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フィーネ・グレンゴインの困惑

【side フィーネ・グレンゴイン】


 私、フィーネ・グレンゴインは由緒正しき魔導師の一族であるグレンゴイン家の末娘だ。

 まあ、大層なこと言ってても、要は王国でありふれている没落貴族ってやつなんだけど。

 例に漏れずにお金がない我が家は、最低限の魔法の教育をして私を外に放り出した。


 最初はとりあえず冒険者としてほどほどに働いていたんだけど、命をベットする割には報酬が割に合わないと思ったから、最近は貴族家や富豪の子弟のための家庭教師なんかを主な仕事にしている。


 なぜか男子生徒からの人気が高いので、仕事の依頼はひっきりなしにやってくる。

 おかげでお金にはあまり困らず、ほどほどに働くことができていて大変満足だ。


 だがある日のこと、そんな私の下にとある使いがやってきた。


「……はぁ? 私にスラムのガキの指導をしろですって?」


 最初、自分が何を言われたのか理解できなかった。


 スラムというのは、このウィスクの街の城壁の外にある流民達が暮らす一画のことだ。


 官憲の目が行き届かないのをいいことにギャングや密売人達の悪の温床になっており、婦女子は絶対に近づいてはいけないと念押しされるほどに治安の悪い場所だ。


 当然ながら一度も行ったことはないし、街に入る時もスラム街はしっかりと迂回して入ってきた。


 けれどどうやら聞き間違いではなかったらしい。

 私に頼みに来た黒服の男は、冷や汗をだらだらに垂らしながら頭を下げる。


 彼はかつての私の教え子の一人だった。

 何年も前の話だから、もう名前は覚えてないけれど。


「頼む、連れていけないと……僕が殺されるっ!」


 そんな場所に魔法の師匠である私を連れてくなよとは思ったが、かつての教え子の危機となれば、私としても断りづらい。


 なんでも魔法使いの教師を募集しているやつは相当にイカれたやつらしく、『不可触』なんていうご大層な二つ名で呼ばれているんだとか。


 まあ、少なくとも食い詰めた冒険者崩れやチンピラに負ける道理はない。


 道中の護衛と案内もつけてくれるというし、もらえる報酬は正直実家でも見たことがないような金額だったこともあって、私は教師の依頼を受けることになった。

 自身が怪物を呼び起こしてしまうことになるとは知らずに……。


♢♢♢


「あんたがマスキュラー、で合ってる?」


 指定された部屋で待っていると、ようやく今回の依頼主がやってきた。

 『不可触』のマスキュラーなんて二つ名で呼ばれているくらいだから相当にヤバい、目とかガンギマったやつだと思ってたけど、なんだか案外普通な少年だ。


 年齢は十五歳前後くらいだろうか。

 短く切り揃えられた黒髪から覗く瞳はキラキラと輝いていて、他のスラムの人達とは違って見えていた。

 彼の瞳には、私がスラムで目にした人達とは違って、知性の色があった。


 だから穏便に話ができると思ってたっていうのに……なんとあろうことか、こいつはいきなり私に殴りかかってきた!


(は、早ッ!?)


 即座に身体強化を発動させる。

 外でやっていくためにしっかりと練度を上げているおかげで、発動までに淀みはない。

 今回は出力を頭と腕に集中させ、思考加速を行いながら冷静に攻撃を捌くことに決める。


 攻撃を受け止めると、バシンと激しい衝撃が手のひらを襲ってくる。

 力を抜けば弾き飛ばされそうになるほどに重たい一撃だった。

 まるで鈍器で思い切り殴られたような衝撃で、手のひらがジーンとしびれてくる。


(嘘、こいつ……これで身体強化を使ってないの!?)


 魔法使いと非魔法使いの間の戦闘能力には、文字通り天地の差があると言われている。

 身体強化などその最たるもので、私は魔法を使えば軽く普段の二十倍以上の重量を持ち上げることができるようになる。


 そんな私が魔法を使っていない少年のパンチに、押し切られそうになった。

 驚愕に思わず言葉を失う私を一瞥して、彼――マスキュラーは笑った。


「これが、魔法……くくっ」


 彼の背後から、一瞬だけ何かが立ち上るのが見えた。

 黄金色をした、見たことのないような魔力だ。

 目に見えるほどに濃密な魔力……私はかつて、似たものを一度だけ見たことがある。


「――っ!?」


 なぜ彼がこれほど強い腕力を持っているか――その理由がようやく理解できた。


(間違いない、こいつ……天性の『魔法師』だ!)


 魔法使いと魔法師は似て非なるものである。

 魔法を使うといっても、両者の場合は過程がまったく違う。


 魔力操作を覚え、体内にある純魔力を形質魔力に変換することができるようになって初めて魔法を使えるようになるのが、魔法使い。


 使えるようになるまでに数年の修練が必要だが、師から教わることで使えることのできる魔法を増やすことができる、いわば万能型の魔法の使い手だ。


 それに対し、訓練せずとも無意識のうちから魔法を使うことができるのが魔法師だ。

 魔法師が使える魔法は、通常一つだけ。


 けれど彼らはその代償に、その一種の魔法に関しては誰よりも高い適正を持つ。

 そう、それは――師がおらずとも、無意識のうちに魔力を扱うことができるくらいに。


 荒々しい、魔法とも言えない何か。

 彼は無意識のうちに魔力を使い、魔法という形に落とし込まずに、無理矢理に自分の身体の出力を上げていた。


 通常そんなことをすれば魔力が切れて気絶するか、魔力による強化に身体が悲鳴を上げて全身の筋肉が断ち切れる。


 けれど彼はそんな離れ業をやってもけろっとした顔をしていて、何一つ堪えるような様子がない。


「……(ごくり)」


 間違いない、数年……いや、数十年に一人の逸材。

 彼を鍛えたら……一体どうなってしまうのか。


 私は数年教鞭を執ってきたからこそ、その生徒の到達点、限界のようなものがなんとなく見えるようになっていた。

 けれど彼に関しては……それがまったく見えてこない。


 教師としての好奇心と、何も知らぬ彼に魔法という抜き身の刃を与えていいものかという危機感、その二つの天秤の間で私は揺れた。

 だからこそ私は、聞きたくなった。

 彼の心根を。彼が一体、なんのために魔法を教わりたいのかを。


「あなたは強くなったら、何をするつもり?」


「……そんなの、決まってる」


 マスキュラーは手をパシッと打ち合わせながら、笑う。

 彼が浮かべるのは先ほどの邪悪な笑みとは違う、どこか快活でさっぱりとした笑顔だった。


「キャラ表のTierを上げて、ポーション投げ担当大臣を卒業するのさ」


 ……意味がわからなかった。

 ポーションを投げるだけで大臣になれるなら、今頃私はこのグランダット王国の国王様だ。

 とりあえずお金をもらった分の仕事はしよう。

 でもなんか怖いから、あんまり深く関わらないようにもしよう。

 私はそう心に誓うのだった――。

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