言って終わっている。

 他国から追われてきた犯罪者や職にあぶれたならず者達が躊躇なく力を振るう世紀末なこの場所では、割りを食うことになるのはのはいつだって善良な、何の罪も犯していない住民達だ。


 ミリアを助けてからというもの、俺は困っている人間を見つけたら、とりあえず助けてやることにしていた。

 もちろん全てを救えるなんて自惚れてるわけじゃないが、この場所なら力さえあれば大抵のことはなんとかなる。


 困っているやつらはフィーネの伝手を使い可能な限り助けてやり、それにあぶれたやつらにもとりあえず食っていくことができるくらいの働き口を用意してやる。

 俺という圧倒的な暴力装置があるからこそ、スラムの他の勢力とも対等に取引をすることができるからだ。


 そんな姿を見て何を思ったのか、スラムの子供達が俺を慕うようになるのに時間はかからなかった。

 彼らを見捨てるわけにもいかず、俺は子供達の保護者のようなポジションになっていた。


 まあ俺が仕事をしている間もミリア達のことをそれとなく見ていてくれたりもするし、こういう時に小間使いとして使えるから、ありがたいっちゃありがたい。

 ことあるごとに指示を仰ぎに来るのは、普通に面倒だが。


「兄貴、終わりました!」


「おう、死体はいつも通り適当に路地裏にでも捨てておけ」


「いいんですか? 死体も色々と使い道はあると思うんですけど……」


 このスラム街では、あらゆるものに価値がある。

 それは何も剥ぎ取られる服や財布に入っている金品だけじゃない。


 あらゆるものが足りていないこの場所では、死体の頭髪や肉ですら換金できてしまうのだ。

 だが俺は配下の子供達には、死体を金に換えることを禁じていた。


「いつも言ってるだろ、スラムの外で売れないものは取引しない。それが嫌ならうちから出ていけ。余所のやつらなら、もっとアコギで外道な金稼ぎの方法を教えてくれる」


「いえ、文句があるわけないじゃないんです! ただ、そうした方が皆がもっと腹一杯飯が食えるかなって……」


 ルークはそういって顔を俯かせる。

 こいつは案外カリスマがあり、自然と子供達のグループのとりまとめのようなポジションに収まっている。


 年齢的には俺と大差ないはずだが、マスキュラーの身体がめちゃくちゃデカいのでサイズが一回りは違う。これじゃあまるで、本当に兄と弟みたいだ。


 はぁ……とため息を吐きながら、がしがしと頭を撫でてやる。


「わあっ、何するんですか!?」


「いつも言ってるだろ。成人して街で冒険者にでもなった方が、よっぽど皆のためになるってよ」


 ここ最近は時間に余裕ができたおかげで、子供達に魔法の使い方や戦い方を教えていることもできるようになっていた。チンピラ程度には負けないくらいにはなってもらわないと困るからな。


 といっても俺が教えられるのは魔力の知覚と身体強化だけだから、後はたまにこっちに来るフィーネに教えてもらってるんだけど。


「あ、兄貴、そこまで俺のことを……っ!」


 子供達は良い意味で純粋で、まだこちらの常識に染まっていない。


 前世の記憶があるから俺はなんとかなってるが、こっちのヒャッハーな価値観のままだと、外に出て普通に生活をするのにもかなり困るはずだ。


 だから俺は彼らに、外の世界ではやらないようなことはさせていない。

 他の奴らには甘っちょろいと言われることも多いが、俺はこれでいいと思っている。

 甘さを失った人生は、きっと味気なくてつまらないものだろうから。


「マスキュラーのそういうところ、好きだよ」


「わかったような口を聞くな、おしゃまさんめ」


 いつの間にか立ち上がり隣に来ていたミリアが、ポンポンとルークの背中を叩く。

 俺に頭を撫でられたルークは気付けば男泣きしており、腕でぐしぐしと顔を擦っていた。


 ミリアは流石サブヒロインなだけのことはあり、既に魔法を俺よりよほど上手く使いこなすことができている。


 ちなみにルークも身体強化は使えるようになったので、二人は既にただの少年少女ではない。

 このまま鍛えていけば俺が去った後でも、この場所を託せるだけの力は身につくはずだ。


(俺としてもずっとここにいるわけにもいかんしな)


 最近は居心地の悪さを感じることもなくなったが、この狭い世界ではできることがひどく限られる。


 自主鍛錬だけでは強くなるのにも限度があることだし、何より俺の現状には致命的と言える弱点がある。

 更なる高みを目指すために、俺はそれほど遠くないうちにこの場所を去るつもりだった。


 一体いつになるのかと思っていると、案外すぐにそのタイミングはやってくる。

 俺がミリアを拾ってから半年後、ようやく街に入るための全ての段取りが整ったという連絡が入る。


 ただしどうやら一筋縄ではいかないらしい。

 俺は市民権を手に入れることと引き換えに、ある依頼を命じられることになるのだった――。

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