親と娘
マスキュラーがルークに連れられて現在の『アンタッチャブル』ファミリーの家の中で話をし、そのまま流れでファミリーのメンバー相手に稽古をつけているその頃、ミリアは一人自宅へと戻っていた。
厳密に言えばここはマスキュラーの家なのだが、何せ当の本人自体があまり帰ってこないし、なんなら長らく留守にもしている。
そのためミリアもここがあまり彼の家なのだという実感がないのだ。
「ただいま~~」
「あら、お帰りなさい」
家の中には当然ローズの姿がある。
彼女が毎日きちんと掃除をしてくれているおかげで、家の中はここを借り受けた時よりもよほど綺麗に整頓されていた。
「今日は早かったのね」
「マスキュラーがいるなら私が何かする必要もないだろうしね」
ミリアが座ると、ローズが紅茶を入れる。
屋敷の維持や二人の生活に必要な金は全てマスキュラーが出している。
更に言うと彼は自分のお金にほとんど頓着がないため、どんぶり勘定でローズの給金もまとめて出していた。
ローズはその中できちんとやりくりしており、こういった嗜好品なども自分の給金からしっかりと出している。
ちなみにその横に出されている焼き菓子は、ミリアが自分のお金で買ってきたものだ。
二人ともマスキュラーにおんぶに抱っこにならないよう、その辺りはきちんと弁えているのだ。
「で、お母さんはどう思った?」
主語のないミリアの質問に、ローズがすぐに答える。
わざわざ口に出さずとも、ミリアがする話はいつもあの人の話ばかりなのだから。
「うーん……多分だけど、そこまで長居するつもりはないんじゃないかしら」
「やっぱりそうだよね……なんとなく私もそんな気がする」
帰ってきたマスキュラーが、一帯どうするつもりなのか。
それは今のミリアにとっては何よりも重要なことだった。
何せ自分のことを助けてくれたマスキュラーは、ミリアにとっての救世主であり、英雄だった。
故に彼女は当たり前のように、マスキュラーと共に生きるつもりでいる。
わりとめんどくさがりなところがある彼女がそれでも『アンタッチャブル』ファミリーを支え続けたのも、全てそうした方がマスキュラーが喜ぶだろうと思ってのことだった。
鈍感な彼は、まったく気付いてはいないが。
「私、今度こそマスキュラーについてこうと思うんだ」
最初、ミリアはマスキュラーの帰るべき場所になるつもりだった。
けれど彼女は、それだけではダメなのではないかということに気付いたのだ。
マスキュラーは嵐のような男だ。
彼がやることは何時だって、ミリアの想像の斜め上の更に上からジェット噴射で飛んでいき、想像の五倍くらい上をゆく。
一体何をどうやったら侯爵令嬢の家庭教師になってから侯爵とガチバトルをして、そのまま流れるように魔王軍の幹部と戦うことになるのか。
意味がわからなすぎて、聞いている時は思わず自分の耳を疑ってしまった。
だからミリアはマスキュラーについていく。
きっとそうしなければ自分は彼に置いて行かれてしまう……そんな確信があった。
感じている焦燥をなんとかするためには、マスキュラーについていくしかない。
「そう……私も、それがいいと思うわ。マスキュラーさんはしばらく目を離してしまえば、きっと私達の手の届かないところに行ってしまうでしょう。でも行くからには、なんとしてでも食らいつくのですよ」
そしてそんな決意を宿した瞳をしたミリアに、ローズはそう笑う。
マスキュラーが出会ったばかりの頃の儚げなものとは違う、一本心の通った力強い女性の笑みだった。
母の面影をその顔に宿すミリアも、それに釣られて笑みを浮かべる。
「いいですかミリア。恐らくマスキュラーさんの隣に居続けるためには、並々ならぬ努力が必要でしょう。そして力を持つ彼の下には、沢山の女性が言い寄ってくるはずです。だから……なんとしてでも、正婦人の座を射止めるのですよ。恋と戦争は、勝った者が正義なのですから」
「――うん! 任せてよ、お母さん! 私絶対に、マスキュラーを射止めてみせる!」
こうして王都で遊んだらそのままミリアを家に戻そうと考えているマスキュラー本人の与り知らぬところで、親娘包囲網が完成していくのであった……。
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