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『不可触』


 ウィスクの街南部に存在しているウィスクスラムにおいては王国法が存在していない。

 そこに暮らす者達は人権を持たず、王国からいないものとして扱われている。


 けれどそんな無法地帯にも、たった一つだけルールがある。

 弱肉強食な原始的な世界における唯一の法とは、すなわち暴力である。


 だが最近そのスラムに、新たなルールが追加された。

 それは――『不可触』(やつ)に関わるな、というもの。


 スラムの一大勢力であるノックファミリーですら、構成員に彼と接することを固く禁じている。

 『不可触』はスラムの中で無視できぬほどの存在感を放っており……そしてそれ故に、誘蛾灯のように力を欲する者達を引き寄せる。







「行くぞおめぇら!」


 スラム街の一画。裏路地に十五人ほどの男達が並んでいた。

 全員が揃いの黒いスーツに身を包んでおり、暴力を生業にする者特有の凄みを醸し出していた。


 彼らは、このスラムにやってきた新参者であるセブンファミリーとよばれるギャング達だ。

 ギャングの構成員達は、頭であるセブンに従いながらスラム街をゆっくりと進んでいた。


「本当にやるんですかい、兄貴」


「たりめぇだ、これからこのスラムでシノギをやってくからには、俺達の力を見せつけなくちゃいけねえ。他の組がビビって手出しができねぇやつを倒せれば、誰も俺達を無視できなくなる」


「で、でも『不可触』は関わらなければ無害だけど、一度ちょっかいを出されれば容赦なく殺されるって……」


「へん、聞きゃああいつはまだまだガキらしいじゃねぇか。しかも自分より更に幼いガキ共を集めてファミリーのおままごとをしてるんだろ? 俺達がそんなあまっちょろに負ける道理はねぇ……違うか?」


 ボスであるセブンのぎろりという視線に、全員が黙って頷く。

 中には人づてに『不可触』の話を聞き逃げ出したいと思っている者もいたが、誰もがその場から逃げようとしない。


 圧倒的な強さと残忍さを併せ持つ彼の命令に逆らえばどうなるか、構成員である彼らは良く理解しているからだ。


「事前に下調べは済んである。まずはあいつが家に住ませてるっていう女のガキを攫うぞ。子供相手に情を見せるような相手だ、誘拐すりゃあ人質として使えるはずだ」


「「「へいっ!」」」


 男達が向かう先は、『不可触』の住まう邸宅だ。

 スラム街の端の方にある粗末な家は、スラムの王とも呼ばれる男が住まうにしてはあまりにも貧相だった。


「こんな家に住んでるやつなら、怖くともなんともありませんね、兄貴!」


「おうよ、ここで『不可触』を殺して、俺達も一気に名を上げるぜ! 行くぞ野郎共、俺についてこい!」


 セブンは鼻息荒く進むと、ゆっくりと家のドアを蹴破る。

 錆びていたちょうつがいが壊れ、ドアが軋みを上げながら倒れていく。

 すると向こう側のリビングが見えてくる。


 そこにいたのは、銀色の髪を短く切り揃えた少女だった。

 全ては事前の想定の通りに進んでいる。

 けれど目の前にいる彼女の反応は、彼らが予想していたものとは随分と違っていた。


「はあ、ホントに来たよ……マスキュラーが言ってた通りだ」


 そこにいる少女は、いきなりやってきた暴力の気配に恐れを抱いていなかった。

 彼女がセブンファミリーを見る視線には、なぜか哀れみが含まれている。


 己の力を頼りに生きてきた彼らがまだ年端もいかない少女にそんな目を向けられて、平静を保てるはずもない。


「てめぇら……やっちまえ! このセブンファミリーの恐ろしさを、身体にわからせてやるぜ!」


「へぇ、シャバじゃあこの程度の奴らが恐れられてんのか」


 瞬間、構成員のうちの一人の顔が陥没する。

 咲いた血の華が周囲に居る構成員達を赤く染め、そこで彼らはようやく自分達が襲われていることに気付く。


「なっ、てめぇ……どこから来やがった!?」


「どこからっつってもな……俺の家なんだから、普通に玄関からだが?」


 彼らの目の前に現れたのは、けだるそうに腕を回す一人の少年だった。

 大男達顔負けの肉体をしながら顔に幼さを残す彼を見て、セブンは自分達の作戦が失敗したことを悟る。

 だがこれは同時にチャンスでもあった。


「本命が来やがった! 野郎共、やっちまえ!」


「襲いかかる時の語彙、貧弱すぎじゃない?」


 ぶちり、と音がしたかと思うと新たな悲鳴が上がる。

 見ればセブンの目の前にいた男の腕が、引きちぎられていた。

 まるで巨大な獣に食いちぎられたかのように不格好に分かれた腕の先から、鮮血が飛び散っていく。


 男達は『不可触』――マスキュラーによってなすすべもなく倒されていく。


「おらああっ!」


 構成員の一人が手に持った剣を振り下ろすと、パキリと軽い音が鳴る。

 剣は根元からぽっきりと折れるが、マスキュラーの肉体には傷一つついていない。


 胸に差し込まれた短刀は皮膚を浅く裂くことすらできてず、鈍器で殴りかかればマスキュラーのあまりの硬さに得物を持っている方の腕がしびれてくる。


 彼らの攻撃の全てはまったくダメージを与えず、対して彼の一撃はその全てが致命の威力を備えている。


「なんだ……なんなんだお前は!」


 あっという間に立っている人間は、セブン一人になった。

 自身目掛けて向けられる拳を見ながら、セブンが叫ぶ。

 その声を聞いたマスキュラーが、笑いながら拳を振り上げる。


「決まってる……『不可触』だよ」


 ――『不可触』に関わるな。

 その言葉の真の意味を理解した時には、セブンの意識は永遠の闇に包まれていた。

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